第4話
「やあ、剛村くん。急に呼び出してすまないね。まずは座りなさい」
春野校長は優しい声音で促す。烈は言われるまま、ソファに座っている明里の横に腰を下ろした。ちらりと横目で明里に視線をやると、彼女は視線を返しほんの僅かに口角を上げる。このような状況になることは事前に想定していたようだ。
特に隠れることもなく生徒達に聞き込みをしていたから、いつかはバレていたよな。こんなに早いとは思わなかったけど。
烈達の正面には、春野校長達教員が並んでソファに座っている。逢蕾花は他の教員達には見えないよう、烈に向かって申し訳なさそうな表情で小さく手を合わせる。烈達をフォローし切れなかったことへの謝罪だろうが、烈に責める気はない。彼女は烈達の捜査を見逃してくれたのだから。今日まで自由に動けたのは、逢蕾花のおかげである。
柳だけは座らずに目を細めて、烈達を上から見下す。人数的にソファに座るのが狭いからだろうが、威圧するためにあえて立っているのではと、烈は勘繰ってしまう。
嫌なんだよな、コイツの目。自分より下の立場の人間を威嚇するヤンキーのような目だ。
烈は不快感を感じるも、表には出さないよう努める。
「さて、剛村くん、明日見さん。この場所に呼ばれたことに心当たりはあるかね?」
校長の問いに対し、明里が隠すことも誤魔化すこともなく、「花咲さんの件、ですね?」と回答。烈は自分から余計な発言をしない。余計なことを口走って事態を拗らせてしまうと、明里にこの場を任せる。
「今回の事件で余計なことはするなと、学校側は常々言い聞かせていたはずだが。お前達は話を聞いていなかったのか? どうやら、私の指導は不十分だったようだ」
柳の嫌味ったらしい言葉を、春野校長が手で制止する。
「複数の生徒達に対して、花咲さんのことを色々と尋ねて回っているようだね。何故、君達は花咲さんの事件を調べているのか、理由を聞かせてくれないかい?」
春野校長は頭ごなしに否定せず、まず生徒の話を聞いてくれる。だから、生徒達から信用される。頭ごなしで否定、批判する柳とは大違いだ。
「ボク、失礼。私達は花咲さんの友人です。仇討ちとして、彼女を殺めた犯人を自分の手で見つけ出し、捕まえたいのです」
春野校長は明里と烈の気持ちを組むように静かに頷く。他の教員達も一定の理解を示してくれている。
一名を除いては。
柳は小馬鹿にしたように、鼻を鳴らす。
「仇討ちって、未成年のお前達に何ができる? ごっこ遊びもほどほどにしておけよ」
ごっこ遊びってなんだよ。こっちは本気で……!
あまりの言い分に、烈の頭に血が上る。思わず口を開きかけたが、それよりも先に言葉を発した人物がいた。
「柳先生、いくらなんでもその言い方はないでしょう」
多野はソファから立ち上がり、柳を真っ直ぐに見据える。普段の物静かな多野とは違う様子に、烈は驚いた。柳も多野から言い返されるとは予想外だったようで、面食らっている。
「剛村くん達の行いは好ましいとは言えない。ですが、彼らの友人を想う気持ちまで否定する権利はありません。その点については彼らに謝罪してください」
呆気に取られていた柳だったが、ようやく我に返るといつもの威圧めいた態度を取る。
「は? ……いや、なんで俺が生徒に謝らないといけないんですか?」
「当たり前でしょう。前々から思っていましたが、柳先生は生徒をどこか下に見ている。それは教員として相応しくないのでは? 改めるべきだ」
「……! あんたにそこまで言われる謂れはない!」
柳と多野が激しい口論を始める。烈と明里は口を挟める立場ではないので、ただただ静観。逢蕾花と明里の担任はどうしていいか分からず、右往左往するだけ。
「いい加減にしなさい!」
部屋に春野校長の声が響く。その声の鋭さは、ヒートアップしていた柳と多野を沈黙させるには十分だった。
「生徒の前で言い争うなど、教員として、大人としてみっともないですよ」
嗜められた柳と多野は双方バツの悪い顔をし、「熱くなりすぎました」「……申し訳ありません」とそれぞれ謝罪。だが、柳は烈達に謝りはしなかった。
春野校長は人の良い表情に戻し、烈達に諭すように語りかける。
「君たちの心情は私も理解できる。明日見さんは小さいながらも生徒の相談事を何度も解決しているみたいだし、剛村くんに至っては凶器を持った人間を捕まえたこともある。君達は他の未成年と比べて、事件に対応する能力が高いのかもしれない」
春野校長は「しかし」と続ける。
「学校側としては、生徒が危険な目に遭う可能性を看過できない。申し訳ないが、この件は警察に任せて、君達は捜査を中断してくれないかい?」
まあ、学校としてはそうだろうな。
明里はどうするのかと烈が様子を窺っていると、彼女は頭を下げた。
「私達の行動は少々出過ぎた真似でした。申し訳ありません。校長先生の仰る通り、これ以上花咲さんの件に関わるのはやめます」
「ふむ。剛村くんはどうだい?」
「は、はい。俺も明里と同じです」
ここで自分は捜査を続けると宣言しても、解放されず拘束されるだけ。とっととこの場を終わらせるため、嘘でもやめると言ってておくのが賢明だ。
春野校長は満足そうに頷く。
「聞き分けが良くて安心したよ。ただ、何もするなと言っているわけじゃない。刑事さんへの情報提供は、事件解決のために今まで通りしてくれていい」
そこで明里が「あの」と挙手。
「質問、いいでしょうか?」
「どうぞ」
「今、校長先生はこう仰いました。刑事さんへの情報提供は今まで通りでよいと。私達が刑事と接触していることを、何故知っているのでしょうか?」
それは烈も気になっていた。烈達が捜査していることは把握できても、神谷達刑事との接触までは分からないはず。
「そういえば……」
春野校長は不思議そうな表情で教員達に視線を向ける。
「私に明日見さん達の報告が来た時、すでに刑事さん達のことも含まれていました。誰がその情報を入手したのでしょうか?」
教員達が皆思案顔をする中、最初に多野が口を開いた。
「確か……柳先生、ではなかったでしょうか? 私に報告した時も、刑事について言及していました」
部屋中の注目が集まった柳は「そうでしたかね? ちょっと覚えていないんですが、私も生徒の噂から知った気がしますね」と煮え切らない。
「ちょっと疑問に思っただけで、深掘りするつもりはありません。校長先生、話が終わりなら、私達は教室に戻っても宜しいでしょうか?」
「そうだね。授業はすでに始まっているが、戻りなさい」
「では、失礼します」
明里は教員達に一礼した後、ソファから立ち上がる。烈も明里に倣って頭を下げてから、校長室を出る。
明里に追いつくと、「本当に捜査をやめるつもりか」と念の為に確認。
「まさか。学校から注意されてやめる程度の覚悟なら、最初からしていないよ。さっきのは方便だ」
「だよな。本当にやめるのかと心配したぜ。で、これからはどうする? もう校内では大っぴらに動けないだろ」
「花咲さんの友人からは大体話を聞き終えた。これからの捜査は校外を中心とする」
「次はどこを捜査するんだ?」
明里は立ち止まり、烈に振り向く。
「現場さ」




