第13話
翌日、烈と明里の二人は駅前にあるカフェのチェーン店にいた。
店の一番奥に陣取っており、烈は待ち人が来るまでの間、窓の外を暇そうに眺めている。仕事を終えたサラリーマンや買い物帰りの主婦が足早に行き交っており、皆疲れた表情だ。自分も将来はあのようになるのかと考えると、少し憂鬱になった。
烈の両親は自由に遊べる学生の烈をよく羨ましいと言っていたが、彼らの心情は理解できる。高校生活の残りは、あと二年。大学に進学しても、数年後には社会に働きに出なくてはいけない。遊べる時間は大幅に減ってしまう。今のように自由に時間を使える学生はなんと恵まれているのだろうと、改めて自分達の身分を実感した。
烈がそんなセンチメンタルな心情になっていると、新しい客がドアベルの音色と共に店に入ってきた。そちらに目をやると、相手は烈達の目的の人物であった。彼は店員に待ち合わせをしていると伝えてから、烈達の方へと歩いてくる。
わざとらしく音を立てながら、烈達の正面に座ったのは久我。マッチングアプリで美人局の被害に遭った腹いせに、今井に八つ当たりしていた青年である。
久我は不機嫌そうに表情を歪めており、座るなり「話って何?」と切り出した。とっとこの場を終わらせて帰りたいという願望が滲み出ている。
明里はアルカイックスマイルを久我に向ける。
「急な呼び出しに応じてくれて、ありがとうございます」
「……君が呼び出したんだろ。あの誓約書を使って。よくもいけしゃあしゃあと……!」
あの誓約書とは、久我が今井にはストーカー行為をしないと書いた誓約書。久我にとっては自身の悪行を記録する忌々しいものだ。
明里は「まあまあ」と久我を宥める。
「そう怒らずに。何か飲みませんか? 我々が奢りますよ」
どうせ俺に金を出させるんだろと、烈は内心明里の言葉にツッコむ。
「……じゃあ、コーヒーを飲ませてもらおうか」
のらりくらりとした明里の言動に毒気を抜かれたのか、久我は態度を少し軟化させる。店員を呼んでブレンドコーヒーを頼んだ。
注文したコーヒーが来てから話を進めることに。
「それでなんで俺を呼び出したんだ? 話とやらを早くしてくれない?」
「もしかして、久我さんは今お仕事が大変そうなんですか? 顔色も悪いし、残業続きだったりします」
「……君がいきなり連絡してきたせいで、昨日は不安でよく眠れなかったんだ。目的は一体なんなんだとね……!」
久我は恨みがましく明里を睨みつけるも、明里は笑みを携えたまま「それは申し訳ありませんでした」と謝罪。彼女のあまりの厚顔さに、久我は言葉を失う。
すっかり明里のペースだな。
先ほどから久我をおちょくっているのかという明里の言動だが、わざとこのような言動をしているのだろうと、烈は推測。昨日の菖蒲にも対してもそうだったが、明里は相手の口を割らせるために、効果的なコミュニケーションを模索して取ろうとする。
久我に対しては、終始有利な立場であるべきと考えたのだろう。
「久我さんはあまり体調がすぐれないようですから、なるべく話を早く終わらせましょう」
明里は声に凄みを纏わせる。拒否を認めないように。
「あなたが被害にあった美人局の詳細を、ボク達に教えてください」
久我が慌てて周囲を見渡す。明里が美人局という単語を発して、周囲に聞かれていないか焦ったのだろう。他の客が自分に注目していないか観察し、誰も見ていないことに安堵する。
「……なんで? まさか、また個人的な興味とかじゃないだろうな? そのことなら、以前話しただろう。俺はあのことはとっとと忘れたいんだ」
久我にとって美人局の件は、屈辱以外の何者でもない。マッチングアプリで美人局に遭い、殴られた上にお金を奪われたのだ。記憶の隅においやりたいという彼の気持ちはもっともである。
「今回はもっと詳しく知りたいのです。マッチングした相手は誰か? どのようなやりとりをしたのか? 夫と呼ばれる人物はどんな人相をしていたのか?」
「なんでそこまで君に話さないといけないんだ!」
被害に遭うまでの経緯を説明することは、久我には恥ずかしい行為。恥の上塗りなど御免である。
「……ほう? 拒否すると?」
笑みを消し、目を細める明里。
あまりにも冷たい彼女の表情に、久我は息を呑む。
「久我さん、このカフェは久我さんの職場に近いですよね?」
「……何が言いたい?」
「いえね、もしかしたら今も店内にあなたの同僚がいるかもしれない。もし、ここで……」
一旦そこで区切ってから、明里は再び言葉を続ける。
「ここでボクがあなたからセクハラされたと悲鳴を上げたら、一体どうなるでしょうかね?」
「なっ……!」
久我は絶句。これは脅し以外の何者でもない。しばらくの間、久我は沈黙していたものの、ようやく立ち直る。
「……ここで君が騒いでも。君の狂言を他の人は信じるのかな?」
大人としての矜持なのか、久我は余裕ぶった態度を見せる。だが、久我の言い分は正しい。ここで明里がセクハラだと告発しても、確たる証拠はない。ちょっとした騒ぎになるかもしれないが、すぐに忘れられるだろう。なんたって、明里のセクハラは久我の言う通り、狂言なのだから。
普通ならば。
「久我さん、あなたは私達の友人をストーカーした過去がありますよね。セクハラについての誤解はすぐに解けるかもしれませんが、そちらの方はどうでしょうね? 騒ぎがあなたの会社まで届けば、あなたについて徹底した調査をするはず。そうなれば、美人局やストーカーのことが会社にバレてしまうかもしれませんねぇ」
「あ……あ……」
久我は呻き声を出すことしかできない。そんな久我に対し、明里は満面の笑顔で両拳を自身の顎に当てる。
「試してみますか? この美少女高校生のボクと、脛に傷を持っているあなた。あなたの会社はどちらの言い分を信じるでしょうかー? もし、あなたが会社で絶大な信頼を得ているはずなら、会社はあなたを調べないでしょう。どうします? どうしますー?」
ぶりっ子のように猫撫で声を出しながら、身体をくねらせる明里。本人としては、保護すべきか弱い女性を演じているつもりらしい。
「あ、悪魔……。君は悪魔だ……」
久我は戦慄し、身体を震わせる。
言うことを聞かなければ、お前に社会的死を味わわせてやるという明里のえげつないやり方に、烈も鳥肌が立つ。
久我はようやく言葉を絞り出す。
「なんで、なんでそこまでして知りたいんだ? 君らに何かメリットがあるのか?」
当然の疑問である。今まで黙って成り行きを見守っていた烈がようやく口を開く。
「青薔薇の貴公子事件を知っているか、……いますか?」
タメ口で久我に話しかけた烈は、途中で敬語に言い直す。前に話をした時がタメ口だったが、この場では年上として敬意を払うべきだと考えた。
「青薔薇の貴公子事件? その事件なら知ってるよ。ニュースでよくやってるから。それがどうした?」
「俺達の同じ学校の友人が、青薔薇の貴公子に殺害されました。俺達は仇を討ちたくて、犯人を探しているんです」
友人が殺されたと聞き、久我は気まずそうに表情を固くし視線を下げる。
「そうなのか……。それは気の毒に……」
そこで何かに思い至った久我は「ちょっと待ってくれ」と顔を上げた。
「同じ学校の同級生? 被害者の中に高校生の女の子がいたはずだけど……」
「はい、ボク達は高校生です」
あっさりと認めた明里。久我は動揺しながら、質問に重ねる。
「じゃあ、あの女の子も?」
あの女の子とは、今井のことである。明里はその質問にも、「彼女も高校生です」と即答。
「で、でも、マッチングアプリには年齢制限があるだろ?」
「彼女は年齢を偽って登録していました」
久我は両手で自身の頭を抱えた。
「嘘だろ? じゃあ、何か? 俺は女子高生とマッチングして、執拗に嫌がらせをしていた成人男性ということか?」
「端的に事実を述べれば、そうなりますね」
「マジか……!」
真実を知った久我は煩悶。これで益々今井の件を隠さなくてはいけなくなった。もし、周囲に知られれば、破滅は免れないだろう。
明里は「そんなことより」と話を再開する。
「友人の殺害事件に、久我さんが遭った美人局の件が関係している可能性があるのです。なので、ボク達は詳細を知りたい」
烈はテーブルに両手をつき、頭をテーブルに擦り付ける。
「どうしても犯人を捕まえたいんです。どうか、教えてください! お願いします!」
烈の懇願する姿を見て、久我は考え込む様子。次に明里に視線を移した。
「どうせ、俺に拒否権はないんだろ?」
「はい。話してくれるのなら、今後先日の件は持ち出さないと約束しましょう」
久我は「……わかったよ」と、面倒そうに頭を掻きむしる。
「話せばいいんだろ。俺もいい加減、君達から解放されたい。話してやるよ」
烈は嬉しそうに顔を上げ、明里は「ご協力ありがとうございます」と礼。
久我は苦しい表情で忌々しい記憶の回顧を始めた。




