第7話
「つぼみちゃん先生のおかげで、捜査が進むかもしれない。あんがと」
烈からの感謝に、逢蕾花は「これでも君達より経験のあるお姉さんですから」と誇らしげ。
「あ、犯人の予想を出したのが私であることは、明日見さんには言わないでね」
「なんで?」
「あの子の機嫌が悪くなるからよ。明日見さん、かなり嫉妬深くて負けず嫌いな子でしょ?」
逢蕾花の言う通り、明里は小さい頃から負けず嫌いだ。幼稚園の頃、一緒に子供向けの探偵アニメを見ていたのだが、烈と明里で犯人を当てる勝負をした。勝者は烈。一方の明里は泣きじゃくり、烈はしばらく口を聞いてもらえなかったことを覚えている。以降、下手に推理勝負をしなくなった。
「よく明里が負けず嫌いだって見抜いたな」
「君とのやりとりを見ていれば、誰だって簡単に気づくよ」
「ふーん。そんなもんか」
何故烈とのやりとりという表現が出てきたのかいまいちピンと来ないが、烈は逢蕾花との約束を了承。
「分かった。アイツのことだから、つぼみちゃん先生に先を越されたと悔しがるだろうし」
逢蕾花はガクっと机の上で大袈裟に体勢を崩し、机に額をぶつける。鈍い音が鳴り、逢蕾花の額は赤くなっていた。
「つい漫画みたいなリアクションしちゃったじゃない! 私が言いたいのはそういうことじゃないの!」
「どういうこと?」
「……分からない?」
逢蕾花は烈を見据え、一方の烈は頭の上にハテナマークを浮かべる。
「……あー、もういいや。面倒くさい。そこまで鈍チンだと明日見さんに同情する」
逢蕾花は話の終わりの合図として、手を叩く。
「とりあえず、今日のお話はこれでおしまい。学校側には君達が捜査をやめたと伝えておくから。次はなるべくバレないようにしてね。私がまた柳先生から怒られちゃうから。それに大学の方にも報告されちゃうし」
教育実習生である逢蕾花は、烈達やこの学校に本来深入りする必要はないのだ。実習期間であるこの三週間は、逢蕾花にとって教員になるためのただのカリキュラム。淡々とこなせばいいだけ。
それなのに烈達に全面的に協力してくれる。下手をすれば、大学から処分を受けるかもしれない。そのリスクを承知で烈達に協力してくれる彼女には、本当に感謝しかない。
逢蕾花から校外での活動も目立たないよう気をつけるようにと、烈は最後に釘を刺される。「もちろん、分かってるよ。じゃあ、さよなら」と別れの挨拶をしてから一階の玄関に向かった。玄関に着くと、上履きから靴に履き替えようとしていた水原とばったり遭遇。
「よう、剛村。美人女子大生との密会はどうだった?」
「……見てたのかよ」
「ああ。お前が空き教室に入る姿を見つけてな。ちょっと様子を窺ってみたら、つぼみちゃん先生と会っていてびっくりしたぜ」
「覗きなんて、悪趣味だな」
「まあまあ。細かいことなんて気にすんな。それでつぼみちゃん先生はどっちの味方だ?」
萌絵の捜査において、逢蕾花は烈達か学校側どちらの味方かという質問である。
「……俺達の方だ。てか、つぼみちゃん先生が今回の件に関与しているって気づいていたのか?」
「今の時期にお前と接触していたんだから、そう思うのが普通だろ」
「そりゃそうだ。あ、彼女が俺達に味方してるのは他言無用で頼む。バレたら、立場が色々と悪くなるから」
「分かってるって。俺の口は超合金製だから信じろ」
「なんだよ、超合金製って」
水原の少し寒いノリに、烈は苦笑。水原は少し軽薄な男であるが、約束を安易に破らない。信用していいだろう。
水原は「それにしても……」と両腕を組み、しみじみとした表情を作る。
「つぼみちゃん先生っていいよなあ。美人だし、性格も優しい。知ってるか? つぼみちゃん先生は大学でボランティア活動をしているんだぜ」
「それは初耳だな」
「彼女はボランティアサークルに入ってて、子供に勉強を教えたり、老人ホームを訪問したりしてるんだって。電話によるお悩み相談もしているらしい。去年の大学のミスコンでは優勝。同級生からも告白されまくっているそうだ。趣味は裁縫で、休日はカフェ巡り。非の打ち所が無いお姉さんって感じだよな」
「……お前、やけに詳しいな」
烈は一歩下がり、水原から距離を取る。
「なんか気持ち悪いんだけど。お前まさか、ストーカーじゃねえだろうな?」
偶然通りかかった女子生徒達に烈の言葉が聞こえたようで、彼女達は水原に穢らわしい物を見るような視線を向ける。ヒソヒソ話をする女子生徒達に気づいた水原は彼女達にも聞こえるよう、「ちっ、ちげーよ! 人聞きの悪いことを言うな!」と声を張り上げる。
「ったく。つぼみちゃん先生はクラスの男子共から人気なんだよ。男子の間でつぼみちゃん先生の情報を共有してる。今話したことは男子の情報ネットワークで知ったんだよ」
「いや、それもどうかと思うぞ」
不正な手段で逢蕾花の個人情報を得たわけではないと思うが、やはり勝手に詮索するべきではない。
「剛村はいいよな。あんな美人と頻繁にやりとりをしているんだから。俺ももっとお近づきになりてえよ。年上の美人女子大生なんて、男子高校生にとっては憧れだからな。お前もそうだろ?」
「いや、俺は別に」
「別にって……。あんな綺麗で優しい現役女子大生なんだ、少しくらい興味……」
「全く」
逢蕾花が世間一般で魅力的な女性と評されることは、烈も理解できる。だが、烈個人としては、特に異性として意識していない。
水原は信じられないといった表情で少しの間絶句していた。
「……嘘だろ? あー、そっか。お前には明日見さんがいるもんな。超絶美少女と小さい頃から一緒にいるから、美人を見慣れているのか。くそ、自慢かよ!」
「なんで、あいつと幼馴染であることが自慢になるんだよ? てか、なんで今の話の流れでそうなる?」
当惑する烈をよそに、水原は「じゃあ、俺帰っから。あー、俺も可愛い幼馴染の女の子が欲しい人生だったな!」と何故か不貞腐れたように独り言を呟きながら玄関から出ていった。
「なんだ、あいつ?」
水原の機嫌が突如悪くなった理由はよく分からないが、どうでもいいかと烈も帰宅することにした。今日も明里が家に来る予定だ。




