第5話
「……」
明里に徹底的に論破され、証拠を突きつけられ、完膚なきまでに敗北した柳は下を向いたまま沈黙を続ける。
「柳先生、その沈黙は肯定と受け取ってよろしいですね?」
答えはなし。
明里は柳に対して、更に追い討ちをかけることに。
「正直に打ち明けますが、あなたが花咲さんを殺害したという証拠を。ボク達は持っていません。ですが、これから発見できるでしょう。事後報告ですが、あなたがここに来てからのやりとりは、全てスマートフォンで録画しています」
明里と烈はそれぞれ私服の胸ポケットにスマートフォンを入れており、録画状態となっていた。
「ボク達がこれまで集めた証拠と、録画した動画を警察に渡します。そうなれば、警察はあなたを美人局、連続男性暴行事件の犯人として別件逮捕をするでしょう。そして、家宅捜索を行い、家の中から見つけるはずですよ。あなたが持ち去った花咲さんの財布やスマートフォンを。スマフォに残されているであろう、あなたとのやりとりをね」
矢継ぎ早に冷酷な事実を、柳に丁寧に教えてやる。だが、明里の言葉はそこで止まらない。
「それにしても、何故奥さんが使っていた指輪を花咲さんにつけさせ、プロフィール画面に載せたのでしょうかねえ。適当な安物を使えば良かったのに。まあ、そのおかげでこのプロフィール画面を見た時に、あなたが関与していると即座に判明しましたが」
「……」
ボロクソに言われても、柳は依然として黙り込んだまま。それを良いことに、更に明里は柳を言葉で攻撃し続ける。
「あ、もしかして指輪はわざとですか? わざと自分の結婚指輪を花咲さんに着用させたのですうか? 奥さんから捨てられて、離婚したことを認めたくなかった? 花咲さんは自分の所有物であると誇示したかった? 自分の支配欲を満たしたかった? 未練がましい。女々しい。哀れですねえ。実に哀れだ。哀れすぎて、ボク、つい同情しちゃうよ。こんな人との結婚だけは避けたいな。まあ、烈くんにその心配はないが」
これまでの鬱憤が溜まっていたのか、明里は柳をひたすら煽りまくる。
柳が警察に捕まれば、面と向かって物を言う機会は制限される。だから、まだ彼が自由なうちに、自分の友人を殺された恨みをできるだけ晴そうという魂胆だろう。
烈も柳には言いたいことがたくさんあるが、明里に任せることに。語彙力のある彼女の方が、柳をより効率的に追い詰められる。
明里は様々な言い回しで柳を罵倒し続け、彼の精神を的確に抉っていく。
そこで烈は気づいた。柳の身体が、小刻みに震えていることに。明里も柳の変化を認識しているようだが、口を閉じない。
「元奥さんとの離婚問題を抱えているにも関わらず、マッチングアプリを利用するとは。柳先生は夫、父親としての自覚が足りないですね。水曜日に顧問の部活がないからと、美人局で金稼ぎをしていた事実を部員達が聞いたらどう思いますかね? 自分達には厳しいのにと……」
「……せーよ……」
柳が何かの言葉を小さく発し、明里はそこで詰りを一時停止。小馬鹿にするように、耳に手を当る。
「ん? 柳先生、今何か仰いましたか? よく聞こえませんでしたね。もっと大きい声で言っていただかないと。生徒達に対しては普段からハキハキ喋れと注意していますよね? ほら、お手本を見せてくださいよ」
柳の身体の震えは次第に大きくなっていき、柳が不意に顔を上げた。
「うるせーって言ってんだよ! クソガキ共があああ!」
公園中に響き渡る絶叫。あまりの声量に、明里は「おー、怖い怖い」と両手で耳を塞ぐ。
柳の顔は暗闇でも分かるほどに紅潮しており、目はこれでもかと吊り上がっている。口の端からは血が流れており、歯を強く食いしばる余り歯茎から出血しているようだ。荒く息を吐きながら肩を激しく上下させ、怒りで醜く歪んだ表情を浮かべている。憤怒に塗れた般若の形相、といった表現がぴったりだ。
「さっきから好き勝手言いやがって……! ガキのくせに!」
「ボクは単に事実を述べているだけですが」
「事実かどうかなんて関係ない! ガキが大人を侮辱する、その行為そのものが許せないんだよ! 俺は大人で教師、一方のお前達は子供で生徒だろ。俺の方が立場は上で目上、偉いんだよ。敬意を払え、敬意を! ガキに俺を批判して否定する権利なんてないんだよ!」
明里は烈の方を見て、肩をすくませる。柳の言動に呆れ返っているようだ。
それは烈も同じ。明里の煽りは執拗で、頭にくるのも一定の理解はできる。だが、柳には逆ギレする資格などない。彼は萌絵を己のために利用し、殺害したのだから。友人である明里達から非難されて然るべきである。
しかし、柳は非難を受け止めるどころか、この場には関係ない自分の立場を持ち出し、自分は偉いと主張。
これが柳という男の本性、本音なのだろう。本来教師とは生徒の未熟さに寛容的であり、成長を促す存在。子供を見下すこの男が教職に就けたことが、烈には不思議でならない。
「どいつもこいつも、俺に逆らいやがって。花咲だってそうだ。黙って従っていればいいものを、これ以上言うことは聞けない、警察に自首しようと、あろうことかこの俺に反抗してきた。だから、死んだんだ! あいつが全て悪い!」
「おやおや。ついに自分が花咲さんを殺したと自白しましたね。これで警察の捜査も幾分か楽になったな」
柳はすっかり頭に血が昇っているらしく、失言してしまった。しかし、今の柳にはどうでもよく、明里に指摘されても「うるせー!」と感情のまま怒鳴るだけ。
「お前達も、花咲と同じ目に遭わせてやるよ。そうだ。お前達の話など律儀に聞かないで、最初からこうすれば手っ取り早かったんだ!」
明里達の殺害を宣言した柳は、ポケットからあるものを取り出す。それは金属製のメリケンサック。拳にはめることで打撃の威力を上げる武器である。表面の塗装が剥げており、使い古されたものだと分かる。
街灯の下、鈍く光るメリケンサックを、柳は自分の両拳に装着。感触を確かめた後、一歩ずつ烈と明里に向かって歩みを進める。
柳が濃厚な殺意を纏いながら近づいてきても、明里に焦った様子はなし。
「さて、烈くん。ここでバトンタッチだ。ボクは少し喋り疲れたよ。あとはよろしく頼む」
「はいよ」
明里は後ろに下がり、公園のベンチに腰掛けた。カバンから缶コーヒーを取り出し、呑気に飲み始める。命の危機に直面している人間とは到底思えない。
信頼しているのだ。
烈が自分を守ってくれると。
確信しているのだ。
烈は絶対に負けないと。
幼馴染の余裕の姿を見て、烈は苦笑。だが、すぐに表情を引き締め、接近してくる柳をしっかりと捉える。
幼馴染が自分に全幅の信頼を寄せているのだ。応えなければ。
「さて。俺は俺の役目を全うしないとな!」




