第9話
キョロキョロと店内を見渡す萌絵の妹と思わしき少女に向かって、明里は手を振って自分達の居場所を教える。少女がこちらに歩いてくる姿を見て、烈は明里の隣に移動。少女は烈達のテーブルまで来ると、深々とお辞儀。
「明日見さん、お待たせして申し訳ありません。少し道に迷ってしまって」
「いやいや、気にしないでくれ。ボク達も来たばかりだ。さあ、座って」
明里は少女を促した後、店員を呼ぶ。三人はそれぞれ好きな飲み物を注文し、飲み物が来てから話を始めることに。
「烈くん、すでに勘づいているかもしれないが、彼女は花咲さんの妹だ。名前は花咲菖蒲さん。彼女から花咲さんの話を聞こうと思ってこの場に呼んだ」
「よろしくお願いします」
菖蒲は烈達に向かって深々と頭を下げる。とても行儀の良い子だ。烈は萌絵から妹の話は度々聞いていたが、活発な萌絵とは対照的に物静かなしっかり者という印象である。
「えっと、菖蒲、ちゃん。俺達の呼び出しに応じてくれてありがとう。呼んでおいてなんだけど、お姉ちゃんの火葬にはついて行かなくて良かったのか?」
「はい。お母さんから、私は家で待っていなさいって言われていまして。子供は火葬場に来なくていいと。子供と言っても、私はもう中学生なんですけどね。いつまで子供扱いしているんだか」
ぎこちない笑みを浮かべる菖蒲。烈はどうリアクションしていいか分からず、口を閉じたまま。
おそらく、姉が燃え尽き灰になっていく様子を見せたくないという、母親なりの気遣いなのだろう。だが、菖蒲としては火葬に立ち会えないことに思うところがあるようだ。
長く続けるべき話題でないと、烈は話の転換を試みる。
「明里、コイツとはどうやって連絡を取ったの? 元々知り合いだった?」
「いえ。明里さんとは二日前に初めてお会いしまして。家にいた時に明里さんが訪ねてきたんです。そこで話を聞きたいと言われました」
二日前というと、明里が俺の家に来て事件の捜査を打診した日だな。その時からすでに動き始めていたのか。
「雑談はそこまで。話を進めよう。菖蒲さん、事前に伝えているが、ボク達はお姉さんを殺めた犯人を探している。とにかく情報が欲しい。警察にしたのと同じ説明をもう一度してもらうことになるけど、そこは了承してくれ」
「あの、具体的には何を話せば?」
「そうだね。では、お姉さんが何故、あの日夜遅くに外出していたのか、その理由を教えてくれるかい?」
菖蒲は申し訳なさそうに首を振る。
「すいません、分かりません。正確に言うと、理由を知る機会がなかったんです」
「それはどういう意味かな?」
「私は全寮制の中学校に通っていまして、事件の日は学校の寮にいたんです」
菖蒲の通っている中学校は全国でも珍しい寮がある学校であり、彼女は普段は寮で生活をしているようだ。
「なるほど。つまり、そもそもお姉さんとは事件当時にコミュニケーションを取っていなかったんだね?」
「はい」
「では、質問を変えよう。事件が起きる前、お姉さんに何か変わったことはないかい?」
「……変わったこと?」
菖蒲の顔色が変わる。明里はもちろん、烈でも見逃さないほどの動揺っぷりだ。彼女は注文したオレンジジュースのストローに口をつける。だが、コップの中の液体は減っていない。飲むふりをして、考える時間を稼いでいる。ようやく口をストローから離しても、答えるまでに時間がかかった。
「……いや、ないです、よ。時々電話やメールで連絡は取っていましたし、家にも帰って直接話をしたこともありますけど、いつも通りで、特におかしいところとか怪しいところとか、無かったですね。私から見た限り、そういった類は無いです。本当に」
嘘だな。
烈は菖蒲が嘘を吐いていることを看破。饒舌になり必死に何度も否定しているが、それは自身が嘘を言っていると白状しているものである。しっかり者とはいえ、まだ中学生。嘘が下手だ。
「そうか。変わったところは無いのか……」
明里も嘘には気づいている。だが、あえて深くは突っ込まない。菖蒲は妹として萌絵を殺害した犯人を何がなんでも捕まえたいはず。だから、大して歳が変わらない高校生である烈達の呼び出しにも応じてくれたのだ。
それなのに話したがらないということは、事件には関係がないのか。それとも、とても都合の悪い話なのか。
菖蒲とはまだ会ったばかりで、信頼関係が築けていない。何より姉を亡くしたばかりで傷心の底にいる。ここで無理やり聞き出そうとすると、心を閉ざされる可能性がある。下手に踏み込むべきではないだろう。
「菖蒲ちゃん、もし気分が悪いなら無理に話を続けなくていいからさ」
烈の気遣いに、菖蒲は「ありがとうございます」と礼。
「……あの、最初に聞くべきだったんですけど、もしかして剛村烈さんですか?」
「そうだけど、なんで俺の名前を?」
「お姉ちゃんからよく聞いていました。強面だけど、困っている人を見捨てることができない、とても優しい人だと。確かにお姉ちゃんの言う通り、優しくて素敵な人ですね」
「そ、そう?」
年下の可愛らしい女の子に褒められ、烈はつい頬を緩める。
「いっで!」
脚に鋭い衝撃と痛み。テーブルの下を覗き込むと、明里のローファーが烈の踝に食い込んでいた。
「何すん、だ……」
明里に文句を言おうとしたが、声が急激に萎んでいく。明里が眼を見開き、とても恐ろしい形相で睨んできたからだ。ちょっと、いや、かなり怖かった。
大事な話をしているのに、だらしなく鼻の下を伸ばすとは何事だと怒っているのだろう。
明里の怒りは当然だと反省した烈はゴホンと軽く咳払いをしてから、顔を引き締める。その様子を見た明里は表情を人が良い笑顔に変え、菖蒲に向き直る。
「ごめん。話を続けよう」
明里の鬼のような形相と、瞬時の代わり様を見た間近で見た菖蒲は「は。はい……」と戸惑い怯えていた。
「次の質問だが、花咲さんと他のご家族との関係は良好だろうか?」
その質問に、菖蒲と烈は同時に怪訝な顔を浮かべる。何故、そのような事件に関係なさそうな質問をするのだろうかと。
「先ほどの葬儀ではお父様の姿は見えなかったが、何か事情があって来れなかったのかい?」
菖蒲はすぐに答えず、気まずそうな表情を浮かべる。
「……いえ、お父さんはいないんです。いや、いるにはいるんですけど、だいぶ前に離婚しまして。まあ、良い父親ではないですね。浮気と浪費ばかりをしていた人でした。何より娘の葬式にも来ない」
「離婚後に会ったりはしていないのかい?」
「一度も」
「お姉さんが独自にお父様と会っているということは?」
「ない、はずです。お姉ちゃんもお父さんは好きじゃなかったので」
「ふむ。じゃあ、お母様との関係はどうだい?」
家族仲を細かく聞く明里に、菖蒲は困惑の色を強くしながら答える。烈も明里の意図が分からず、二人のやりとりを横で聞くだけ。
ただ、何か不穏な方向へと向かっているということは、なんとなく感じ取っていた。
明里は烈達の心情を無視し、質問を続ける。
「お母様はお姉さんに暴力を振るっていなかったかい?」




