第10話
「そんなことありません!」
菖蒲は立ち上がり、大声で否定。顔を怒りで赤く染め、肩を大きく上下していたが、周りの客から視線を集めていることに気がつき、身を縮めて椅子に座り直す。
店員が「お客様、何かありましたか?」と慌てて駆けつけてきたが、明里が外行の笑顔で「大丈夫です。お騒がせしてすいません」と店員と周りに謝罪し、その場を収める。
菖蒲は「……大声を出してごめんなさい」と頭を下げた。
「いや、こちらも急に変な質問をして悪かったね。それで再度聞くが、君のお母さんはお姉さんには暴力を振るってはいないんだね?」
菖蒲が口を開きかけた時、横から別人の声が割って入ってきた。
「その話、私達も聞きたいんだけどいいかな?」
ボックス席の仕切りから刑事の神谷が顔を覗かせてきた。後ろには三浦もいる。
「あれ、神谷さん、なんでここに?」
「烈くん、知り合いかい?」
「二人は神谷さんと三浦さんといって、県警本部の刑事だ」
「あー。話には聞いている。烈くんとお友達の」
「お友達。まあ、顔見知りではあるな」
明里は烈から神谷達に視線を移す。
「偶然同じファミレスにいた、というわけではないですよね。ボク達を葬儀場から尾行してきたのでは? 菖蒲さんと接触していたボクの姿も見られていたかな? それでボクと色々有名な烈くんが二人でどこかに行くのが気になった。今回の事件に何か関係があるのではないかと」
神谷は「ほう」と感心したように声を漏らす。
「中々鋭いお嬢さんだ。ご名答。流石、あの推理作家のご息女」
「……ボクのことも調べ上げているみたいですね」
「もちろんだよ、明日見明里さん。花咲萌絵さんと近しい人間は一通り調べている。事件に関係しているかもしれないからね。了承してほしい」
「もちろん、分かっていますよ。レディのことを勝手に詮索するのも、警察の大事な仕事だと」
「はは、こりゃ手厳しいな」
明里の棘のある返しに苦笑する神谷。彼は店員を呼び、烈達のテーブルに移動してきた。
なんか一気に狭くなったな。
烈が窮屈さを感じているのも気にも留めず、隣に座った神谷は「それで先ほどの質問なんだけどね」と脱線していた話を戻す。
「お母さんから暴力を振るわれているのではという話、私達にも聞かせてくれないかな。警察も気になっていてね」
「は、はい」
菖蒲は突如刑事が加わってきた状況に理解が追いついていない様だが、神谷に促されるまま話を進める。
「お母さんとお姉ちゃんの仲はとても良いです。お母さんは仕事の管理職で忙しいですけど、私達に愛情を注いでくれています。暴力を振るうことは絶対有り得ません」
菖蒲は静かに、それでいてはっきりと否定する。
「明里、なんでそう考えたんだ? 花咲のお母さんがDVをしていると疑う何かがあるのか? そもそも事件には関係ないように俺は思うんだが」
烈は自身の疑問を解消するため、そして、菖蒲に明里の質問の意図を説明させるために質問。菖蒲をこの場で納得させなければ、後々尾を引くと危機感を抱いたからだ。
「ああ。そうだね。ちょっと言葉が足りなかった。そこは反省しよう。それで何故ボクがそう考えたのか。理由は少し前に花咲さんの身体に、日常的な暴行の痕跡を見たからだ」
「日常的な暴行?」
「前にカラオケ店に行った時のことを覚えているかい? ボクは途中で化粧直しに、花咲さんはお手洗いのために途中でトイレに行ったんだ」
「え? お前、化粧してるの?」
烈は、明里が化粧には興味がないと思っていたので驚きである。その内心を察したのか、明里は不機嫌そうに眉を傾ける。
「失礼だな。ボクだって年頃の女の子だぞ。化粧の一つぐらいはする」
「でも、化粧しているようには見えないんだが」
「あまり目立たないようにしているんだよ。そもそもナチュラルメイクが好きだって言ったのは君だろう! なんでボクの可愛らしい努力に気づかないんだ! 繊細な乙女心が分からないから、君はダメなんだ!」
烈は大分前にどんな女の子がタイプかと聞かれ、ケバい人は苦手だと答えた記憶がある。何故のその話を今持ち出すのかと不思議でならない。
明里のよく分からない詰りは毎度だと、軽く流すことに。
「あー、はいはい。俺が悪かったよ。話を元に戻そう」
「話の腰を折ったのは君だ! ……ったく。花咲さんが手を洗っている時に、ボクがトイレに入ったんだが、その時の花咲さんの腕に、複数の痣を見つけたんだ。彼女は慌てて捲っていた袖を直して、隠したつもりだったけどね」
「それで明里は、花咲が家族から暴力を受けていると思ったのか」
烈は、萌絵が常に長袖姿であったことを思い出す。カラオケ店に行った日、烈は長袖の理由を聞いたが、彼女は皮膚が弱いと答えていた。自分の腕が見たいのかと揶揄っていたが、思い返してみれば彼女なりの誤魔化しだったのだろう。
明里は体を傾け、烈の陰にいる神谷に視線を向ける。
「刑事さん。暴行については、花咲さんの検死で警察も把握していますよね?」
「もちろん。花咲さんの体には打撃痕だけではなく、タバコだと思われる焼印もあった」
「傷は最近つけられたのでしょうか?」
「新しいものも、古いものもあった。大分前から暴行を受けていたことは明らかだね。だが、それらについて、花咲さんのご遺族にはまだ聞いていない。ご家族は娘さんを亡くしたばかり。心情を無視して無理に聞き出そうとすれば、後の捜査に悪影響が出るかもしれないと」
明里と神谷が淡々と話をする一方、菖蒲は顔を青くする。無理もない。大事な姉が裏で誰かから痛めつけられていたと知ったら、平静ではいられないだろう。口を抑え震える彼女を、烈と三浦が気遣う。
神谷はそこで菖蒲の様子に気づいたようで、「我々警察の方から確認したいことはもうないね」と話を打ち切る方向に持っていく。明里も「ボク達も同じです」と神谷の真意を汲んだ。
「三浦、妹さんを彼女の家まで送ってやってくれ。マスコミなどに捕まるといけないからな」
神谷の厚意を、「い、いえ、私は別に……」と菖蒲は断るが、「遠慮しなさんな。ほら、三浦」と神谷は三浦に彼女を強引に連れていかせた。
菖蒲達がファミレスから出て行った後、神谷はテーブルを回り込み、烈達の正面へと座る。
「花咲さんへの暴行は家庭内ではないと分かった。君達は花咲さんの友人なんだよね? 家族以外で、彼女に危害を加える人間に心当たりはあるかな? 例えば、友人や恋人とか」
「いや、俺はそんな人間は知らない」
「ボクもです。花咲さんは交友関係が広いので絶対とは言いませんが、ボクの知る限り粗野な友人はいません。恋人も……」
明里は最後まで言わず、烈の方をチラリと見る。視線を向けられた烈は頭に疑問符を浮かべるが、神谷は「あー、なるどほね」とどこか納得がいった様。
「君達の方で何か分かったら、私達警察に連絡してくれ。それと、先ほど捜査情報を少し喋ってしまったが、他言無用で頼むよ。捜査に協力してくれた礼として、ここの会計は私がもとう」
ファミレスを出て、神谷と別れた烈達は自宅へと歩いて向かう。
「烈くん、あの神谷さんという刑事、一見人の良い人間だが、中々喰えないな」
「喰えない? どういう意味だ?」
「彼は、ボク達が事件の捜査をしていることを止めなかっただろ」
「あー、確かに。普通は危ないからやめろと言うよな」
「そ。つまり、神谷さんはボク達を利用するつもりなんだよ。警察の捜査は、現在もあまり進展していないみたい。花咲さんを暴行していた相手が仮に殺害の犯人だった場合、その人物は花咲さんの身近な人物だ」
「そして、俺達にとっても身近な人物である可能性が高い」
「うん。もし自分の近くで捜査をする人間がいたら、犯人はどう動く? 相手はかなり荒っぽい人間のようだ。何かしらの行動は起こすだろう。そして、ボロを出したところで警察が逮捕」
「なるほどな。だけど、市民の平和を守る警察が、市民を囮にするのはどうなんだ?」
明里は、烈の肩をポンと軽く叩く。
「そこで君だよ。烈くんは荒事の経験が豊富で、犯人と幾度も対峙したが、こうして生き残っている。烈くんなら、犯人と事を構えても大丈夫だと判断したのだろう。君が今まで積み上げた実績に基づいた信頼だ。良かったな」
「いや、全く良くないんだが……」
烈には嬉しくない信頼である。
警察も手詰まりということだろう。
だが、烈にとってむしろ都合が良い。
警察に邪魔されずに、憎き犯人を自分達の手で締め上げることができるのだから。




