第8話
救急車が到着するなり、柳はストレッチャーに乗せられ車内に運ばれた。救急隊員から烈達も救急車に乗るかと聞かれたが、事情を細かく説明するのが面倒なので、烈が見張りを兼ねて同乗することに。一方の明里は現場に残った。事の経緯を警察に説明する必要があり、運転手だけを残しても彼では十分な説明をできないだろうとの判断である。
搬送先の病院に到着後、柳はすぐに集中治療室へと運ばれた。
烈が部屋の前で待っていると、明里と共に警察の神谷と三浦が合流してきた。
「烈くん、柳先生の容体は?」
「集中治療室だ。かなり危ないらしい」
その時、集中治療室の手術中ランプが消えて、手術着の男性医師が鎮痛な表情で部屋から出てきた。医師の雰囲気から分かりきっているが、神谷が手術の結果を尋ねる。
「先生、患者はどうなりましたか?」
医師は力なく首を横に振った。
「残念ながら……。我々としても最善を尽くしましたが、運ばれた時にはもう手の施しようがなく……」
「そうですか……」
神谷は医師に自分達が警察であると明かし、容疑者である柳の遺体を後ほど警察署が引き取る旨を伝える。医師は最初驚いたものの、「承知しました。病院側に話を通しておきます」と了承。
医師達の邪魔をしてはいけないと、烈達は待合用の院内ラウンジに移動した。
テーブル席に陣取り、神谷は近くに置いてあった自販機で人数分の紙コップ入りのコーヒーを購入。テーブルの上にコーヒーを並べ、神谷は「さて」と切り出す。
「事故現場で明日見さんからある程度の事情が聞いたが、もう一度ここで話してほしい」
「では、僭越ながらボクが」
説明役を買って出たのは明里。彼女は萌絵がマッチングアプリに登録していたことから、柳が萌絵を利用し美人局で金稼ぎをしていたこと、萌絵殺害を認めたことなど、包み隠さず全ての情報と集めた証拠を開示した。
話を聞いている間の神谷と三浦は、烈達の緻密な捜査と執念に舌を巻いていた。
「なるほどねえ。花咲萌絵さんを殺害した犯人が、あの奇妙な連続暴行事件の犯人でもあったとは。恥ずかしながら、我々警察はこの関係を疑いすらしなかったよ」
明里は「いえいえ」と謙遜。
「同じ学校にいたから、柳先生の裏の顔を暴けたんですよ。生徒からの情報や普段の柳先生の言動を知らなかったら、彼が犯人だとは気づけなかったでしょう」
「学生だからこそか。警察という立場では絶対に知り得ないこともあるのだな。爺であるこの歳でも気付かされることがあるとは。学びとは幾つになっても尽きないね」
染み染みと呟きながら、コーヒーを啜る神谷。
明里は同じ学校に所属していたからこそ気づいたと述べた。だが、いくら情報を得られても、そこから推測できるのはまた別問題である。実際、烈も明里と同様の条件だったが、マッチングアプリのプロフィール画像から、これは柳のつけていた結婚指輪だ、柳が犯人だという思考には到底至らない。よくもまあ、そのような推測ができるもんだと思う。
神谷は神妙な面持ちで「しかしだね」と烈と明里に語りかける。
「君達のおかげで犯人を突き止めることはできたが、君達のやり方は褒められたものではないな。郵便物の持ち出しは犯罪だぞ。君らは警察に大きな貢献をしてくれたが、それとこれとは話は別だ。君らは未成年だし警察も大きな借りがあるが、お咎めなしにはならないだろう」
「はい、そのことについては、ボク達も覚悟はしております」
「いや、覚悟がどうかじゃない」
神谷は烈達の目を正面から見据えて、優しく諭す。
「覚悟はいい言葉だ。君らの年齢なら、その甘美な響きに酔いやすいだろう。だが、君らは先が長い。現在の目的さえ達成できれば、あとのことはどうでもいいという考えはよろしくないな。今回のことがこれからの人生で尾を引き、君らの将来に悪影響を与えるかもしれないんだよ。覚悟というものはね、私のような老い先短い人間がするものなんだ。若者が人生を棒に振ってはいけない」
神谷の言葉を、烈と明里の若者二人は黙って拝聴する。烈達の何倍も生きてきた人間の言葉だ。重みが違う。神谷は大人として、本気で烈達を心配して叱っているのだ。彼こそが本当の大人という人種なのだろう。柳の大人としてのダメさがより際立つ。
横で神谷の話を聞いていた三浦も、先輩刑事の言葉を噛み締めていた。二十代の若手である彼にも当てはまるものがあるのだろう。
「今後はもう少し気をつけて行動するように。危ないことは避けなさい」
そうお説教を締め括った神谷に、明里が挙手。
「なんだい、明日見さん?」
「一つ、ボクの方から抗議をします」
「抗議、とは?」
「花咲さんのお葬式の日、ファミレスでの神谷さんの言動ですよ。当時のあなたはボク達が犯人探しをしていると知っても、ボク達を止めませんでしたよね? 犯人を誘き出す囮として利用しようとしたのでしょう? それは警察として、大人としてどうなんですかねえ?」
明里の嫌味ったらしい言葉と非難めいた視線を受け、神谷はバツが悪そうな表情で紙コップを口に運ぶ。明里の指摘は当たっていたようだ。
「……そこまで見通していたとは。君は私の想像以上だな。嘘をついても仕方がない。うん、君の言う通りだ。捜査進展のために、君達を利用しようとした。そのことについては謝罪しよう。明日見さんの言う通り、大人としてよろしくなかった。まあ、流石に犯人と直接対決をするとまでは思わなかったけどね」
今度は烈が手を上げて質問。
「犯人の柳は死んだけど、これからどうなるんですか?」
神谷は腕を組み、「ふーむ」と難しい顔で腕を組む。
「花咲萌絵さん殺害と連続暴行に関しては、被疑者死亡のため書類送検という処分になるだろう」
「青薔薇の貴公子事件は?」
「今後の捜査結果次第かな。まあ、彼が八年前の、そして今年から発生している一連の事件の犯人だと判明しても、同じく書類送検だろう」
「そうすっか……」
法律上、柳の処分はそうなるしかない。この世にいない人間を、罰することはできないのだから。
柳には刑務所で苦しみながら反省して欲しかったのだが、こうなっては仕方がない。
烈が落胆していると病院の自動ドアが開き、烈達の学校の春野校長と教頭、烈と明里それぞれの担任が病院に入ってきた。どうやら警察が学校に話を伝えていたらしい。
春野校長達は烈達の姿を見つけるなり、厳しい顔で歩いてきた。
「剛村さん、明日見さん、これは一体どういうことだい? 君達には言いたい事がたくさんあるが、まずは捜査のことについてだ。君達は以前呼び出された時、花咲さんの事件の捜査はやめると誓ったはずだが」
春野校長の言葉遣いは普段と変わらず温和なものだが、顔を赤くし語気が強い。内心、かなりのお怒りのようだ。約束を破った挙句、多大な危険を犯したのだから、温厚な春野校長が激怒するのも無理はない。
「まあまあ、先生方、そのへんで。ここは病院ですから。あまり騒がないよう。他の患者さんの迷惑になりますよ」
神谷が烈達と教員の間に割って入る。「失礼ですが、あなた方は一体?」という春野校長の質問に、「警察です」と三浦共々警察手帳を提示する。
「すでに我々警察が彼らをきつく叱っておきました。彼らも大分反省しているようですし、矛を納めてくれませんかね?」
「警察の方がそう仰るのなら……」
神谷の言葉に、春野校長達は溜飲を大きく下げたようで冷静になった。神谷は柳が死亡したことを伝え、学校とのこれからの連携について話をしたいと提案。「生徒達に聞かせる話ではないので」と、神谷と三浦は春野校長、教頭と共に別のテーブル席へと移動していった。
残された烈と明里は、多野達それぞれの担任から怒られる。怒られたと言っても、神谷達警察が先に説教をしていたのと、場所が病院ということから、簡単な注意で済んだ。




