第7話
柳の悲鳴とクラクションのすぐに後に、ドンという鈍く嫌な音が聞こえてきた。
……おい、まさか……!
烈の脳裏に、最悪の展開が浮かぶ。
柳が逃げた先の道路に飛び出すと、そこには烈が想像した通りの絵面があった。
一台の大型トラックが止まっており、運転手らしき壮年の男性が立ちすくんでいた。彼は小さい声で「嘘だろ……。やっちまっった……!」と繰り返し呟いている。トラックの前面部分は破損しており、左側のライドが車体から外れかけていた。
烈は呆然とする運転手の両肩を掴み揺さぶる。
「おい、何があった! 誰か轢いたのか! 男か!」
「ち、違うんだ。急に飛び出してきて……。咄嗟のことで反応できなくて……」
途切れ途切れの運転手の言葉から、柳がトラックと衝突したのは確定。だが、見渡しても柳の姿がどこにも見当たらない。トラックのヘッドライト部分に柳の血液と髪が付着しているのだが、トラックの前に柳はいない。
まさか、逃げたのか? トラックとぶつかったのに?
「轢いたんだな? どこにいる?」
「……なんでこんなことに……? 俺の所為なのか?」
「しっかりしろ! あんたが轢いた奴はどこに行ったんだ!」
烈は錯乱している運転手を一喝。少しだけ冷静さを取り戻した運転手はとある方向を指差した。トラックの前方にある、道路の街灯の光から外れた場所。そこをよく見ると、何かが倒れている。人間だとようやく気づいた烈は慌てて駆け寄る。
「柳、大丈夫か!」
烈は地面に横たわる柳に声をかける。彼の意識の有無を確認するために肩を叩くが、その際にグローブにぬるっとした不愉快な感触がねばりつく。目をこらして見ると、べったりと血がついていた。グローブだけじゃない。柳の身体から流れ出た血が彼の服全体を赤く濡らし、更に周囲のアスファルトにも広がっていた。
柳の倒れていた位置とトラックは五メートルほど離れている。つまり、衝突の際にそこまで跳ね飛ばれたということだ。無傷の方がおかしい。
「烈くん!」
追いついてきた明里は状況を見て全てを察したのだろう、血相を変えていた。
「明里、救急車を呼んでくれ!」
「分かった!」
明里はスマートフォンの録画を停止し、消防へと電話。電話の向こうに、柳がトラックで轢かれたことを手短に説明する。
「……う……あ……」
柳が弱々しく呻き声を発した。口の端から血の泡が溢れる。
「柳、しっかりしろ。死ぬなよ!」
ここで死んでしまっては、柳は裁判で裁かれることもなく、刑務所にも入らない。罪の償いをさせられない。だから、烈は声をかけ、柳の魂をこの世に必死に留めようとする。
だが、柳は血を流しすぎたのか、意識が朦朧としており、目も虚だ。命の灯火が消えかかっている。
「……っ……」
柳は口を開閉させる。何かを喋ろうとしているようで、口から空気音が漏れる。
「なんだ? 何を言ってる?」
柳の声は小さく、よく聞こえない。
「烈くん、救急車を呼んだ。あと数分で……」
「すまん、明里。ちょっと静かにしてくれ!」
烈は明里の報告を遮り、柳の言葉を聞こうとする。明里は烈の意図に気づき、閉口。烈と一緒に柳の言葉に耳を傾ける。
「……なんで……」
さきほどよりも柳の言葉は幾分か明瞭になり、ようやく聞き取れるまでになった。
「なんで、俺がこんな目に……。くそぅ……。俺は利用する側だったのに……。逆に……」
柳の言葉はそこで意識と共に途切れた。彼の手足は脱力したように地面に広がる。
「おい、おい! 死ぬんじゃない! 」
烈は救急車が来るまでの間、柳に声をかけ続けた。




