第2話
夕方、夜七時。
季節は夏に近づき、日の長さは段々と伸びているとはいえ、この時間帯になると空はすっかり暗くなる。
街灯も少ない薄暗い闇の中、男は呼び出しの場所へと徒歩で向かっていた。昨日深夜に降った雨のせいで地面はぬかるんでおり、歩く度に泥が跳ねてズボンの裾を汚す。それが敏感になっている男の神経を逆撫でする。
俺をこんなところに呼び寄せやがって。
石製の階段を登る度に男の苛立ちが募り、それと比例して脈拍も上がっていく。
一体、誰だ? 誰が俺を呼び出した? 本当にそいつは俺が犯人だという確証を持っているのか? 警察か? いや、それはない。警察がわざわざこんな手の込んだことはしない。だとしたら、相手はおそらく一般人だ。
階段を登る間、男の脳内には様々な憶測が泡のように浮かんでは弾けて消える。
ただ、とある考えだけは男の中で存在し続けた。
相手が一般人なら、なんとかなる。これで始末しなければ……!
男はズボンのポケットに手を入れ、それの感触を何度も確かめる。
最後の階段を登り、花咲萌絵の殺害現場にようやく到着。
男の登場を見計らったように、闇の中から二つの影が園内の電気灯の下に現れた。
明日見明里と剛村烈。
明里は男を見据える。
「お待ちしておりました。萌絵さんの、いや、萌絵さんを騙ったボク達の呼び出しに応じてくれてありがとうございます。柳哲郎先生」
烈達二年生の学年主任である柳は明里の発言に対し、「何を言っているんだ、お前達は?」と眉を顰めて返す。明里は対照的に、柳の反応が滑稽だと言わんばかりに愉快そうに笑う。
「すっとぼけないでくださいよ、柳先生」
「悪いが、お前の言葉は俺にはさっぱり理解できない」
「理解できない? じゃあ、なんでこの公園に来たんですか?」
「見回りだ。お前達のような不良生徒が、学校の言いつけを守らずにいるのを見つけるためにな。学校は午前の授業が終わったら早く帰れと、口が酸っぱくなるほど聞かせている。俺は別の場所を見にいく。お前達のように暇じゃないんでな。お前達はとっとと家に帰れ」
踵を返す柳の背中に向かって、明里は「まだ話は終わっていませんよ。逃げるんですか?」と投げかける。柳が立ち止まり顔だけ振り向くと、明里は顎を少し上に向け無言で笑っていた。自分を見下していると受け取った柳は「あ?」とドスの効いた声を発しながら、明里達に体を向ける。
「先ほどから何をほざいている? 教師を、大人を馬鹿にするなよ。せっかく見逃してやろうと思ったのに。お前達が学校の命令も聞かず、遊び呆けていることは学校に報告させてもらうからな。お前達には前科があるんだ。何らかの処分は覚悟しておけ」
「……無駄な探り合いはやめませんか? あなたもすでに分かっているでしょう。あなたをマッチングアプリで呼び出したのはボク達。なんで呼び出したか?」
明里は手を上げ、柳を真っ直ぐ指差す。
「あなたが、花咲萌絵さんを殺害した犯人だからですよ」
この夜の中、遠目でも分かるほど柳の顔が露骨に強張る。だが、すぐにいつもの他者を睥睨した表情へと戻る。
「俺が花咲を殺した? マッチングアプリ? 何を言っている? まさか俺が例の青薔薇の貴公子だと言うつもりじゃないだろうな? 以前、学校側から言われただろ。花咲の件について、今後一切の捜査ごっこはやめろと。つまり、お前達は嘘をついたということだ。お前達は本当にどうしようもない問題児だな!」
柳は語気を強めるが、明里と烈は涼しい顔で受け止める。
「ほう? ボク達の主張は間違っていると?」
「当たり前だろ! それとも何か? 教師を殺人犯呼ばわりするだけの証拠でもあるのか?」
徐々に勢いを取り戻しているのか、柳の表情は余裕のあるものへと変わっていく。
柳に、明里からの強烈なカウンターパンチ。
「ありますよ」
「は?」
「あなたが殺人犯だと示す証拠を、ボク達が持っていると断言しているんですよ。ただのイタズラであなたを呼び出したわけないでしょう。ボク達も暇じゃないんですよ」
自信満々で皮肉を返す明里。余裕綽々の明里達を見て、柳の頬に脂汗が一筋垂れる。
「て、てきとうな事を言うじゃない! これ以上の教師への侮辱は許さないぞ!」
教師という立場を持ち出し、大声で脅す。だが、今の明里達には何の効果もない。
「ボク達の発言がてきとうかどうか、聞かせてあげましょう。これまでに集めた証拠と、それらから導き出した推測をね」




