第11話
「最初に隠していたことが何か、端的にお答えします。姉さんがマッチングアプリに登録していたのは事実です」
「アプリの名前は『コネクト』じゃなかったかい?」
明里の問いに、菖蒲が頷く。
「はい。そういう名前だったと思います」
菖蒲が姉のマッチングアプリ利用に気がついたのは、年明けから少し経った頃。菖蒲が寮から帰省した日だった。
菖蒲と萌絵が仲良くリビングでテレビを見ていた最中、萌絵がお手洗いのために席を立ったのだが、その直後に萌絵のスマホが鳴る。暇を持て余していた菖蒲はスマホの画面になんとなく視線を向けた。そして、画面上に『コネクト』が表示されているのを見つけたのだ。
烈が「ちょっと待った」と口を挟む。
「話の腰を折って悪いんだが、少し気になることがある。スマホの画面にはロックがかかっていて、持ち主以外は画面を開けないはずだろ。なんでアプリが見えたんだ?」
明里が菖蒲の代わりに、烈の疑問に答える。
「恐らく、菖蒲さんが見たのはアプリの通知じゃないのかな? アプリの設定によっては、ロック画面の状態でも通知が表示されるものがあるだろう」
「はい。明日見さんの言うとおりです。私は通知を見たんです」
「あー、そういえば。ゲームの通知とかもロックされた状態で表示されてたな」
「いちいちロックを解除する必要がなくて便利なのだが、他者に覗き見されるかもしれないから気をつけたほうがいいよ。ボクは基本通知も見えないようにしている」
あとで自分のスマホの設定を見直そうと思う烈であった。
「話を脱線させて悪かったな。続けてくれ」
「うむ。それで菖蒲さん、お姉さんはどのような名前でアプリに登録していたのかな? 流石に本名じゃないだろう? 本来高校生は年齢制限で登録できないのだから。もしかして、この名前とプロフィール画像で登録していなかったかい?」
明里は先ほど今井から提供された画像を自分のスマホに表示し、菖蒲に見せる。プロフィールは『もーちゃん』の名前で登録されている。
「はい。この名前と画像が通知に表示されていました」
「通知の詳細な内容を教えてくれないかい? 例えば誰かと会う約束をしていたとか書いてあったかい?」
菖蒲は自身の記憶を探るように視線を彷徨わせる。
「えっと、短い時間しか表示されなかったんですけど、誰からメッセージを受け取ったみたいでした。ただ、メッセージの内容と差出人までは……」
「そうか……」
明里は残念そうに呟く。烈も同じだ。差出人の名前が分かれば、そこから萌絵殺害の犯人に繋がるかもしれないと思ったのだが。
二人の落胆を感じ取ったのか、菖蒲が「すいません……」と謝罪。
「いや、菖蒲ちゃんが謝る必要はないよ」
「その通り。ボク達は責めない。でね、ボク達にはもう一つ気になっていることがあるんだ。お姉さんがマッチングアプリに登録したのは事実のようだが、どうしても彼女が手を出すとは思えない。何か思い当たる理由はあるかな?」
菖蒲は「……はい」と少し間を置いてから答えた。自分を落ち着かせるようにオレンジジュースを飲んでから、重い口を開く。
「お姉ちゃんにたくさんの友達がいることは、ご存知ですよね? コミュニケーション能力の高さも理由の一つですが、お姉ちゃんは意図的に友達を増やしているんです」
「意図的に? どういう意味だい?」
明里は菖蒲の持って回った言い方に首を傾ける。
「以前、私達の父親について少し話したことがありますよね?」
「ああ。ろくでもない父親だったようだね」
「ちょっ……! 明里!」
菖蒲は自身の父親をよくない父親と称していたが、だからといって実の娘の前で貶すべきではない。烈は慌てて明里を嗜めるが、菖蒲が「いいんです、いいんです。本当のことですから」と擁護。
「あの時は詳しく話しませんでしたが、本当にどうしようもない人でした」
菖蒲と萌絵の父親は創作物に出てくるような、まさにダメ父親、クズ夫と呼ぶべき人間であった。定職につかず、管理職である萌絵達の母親の収入に頼り切り。主夫として家事をこなすわけでもない。では育児はどうだったかというと、ろくに萌絵や菖蒲の面倒を見ず、娘達が夜泣きをすると五月蝿いと怒鳴り散らしていたそうだ。
「……とんでもない父親だな。離婚されて当然だ」
烈は呆れるばかり。先ほどは萌絵達の父親を悪く言うなと明里を注意したのだが、今は容赦無く批判する、
烈の両親や親族、友人の親でそんな父親は聞いたことも見たこともない。烈の周りの大人は偶々良識ある人間達ばかりだったこともあり、この父親のダメさが際立つ。
「そう思いますよね。ですけど、お父さんの悪行はこれらだけじゃなかったんです」
父親にはギャンブル好きという悪癖まであった。母親の財布からお金を抜くなんて日常茶飯事。時には借金を作ることも。
「お姉ちゃんが四歳、私が一歳の時だったかな。お母さんから、仕事しないなら家で娘達の面倒を見ろと言われても、ギャンブル優先。私達を家に置いて、昼間からギャンブルに出かけていました。お母さんには言うなとお姉ちゃんを脅して」
菖蒲が病気を患い入院した後も、相も変わらず父親は萌絵の面倒は一切見ず、近所の公園に放置した。ひどい時では十時間近く放置していたことも。同じ公園に来ていた同年代の子供と遊んだり、子供達の親が面倒を見てくれたため、なんとか日々を耐え凌ぐことができていた。
ある日、事件が起きる。どんなに遅くても夕方には迎えに来ていた父親が、その日に限っては一向に現れない。公園から人がいなくなり、辺りが真っ暗になってもだ。
一人大声で泣いている萌絵を公園近所に住む人間が訝しみ、警察に通報。萌絵を保護した警察から連絡を受け、そこで初めて母親は父親のネグレクトを認識した。
父親が迎えに来なかったのは、簡単な理由だった。ギャンブルでボロ負けした彼は浮気相手の家でヤケ酒を飲み、泥酔していたのだ。
とうとう堪忍袋の緒が切れた母親は離婚を宣言。母親、萌絵、菖蒲の三人で生活を始めた。




