第3話
「おそらく柳先生はボク達子供が待っていたことで、後でどうとでもなると高を括っているのかもしれませんが、その見通しは甘いと先に言っておきますね。下手な言動は、自分の首を絞めますよ。よく考えてから物を言ってください」
明里は牽制し、柳に喋る隙を与えないよう、いつもより早い口調で話し始める。
「花咲さんは『コネクト』というマッチングアプリに登録していました。理由は友人作り。だが、いくら理由が微笑ましいものでも、未成年の学生がマッチングアプリに登録していたことは事実。もし、露呈すれば学校からの処罰は必須。そして、同じく登録していた柳先生は花咲さんを偶然アプリ内で見つけ、とあることに協力させた。周囲にバラされたくないなら、自分の言いなりになれと」
そこで明里は話を止めて、柳に目をやる。彼は明里を睨みつけるだけ。まずは明里の様子を窺うつもりらしい。
柳からの反論が飛んでこないので、明里は話を再開。
「とあることとは何か? それは美人局ですよ。あなたは花咲さんを男性とマッチングさせ、相手を呼び出させた」
黙って話を聞いていた柳は「は? 美人局だと?」とようやく口を開く。
「美人局ってあれだろ? 相手に難癖をつけて金を巻き上げるやつ。明日見の推理は間違っているぞ。検討外れもいいところだ」
「柳先生は美人局をしていないと否定するのですか?」
「当たり前だ。いいか? 美人局は金のない奴がやるんだよ。教師の給料は激務には見合った金額ではないが、それでも生活に困るほど低給じゃない。俺は嫁と子供を養うぐらいはできている。つまり、わざわざ美人局なんかに手を出してまで金を稼ぐ必要がないんだよ」
「そのご家族の存在が、あなたに美人局を、違法な手段でお金を稼がせる理由ですよ」
「……なんだと?」
明里は自分のポケットからあるものを取り出した。それは一枚の茶封筒で、表面には『内容証明書在中』と赤文字で印字されている。
「この封筒は、柳先生の自宅のポストから拝借したものです」
「ウチのポストから? 何やってんだよ、お前!」
「安心してください。中身は見ていません」
「当たり前だろ! というか、重要なのはそこじゃないだろ! ふざけるなよ!」
自分の郵便物を勝手に持っていかれたのだから、柳でなくても激怒する。だが、明里に罪悪感を抱いている様子は微塵もなく、厚顔にも話を続ける。
「この封筒の送り主、弁護士事務所ですね。ちょっと調べましたよ。なんでも離婚や家庭内暴力にめっぽう強いと、有名な弁護士なのだとか。しかも、封筒に書いてある、この『内容証明書在中』の文字」
「この封筒の送り主、弁護士事務所ですね。ちょっと調べましたよ。なんでも離婚や家庭内暴力にめっぽう強いと、有名な弁護士なのだとか。しかも、封筒に書いてある、この『内容証明書在中』の文字。かなり大切なお知らせなのでしょうねえー」
内容証明とは、郵便局のサービスの一つ。いつ、誰が誰に、どんな内容の郵便物を送ったかと、郵便局が証明してくれる。このサービスは、郵便物の内容が重要な契約や法律に関係する時に使用される。
「……ところで柳先生、最近ご家族とはどうですか? 良好ですか?」
目を大きく見開き、柳を見つめる明里。彼女から視線を向けられた柳は喉を鳴らし、無意識に一歩後ずさった。
自分の胸の内を覗き込み、全てを暴こうとしている目だ。明里の目から今すぐ逃げるべきだと柳の本能が危険信号を発するが、柳自身のプライドでなんとか踏みとどまる。
「何故、俺の家族について質問するんだ? 美人局の件とは関係ないだろう……」
「いいえ。大ありですよ。だから、ボクは質問しているのですよ。それでどうなんです?」
「……」
「どうなんですか?」
「……とても仲がいい家庭……」
「はい、嘘ですね」
柳が言い終わる前に、明里は看破。
「柳先生、あなたは生徒達に向かってよく家族自慢をしていた。だが、最近は鳴りを顰めている。あなたが受け持っているクラスの生徒に聞き取りをしました。家族の話題に触れようとすると、あなたは不機嫌になるそうですね。だから、あなたのクラスではその話題はタブーになっていると。そして、結婚指輪。今のあなたは外している」
反射的に左手を隠して誤魔化そうとする柳。だが、あまりにも遅すぎる。
明里は弁護士事務所からの封筒を、柳に振って見せる。
「ボク達は昨日、あなたの家庭の状況を確認するため、あなたの家の近くで張り込んでいました。封筒はその際に発見したものです。夜遅くまで家の中を観察していましたが、奥さんもお子さんの気配も、家族団欒の雰囲気も全くなかった」
「張り込んでいただと? プライバシーの侵害だぞ!」
烈も柳の主張は尤もだと思う。いくら捜査のためとはいえ、明里の方法は行き過ぎている。見張りの最中の彼女は、憧れの刑事ドラマと同じシチュエーションだと喜んでいたが。封筒を持
ち出そうとした時は流石に烈も止めたが、明里に「これも犯人逮捕に必要なことだよ」と結局押し切られてしまった。
明里は「ああ、そうだ。大切なことを忘れてた!」とわざとらしく声を上げた。
「先ほどボクは封筒を開けていないと言いましたが、少し訂正します。封筒自体は開封していませんが、中身は見ました」
「.……中身を見た?」
「はい、封筒の中身を透かしてね」
こんな風にと、明里は封筒を高く掲げて月明かりに照らし、下から覗き込む。
「弁護士事務所にはあとで忠告が必要ですね。中が透けないよう、もう少し厚い封筒を使うべきだと。全ては見えませんでしたが、支払いが滞っているお子さんの養育費、そして家庭内暴力による損害賠償二百万円の支払いに早急に応じよという要求までは読み取れました」
柳はしばらくの間唖然とし、「……お前、頭おかしいんじゃないか……」と言葉をようやく絞り出す。明里を見る柳の目は、自己の理解が及ばない異常なものへと向けるものだった。
幼い頃から明里の奇行を横で見ていた烈も、今回ばかりは明里の行動にドン引きしている。烈達は警察のように、権力も経験も専門器具も持ち合わせていない。ただの高校生だ。その高校生が殺人犯を探し当てるためには、手段の選り好みなどしていられない。烈も捜査を始める時から覚悟していた。
だが、明里は常軌を逸している。汚い手を使ってでも犯人を捕まえるという明里の偏執ぶりは、烈の想像を遥かに超えていた。封筒の持ち出しは、明らかに違法行為。柳を捕まえても、烈達に何らかの沙汰が下されるのは避けられない。
明里は封筒を下ろし、柳の方に顔を向ける。
「柳先生。あなたは奥さん、失礼、元奥さんとの間に金銭問題を抱えていた。内容証明で請求が来るぐらいだ、お金に困っていたのでしょう。そして、お金を手っ取り早く手に入れるため、あなたは花咲さんを利用し美人局をしていた。違いますか?」
明里の指摘に、柳はただ黙るだけだった。




