第3話
萌絵の事件から二日後の土曜日は、緊急の登校日となった。萌絵の件について、学校から話があるのだという。
通学路にはマスコミが数多くいたが、生徒の投稿風景を撮影するだけでインタビューを試みる者はいなかった。昨今、マスコミへの世間の目が厳しくなっている。子供に取材することで、生徒の心情を無視していると批判されるのを恐れているのだろう。
烈が自分のクラスに入ると、どんよりとした空気に包まれた。いつもなら楽しい会話の声が聞こえるのだが、今日は誰も一言も発しない。雑談する気分にならないのは当然だろう。
烈が自分の席に向かうと、萌絵の席の上に写真と花が生けられた花瓶が置いてあることに気がついた。写真の中の萌絵は満面の笑顔。だが、萌絵が生きていた頃を思い出し、むしろ辛い。胸に込み上げるものを我慢し、自分の席に座った。
担任の多野が善意で置いたのだろうが、烈達クラスメイト達にとってはより悲しみを強調するだけ。だが、写真を片付けろと薄情なことは言えない。
無言のままホームルームの時間になり、多野と逢蕾花が教室に入ってきた。多野はこれから全校集会があり事件の話を学校側がする、気分が悪くなった場合はすぐに多野達に申し出るようにと言い、生徒達を体育館に連れて行った。
体育館も空気が重く、皆無言だ。
春野泰明校長が登壇し、ゆっくりと離し始める。
「えー、すでに皆さんも報道などで知っていると思いますが、我が校の生徒である二年生の花咲萌絵さんが亡くなりました。とても悲しいことであり、私も知らせを聞いた最初は信じられませんでした。彼女は人当たりの良い生徒であり、私が花壇の整備をしている時に手伝ってくれたこともありました」
春野校長は目に涙を溜めながら、萌絵とのエピソードと彼女の為人を話す。生徒達の中からも啜り泣く声が数多く聞こえてくる。いかに萌絵の交友関係が広いかよく分かる。
明日は萌絵の葬式があるので、可能な限り参加して見送ってほしいと締めくくり、春野校長は降壇した。入れ替わるように登壇したのは、中年の男性教員。彼の名前は柳哲郎。二年生の学年主任をしている。
「次は私から話がある。今、花咲の件で報道陣が学校の周りに来るようになった。いいか、余計なことは一切話すなよ。下手なことを喋れば、この学校の評判に悪影響が出るからな。これはお前達のためでもある。言う通りにするように」
生徒達は柳の言葉に、露骨に顔を歪める。生徒が死んだのに、学校の評判の方を気にするかのような彼の物言いに、不快感を抱くのは無理もない。元々柳は生徒に高圧的に接する人間であり、生徒の好感度は相当低い。正直、烈も彼にはいい印象がない。前に烈が薬物関連の事件に巻き込まれた時、あろうことか彼は「お前もやっているんじゃないだろうな?」と言い放ったのである。
全校集会が終わった後、生徒はそれぞれ自分の教室に戻っていく。これから担任との面談があり、生徒一人一人の精神状態や事件の情報収集を目的としているようだ。
教室で待っているとやがて烈の順番が回ってきて、空き教室に呼ばれる。空き教室に入った烈は目を丸くした。
中にいたのは多野ではなく、逢蕾花だった。
「あれ、つぼみちゃん先生? 多野先生じゃなくて?」
「渾名で呼ばないの。あと敬語を使いなさい」
烈は逢蕾花の抗議を無視し、彼女の前に座る。
「なんで、つぼみちゃん先生が面談の相手なんだ?」
「だから、渾名……あー、もういいや」
逢蕾花は諦めたように苦笑いを浮かべる。
「君達七組のクラスの面談は、多野先生と私二人で担当することになったの。ほら、多野先生は色々大変でしょ? 負担を減らすためにね」
「でも、普通教育実習生にやらせるのか?」
「他の先生も事件の対応で余裕がないの。まあ、私にやらせるのは確かにおかしいけどね。じゃあ、そろそろ始めましょう」
逢蕾花はメモ帳を取り出し、面談を始める。
「聞いたけど、烈くんがその、花咲さんを見つけたんだよね? 大丈夫かな?」
逢蕾花の質問は言葉が少なく回りくどいが、烈が萌絵の遺体を見つけたことでショックを受けていないか、心配しているのだろう。
「あー、はい。大丈夫」
「花咲さんの後ろの席だよね? どうする?」
これも萌絵の後ろの席だと、遺影や献花を常に目にするから辛いだろうという、遠回しな配慮。
「それも大丈夫だ」
萌絵の後ろの席にいると辛いのは事実。だが、同時に犯人への恨みの燃料ともなる。
「そっか……。君がそう言うなら、何も言わない。じゃあ、次は花咲さんの話に移るね。君はすでに警察に話をしたと思うけど、もう一度ここで話をしてほしい。事件があった日の花咲さんと会った? 彼女はどんな様子だった? 誰かと会う約束をしていたとか言ってなかった?」
「あの日は、花咲と会った。ちょっと友人がトラブルに巻き込まれて、その相談で。途中まで一緒に帰ったけど、花咲は誰かと会うとか特には言っていなかったな」
今井の件についてはぼかして話す。神谷達から事情聴取を受けた際も、出来るだけ触れないように話した。下手に隠せば突っ込まれ、今井の件がバレるからと。その後、明里にその時の回答を話したが、正しい判断だと褒められ、学校から事情を聞かれた場合も同じように答えろと指示された。
「今の口ぶりだと、花咲さん以外にその友人という子がいたんだよね? それは誰?」
耳聡いなと思いながら、烈は「二組の今井由佳って子」と答える。
「他にその場に誰かいた?」
「明里、今井と同じクラスの明日見明里」。
「あー、明日見さんかー」
「知ってるのか?」
「まあ、先生の間でも有名だからね、あの子」
逢蕾花は声を顰める。
「実はね、学校、特に学年主任の柳先生が明日見さんを警戒しているの」
「明里を?」
「今回も事件に首を突っ込むんじゃないかって。これ以上、事態が悪化することを恐れるみたい。それで私にとある指令が来たの」
「指令って、どんな?」
「端的に言うと、明日見さん、そして幼馴染の君が余計なことをしないか監視しろってこと。私は君達と年齢が近いから、油断して本心を話してくれると思っているんだろうね」
逢蕾花は内緒話をするように、口元に手を当て更に声を小さくする。
「で、実際はどうなの? 捜査とか、してるの?」
「……いや、してないよ」
烈は否定するも、一瞬言い淀んでしまった。そして、それは致命的なミスだった。
「嘘を吐かなくてもいいよ。してるんでしょ?」
どう誤魔化そうかと考える烈を、逢蕾花はじっと見つめる。これ以上は無理だと思い、「……してるよ」と仕方なく認めることに。どうも、この教育実習生は鋭いところがある。
「やっぱりかあ。あ、言っておくけど、学校側に言うつもりはないよ」
「どういうこと?」
「そのままの意味。友達の命を奪った犯人を捕まえたい、その気持ちは十分理解できる。私は応援するよ。学校にも捜査はしていないって言うつもり」
「マジ? ありがとう、つぼみちゃん! 話が分かる!」
逢蕾花は「ただし!」と烈の言葉を遮る。
「君達はまだ高校生。いくら剛村くんが事件慣れしているからと言っても、相手は殺人犯。あまり危ない橋は渡らないように」
逢蕾花は自分のスマートフォンを取り出す。
「流石に君達に好き勝手にやらせるわけにはいかない。捜査の段取りや証拠は私にも共有して。それで私が危険と判断したら、そこで止めるように。わかった?」
烈は逢蕾花の出した条件に悩むも、ここで拒否すれば学校側に告げ口をするかもしれない。明里には事後承諾してもらうかと考え、条件を呑むことにした。
「わかったよ」
「うん、よろしい」
満足そうに頷く逢蕾花。烈は彼女と連絡先を交換。逢蕾花が大学のレポートを保存するために使っているクラウドサービスとも共有の設定をした。




