第6話
週の真ん中の水曜日。
烈はホームルーム後に帰宅しようと教室を出た。階段に差し掛かったところで、スマートフォンに着信。階段を降りながら確認すると、逢蕾花からのメールだった。内容は、指定した空き教室に一人で来いとのこと。
捜査の現状を聞きたいのか。
階段の途中で踵を返し、メールに記載されていた空き教室へと向かう。扉を開けると、すでに逢蕾花が椅子に座って待っていた。
「いらっしゃい、剛村くん。とりあえず座って」
言われるまま、逢蕾花の前に座る烈。逢蕾花は烈に向かって頭を下げてきた。
「まず、昨日のことを謝らせてくれないかしら。ごめんなさい、あなた達が捜査しているのを隠し通せなかった。なんとか誤魔化そうとしたんだけど、ダメだった」
逢蕾花の謝罪に対し、烈は「別に気にしてないよ」と返す。
「学校内で色々と動いていたし、遅かれ早かれ、どうせバレてたよ。だから、つぼみちゃん先生のせいじゃない」
「そう言ってもらえると気が楽になるわ」
逢蕾花は探るように、上目遣いで烈を見てくる。
「……捜査は本当にやめちゃった?」
「いや、続けてるよ。あれはあの場を切り抜けるための嘘」
「あはは。だよね。君達のことだから大人に注意されたぐらいじゃやめないよね」
「つぼみちゃん先生も、俺達が裏で捜査を続けてるって思ってたんだろ?」
そこで烈の頭に、とある疑問が浮かぶ。
「もしかして、他の教師達も俺達を疑ってる? 今もつぼみちゃん先生は俺達を監視している、という体なの?」
「残念ながら、君の予想通り。学校側は君達を完全に信じているわけじゃない。明日見さんと剛村くんは学校にとっては特大の問題児だからね。特に柳先生が疑い深くてね。私に剛村くん達に接触して探れって煩いの」
げんなりとする逢蕾花の顔を見て、柳が彼女に対して高圧的に命令をしている様子が容易に想像できた。逢蕾花はこの学校に来てから、教育実習生の業務範囲を大幅に逸脱した仕事をやらされている。烈としては同情せずにはいられない。
「ところで捜査は進んでいる? 犯人は分かりそう?」
烈は力なく首を横に振る。
「残念ながら全く。情報はいくつか集まったんだけど、犯人を特定できるものはなし」
「情報ってどんなもの? もし良かったら、私にも教えてくれない? 何か助言とかできるかもしれないし」
「役に立つか分からないものばかりだよ。例えば、花咲が誰かから日常的にDVを受けていたとか」
「DV? 暴力ってこと?」
「うん。花咲の身体に痣があったんだ」
そこまで話して、烈は内心しまったとすぐに後悔。萌絵が殺害時に暴行されていた事実はメディアで取り上げられている。だが、日常的な暴力の痕跡はまだ公表されていない。神谷からは捜査情報だから喋るなと言われていた。それなのに逢蕾花につい喋ってしまった。烈の中で情報の線引きがきちんとできていなかったのである。
烈は自身の失態を誤魔化すため、「新聞にも花咲の遺体の状態が載っていただろ」と続ける。
「確かに書いてあったわね。てっきり犯行時のものかと思っていたけど、あれは日頃から暴力を受けていたということだったんだ」
顔を青ざめて、口を抑える逢蕾花。かなりショックを受けているようだ。
なんとか誤魔化せたな。
烈は内心安堵。違和感を持たれる前に話を進める。
「あとは、花咲がよく友人の家に泊まっていた日がいつも水曜日だったとか。花咲は水曜日に拘っていたみたいだけど、俺には理由が分からなかった。同じクラスの水原に水曜日で何が思い浮かぶかって聞いたら、定休日って答えてたけど」
逢蕾花は「定休日、か……」と考え込むように呟く。
「水原くんのアイディアは、案外的を射ているかもしれないよ」
「どういうこと?」
「休みってことは活動時間が長いってことでしょ。社会人は日中仕事で拘束されるけど、休みなら自由に動けるから。暴力を働いていた人は、水曜日に花咲さんと接触していた可能性があるよ。その人物が、花咲さんを殺害した人物とは限らないけどね」
「そうか。そういう考えがあるか……」
一日の自由時間が多い学生の烈には中々思いつかない発想だ。
だが、烈にはまだ腑に落ちない点がある。
「仮にDV野郎が水曜日に休みだとして、花咲が水曜日に友人の家に遊びに行っていたこととどう結びつくんだ? DV野郎と会うなら、むしろ水曜日は避けると思うんだけど」
「花咲さんなりのSOS、じゃないのかな。周りの人に、水曜日に何かあるって気づいて欲しかったんだと思う」
「なんか回りくどい気がするな」
烈としては周りに助けを直接的に求めるべきだったと思う。手っ取り早いのに何故、そうしなかったのか。
逢蕾花は神妙な面持ちを作る。
「それができたら、苦労はしない。君みたいに強い人間ばかりじゃない。自分が辛い状況にあると告白するのは、かなり難しい。周りから偏見の目で見られるかもしれない、自業自得だと批判されるかもしれない。そう考えちゃって、自分から積極的に行動できない。そういう人は一定数存在する」
「だから、水曜日に拘っている姿を見せたのか。もしかしたら友人との約束を理由に、相手の男と会うのを回避しようとしていたのかも」
「その可能性もあるね」
烈は少し前に見たテレビを思い出す。その番組は何かしらの問題を抱えた女性達に密着するドキュメンタリーで、女性の中にDV夫と結婚した人物がいた。彼女は夫から受けた怪我をわざと会社の同僚達に見せており、気づいた同僚の一人が番組に助けをもとめようとテレビ局に連絡したのが取材の経緯である。
番組の中でスタッフが怪我を周りに見せつける理由を尋ねており、女性は自分から助けを求めて、そのことが夫にバレて折檻されることを恐れていたと涙ながらに答えていた。周りが自主的に救いの手を差し出すように仕向けたかったのだ。
おそらく萌絵も女性と同じ心理状況だったのだろうと、烈は推測。萌絵は温厚だが、芯の通った人物だった。その萌絵が怯えて言いなりになるしかなかった人物は、どれだけ恐ろしい男なのだろうか。
「剛村くん達はどういう人物が犯人だと考えてる? やっぱり八年前の事件と同じ人物なのかな?」
「それもよく分かってない。謎が多いから、今は花咲の事件のみに焦点を当てて捜査している」
「まあ、そうするしかないか……」
「逆に聞きたいんだけど、つぼみちゃん先生はどう? どういう人間が犯人だと思う?」
話を振られた逢蕾花は顎に人差し指を当て思案。
「そうねえ……。私は報道されている情報しか知らない。だから、剛村くん達のように花咲さんの事件に限定して推理するね。犯人は体格の良い男性だと思う」
「体格の良い男?」
「花咲さんには暴行による痣があったでしょ。力の強い男性じゃないと、痣ができるほど殴れないよ。それに犯人は男尊女卑で粗暴な性格をしているんじゃないのかな」
「なんでそう思うの?」
「自分から暴力を行使する人間は攻撃性が高い。しかも、花咲さんを常日頃から平気で殴っていた。つまり、女性を傷つけてもいいと考えているような異常な人間。そして、花咲さんが抵抗しなかったのは、そうさせないように気力を奪っていたんだと思う」
「あー、そうか。暴力で自分のコントロール下に置いていたんだな」
「そういうこと」
「まじでDV夫じゃねえか……」
烈は犯人に戦慄すると共に、他者の意見を取り入れるのは有用であると改めて実感する。明里ならいざ知らず、烈だけでは犯人の予想をここまで早く作成することはできなかっただろう。
逢蕾花のおかげで、烈の中で犯人像が大分固まってきた。




