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明日見明里は退屈が嫌い  作者: 河野守
第4章 対決

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第9話

 担任達のお説教が終わった丁度その時、逢蕾花が院内に早歩きで入ってきた。急いで駆けつけたようで、彼女は息を切らし、額には大粒の汗を浮かべている。

「はあ、はあ。多野先生! すいません、遅くなりました。タクシーが中々捕まらなくて……!」

「苫米地さん。連絡した私が言うのもなんだが、君までわざわざ来なくてもよかったのですよ」

「いいえ。この学校にいる間は、私も一応先生という扱いですから。家でじっとなんかしていられませんよ。それで、柳先生の方は……」

「そのことなんだがね……」

 多野は神谷から聞いた話を、そのまま逢蕾花に伝える。話を聞いている間、その内容に逢蕾花の顔はどんどん青くなっていった。そんな彼女の様子を見て、烈はつぼみちゃんも大変だなと同情せずにはいられない。彼女は実習先としてこの学校を選んだ際、このような事態が起きるなどとは露ほども想像しなかっただろう。今回のことがトラウマになり、教職になることを忌避してしまうかもしれない。

 烈が逢蕾花を心配していると、隣に座っている明里の様子が妙なことに気が付いた。

 彼女は黙って、何かを真剣に見つめている。

 なんだ、明里は何を見ている?

 気になった烈が視線を追うと、彼女は床を見ていた。正確には教員達の足元。多野と明里の女性担任は今まで学校で仕事をしていたのか、パンツスーツに動きやすいスニーカーを着用している。ここまで走ってきたのか、スーツの裾に泥が跳ねていた。逢蕾花は対照的に高いハイヒールに白いロングスカートといった私服姿であり、彼女のスカートの端も泥で少し汚れていた。

 何の変哲もない光景であり、何故明里が彼らの足元を凝視しているのか、烈には見当もつかない。明里の顔と多野達の足元の間で、不思議に思いながら烈が視線を往復させていると、明里の身体がぶるっと震えた。彼女は烈の服を掴み、小さな声で恥ずかしそうに耳打ち。

「……すまない。烈くん。ボクはトイ……少しお花摘みに行ってくるよ」

「あー、はいよ」

 席を立った明里は近くにいた看護師にトイレの場所を聞き、教えられた方向へと急ぎ足で向かう。

 なんだ、単にトイレを我慢していただけか。あいつ、コーヒーをたくさん飲んでいたからな。

 コーヒーには利尿作用があり、人によっては飲んですぐ尿意を覚える。明里は缶コーヒーに加え、神谷に奢ってもらったコーヒーまで飲んでいた。トイレに行きたくなるのも当然である。

 多野と明里の担任はこれからどうなるのかと、深刻な表情で話し合っている。彼らの胸中には様々な感情が去来しているだろう。

 教員達の会話に混じれず、烈が手持ち無沙汰を感じながらコーヒーをちびちび飲んでいると逢蕾花が話しかけてきた。

「剛村くん、多野先生に聞いたんだけど、その、柳先生が花咲さんを殺害した犯人だったというのは本当なのかな?」

「ああ、本当だよ」

「柳先生と殴り合いにもなったんでしょ?」

「うん」

「大丈夫、だった? 怪我とかは?」

「ない。大丈夫」

「そっか……」

 二人の会話はそこで途切れ、気まずい空気が流れる。双方ともどう会話をすればいいのか、分からないのだ。この状況で会話を弾ませるという方が無理である。

 多野と明里の担任との間で話し合いがある程度まとまったらしく、多野が「苫米地さん」と逢蕾花に声をかける。

「とりあえず、剛村くんと明日見さんの保護者に現状を伝えることにしました。何の連絡もないと心配するだろうし」

「その連絡係、私が代わりにしますよ」

「苫米地さんが?」

「はい。多野先生達はやるべきことが色々ありますよね? 教育実習生の私はほとんど役に立たないので、せめてそれくらいはさせてください」

「じゃあ、申し訳ないけど頼もうかな」

 多野から烈達の家の連絡先を聞いた逢蕾花は、「ここでは電話できないので」と通話可能なスペースへと移動。

 逢蕾花と入れ替わるように、明里がトイレから戻ってきて、烈の横に座る。

「なあ、明里」

「なんだい?」

「これで終わりなのか? 終わっちまったのか?」

「残念ながらね。これからも警察の捜査は続くだろう。だけど、花咲さんを殺めた犯人を見つけて捕まえるという、ボク達の当初の目的は達成されてしまった。ここでお終いだよ」

「そうか……。そうなのか……」

「うん……。言っておくけど、柳先生が死んだのはボク達の、君のせいじゃないよ。無謀にも道路に飛び出した彼が悪い。自分の罪から逃げた彼の自業自得だ」

「ああ。分かってる……。分かってるよ」

 犯人が死亡するというこんな結末を、烈は予測していなかった。犯人をブタ箱にぶち込んで、萌絵の墓前でお前の仇を討ったと胸を張って報告するつもりだった。

 なんとも後味の悪い終わりは、烈と明里の胸中に表現し難い感情を残すだけ。

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