第5話
学校から家に戻り昼食を食べていると、家のインターホンが鳴った。対応したのは母。
「あら、明里ちゃん。今日はどうしたの?」
「お義母さん、烈くんと遊びの約束をしているので来ました。お邪魔しても?」
「もちろん。烈―、明里ちゃんが来たわよ」
烈はもう来たのかと残っていた昼食を胃の中にかき込み、食事を終えた。玄関まで明里を迎えに行き、一緒に二階の烈の部屋に向かう。
母は何か言いたげだったが、烈達に声をかけることはなかった。
「お義母さん、ボク達が青薔薇の貴公子事件について捜査していると勘づいているね」
「そりゃあ、お前がいるからな」
「あはは、確かに。だけど、黙認してくれた。良い人だ」
「てか、お袋のこと、おかあさんって呼んでなかったか? お前、そういう呼び方してたか?」
「まあまあ、細かいことは気にしない」
烈の部屋の前まで来た明里は「烈くんの部屋に入るのは久しぶりだな」と、部屋の主よりも先にドアを開け中に入った。部屋に入るなり、烈のベッドの下を覗き込み、手を奥に入れる。
「何してんだよ……」
「烈くんが隠し持っているエッチな本を探しているんだ。男子高校生は自分のベッドの下に隠しているのが常だ」
「そんなもん、ねーよ!」
「無い?」
明里は体を起こし、烈に振り向く。信じられないといった顔だ。
「無いって、君は年頃の男の子なのに、エッチな本を持っていないのかい? そんな馬鹿な! 男子高校生なんて異性のことしか考えていない、人生において最もスケベな年代のはずだ。どこかに隠しているんだろう!」
「持ってねーって!」
「……ほうほう。そうかそうか」
明里は何故か嬉しそうに頷く。
「確かに考えてみれば、君には必要ないな。何故ならこの可愛いボクがいるから。他の女の子に興味を持つはずがない」
「……何を言っているんだ、お前は……」
明里の発言は烈にとって意味不明だった。よく分からないが、明里がエッチな本探しを止めたことに、烈は内心胸を撫で下ろす。
烈はそのような類の本を持っていないと言ったが、嘘だ。実際はグラビア本を持っている。正確にはグラビア特集が載った青年誌であり、それらは机の鍵付きの棚の奥に隠されている。だが、馬鹿正直には言わない。男の秘密というやつだ。
烈達は床に座り、明里が持ってきた資料を床に広げる。
「これらの資料は昨夜烈くんに渡したものだ。ちゃんと読み込んでいるか確認したい。いいかい?」
「ああ、どんとこい」
「では、一問目。青薔薇の貴公子事件の始まりは何だった?」
「八年前の都内で起きた殺人事件だ。最初の被害者は三十代の母親と小学生の女の子。現場は市営の団地で、犯行時間帯は早朝。二人とも睡眠中に首をワイヤーで絞められ、窒息死した。母親は睡眠薬を服用しており、眠りの深い母親から殺害されたと推測されている。犯行中に中学生の長女が目覚めて、悲鳴を上げたことで犯人は逃走。そこから一連の事件が発生するようになった」
「被害者達にはとある共通点がある。それは何?」
「性別が女性であること。年齢は幅があるが、二十代から三十代が特に多い」
「被害者の遺体にはとある特徴があったはずだ。その特徴とは?」
「青い薔薇のコサージュが置いてあること。そして、化粧が施されていたこと」
「ふむふむ。よく勉強しているね。では、質問を続けよう。事件はどのような結末を迎えたかな?」
「最初の事件発生から半年ぐらい経った時、一人の男が逮捕された。男は被害者の一人と恋人であり、その被害者が男と喧嘩した直後に殺害された。唯一生き残った女子中学生の証言と男の外見が合致しており、それらを証拠に警察が逮捕。後に取り調べで自白し、裁判で死刑判決が下った」
「その後、犯人はどうなったんだい?」
「長い間、刑務所にいたが……」
「訂正。死刑囚がいるのは刑務所ではなく、拘置所」
「それぐらいの間違い見逃してくれよ。……男はしばらくの間拘置所にいたが、数ヶ月前に冤罪だということで釈放された」
死刑判決が下った後、男は警察から自白を強要されたと自分の無実を訴えた。男の家族や友人が無実の証拠を集めるために奔走し、有志の弁護団が結成。協力者の必至の努力の結果、いくつかの殺人において、当時の男にアリバイがあることが証明された。そして再審が行われ、無罪となった。
「その男が刑務所……」
「拘置所」
「……拘置所にいた間は、青薔薇の貴公子による新しい犯行は起きなかった。だが。男が釈放されてすぐに、今度はこの県で青薔薇の貴公子と同じ手口の殺人事件が発生するように。最初は男に疑いの目が向けられたが、アリバイがすぐに証明された。こんなもんでいいか?」
「うむ。言われた通りに勉強しているね。エライエライ」
「頭を撫でんな!」
明里が渡した資料はとても分かりやすく整理されており、一度目を通しただけで大半を理解できた。流石、学年トップの成績を持つだけはある。地頭がよく、他者への説明も上手い。
烈達が戯れていると、ドアがノックされる。烈がドアを開けると、母がチョコクッキーとジュースの乗ったお盆を持っていた。
「お菓子持ってきたから、二人で食べなさい」
「ん、あんがと」
「……まあ、頑張りなさい」
烈にお盆を渡した母は、そう言葉少なに一階へと戻っていった。母なりの激励なのだろう。
「お袋がオヤツを持ってきてくれたぞ」
「せっかくのお義母さんのご厚意だ。有り難く頂いて、脳に糖分を補給しよう」
明里はクッキーを二つあっという間に平らげ、ジュースを飲み干すと烈のベッドの上に寝転がる。
「さっきお昼も食べたし、今もオヤツを食べてお腹いっぱいになっちゃった。昨日夜遅くまで事件の情報を調べたこともあってすごく眠い」
明里は寝転んだまま、ベッドの上を軽く叩く。
「烈くん、一緒に寝ようじゃないか」
「はあ? 何言ってんだ? お前、真面目に捜査する気があるのか?」
明里の呑気さに苛立つ烈。非難の視線を浴びても、明里はどこ吹く風。
「君も碌に寝ていないんだろ? 目のクマが昨日より濃いし、さっきから欠伸を何度も噛み殺している」
「……気づいていたのか……」
明里の指摘通り、烈は重度の寝不足。深夜までネットで青薔薇の貴公子事件の記事を読み漁っていた。明里の資料で十分だったのだが、萌絵の死のショックでなかなか寝付けず、とにかく何かをしていたかったのだ。
黙っている烈の心情を読んだのか、明里は言葉を続ける。
「烈くん、君はボクを不真面目だと思っているかもしれないが、ボクから言わせれば君の方が逆に前のめり過ぎだ。焦ってがむしゃらに動いても、答えが見つかるわけじゃない。コンディションをきちんと整えておかないと、取り返しのつかないミスをするよ。きっと警察も犯人を捕まえようと焦った結果、冤罪を生んでしまったのだろう」
「……」
「ボクはしばしの間、眠るね。じゃあ、おやすみ」
明里は烈の枕に顔を埋める。だが、すぐに顔だけを動かし、烈に視線をやる。
「ボクが寝ている間にエッチなことはしないように」
「しねーよ」
「キスまでなら許そう」
「しねーって! 寝るなら早く寝ろ!」
明里は愉快そうに笑いながら目を閉じた。すぐにすうすうと小さな寝息が聞こえてくる。
「本当に寝やがった……」
寝不足な烈としては、明里の寝付きの良さが羨ましい。
烈は細やかな抗議として、明里の頬を人差し指で小突いてみる。指が柔らかい弾力に押し返され、慌てて指を引っ込めてみた。明里の寝顔は正直、可愛いと思う。烈は見惚れるが、すぐに我に帰った。
身近な人間が死んだばかりだというのに、簡単に眠れる明里が不思議でならない。だが、明里の言う通りでもある。疲労が蓄積した頭で物を考えても、犯人を見つけることはできない。
烈は少し硬いカーペットの上で体を横にする。目を閉じ、体から力を抜く。
少しだけ休もう。少し休んでから、また捜査を再開すればよい。
連日の疲れのせいか、明里の助言のおかげか、烈はすぐに睡魔に襲われ負けてしまった。




