宝石精霊国物語 番外編 【武器職人の日常】
武器職人と聖職者のプチ恋愛バトル(?)
ルビー侯爵家の当主であるクロウはかなり早起きだ。
まだ日も昇りきらないうちから起き出して身支度をする。
少し庭を散歩して7時頃に朝食を摂る。
その後、仕事に取り掛かるのかと思いきや、そのままお菓子を作り出した。
しかも今日は特大ケーキを作るつもりだ。
クロウが当主を務めるルビー侯爵家は、精霊の加護として"不滅の炎"の魔法を与えられた。
この魔法を使って魔物から取った魔石を溶かして武器や武具を作る。
しかしクロウは武器製作だけでなく、この炎をお菓子作りや自炊にまで使っているのだ。
ルビーの大精霊も精霊も特に怒る訳でも無く、むしろクロウのお菓子作りに興味を示すほどだった。
クロウはクッキーなどを大量生産すると、屋敷の者はもちろん王宮の者にまで配る。国王であるハルにもだ。
ちなみに宝具の精霊は守護精霊でもあるので、仮に食べ物に毒が入っていたとしても食べる前にすぐ反応して教えてくれる。
その為、毒殺の心配は無い。
時間を掛けて苺、ブルーベリー、キウイ、桃などふんだんに使った特大ケーキを完成させると、お昼ごはんの時間を少し過ぎていた。
すると、エメラルド伯爵家のネレアがひょっこりと顔を覗かせた。
「やぁ、ネレア!来ていたのかい?ごめんね、ケーキ作りに夢中になっていたよ。」
「また美味しそうなフルーツケーキねぇ。何かお祝いごとかしら?」
「鋭いねネレア。実はルベライト伯爵にお孫さんが生まれたそうでね。そのお祝いに焼いたんだ。」
クロウは作ったケーキを調理場から隣の部屋にある食品貯蔵庫の一角にとりあえず保管した。
そこは所謂、冷蔵庫の役割を果たしていて冷蔵が必要な食品を保存している。
ルルーニア王国の四季である"冬"を司るタンザナイト家の精霊の加護魔法の一つ、氷の魔法で実現できた食品の保存方法だ。
ちなみに"春"はモルガナイト家、"夏"は先程のルベライト家、"秋"はシトリン家である。
「そうだ、ネレア。これからお昼ごはんを作るんだけど一緒にどうだい?今朝、新鮮な卵が手に入ったからメインにオムライスを作ろうかなって。ケチャップもお手製だよ。」
「あら素敵ね。実はクロウのごはんが目当てで遊びに来たのよ。お邪魔しちゃってもいいかしら?」
「もちろん。じゃあ、食堂で待っててもらえるかい?すぐに作るよ。」
クロウの作ったオムライスは、卵がトロトロ半熟で上にかかるケチャップは手作り。
付け合せはキャベツと卵のコンソメスープと、これまた卵を使った料理だ。
ホカホカと出来たての湯気が昇るオムライスとスープを前にネレアは、お腹が鳴るのを止められなかった。
クロウはお菓子作りだけでなく、こうした料理を毎日自炊する。
一応シェフは在籍するが、使用人たちにごはんを作るぐらいで主人には作っていない。
たまに屋敷の者にも自慢の料理を振る舞う。
「さぁ、出来たよ!どうぞ召し上がれ。」
ネレアはふわふわトロトロ卵のオムライスを一口頬張ると、あまりの美味しさに感激して天を仰いだ。
卵のトロトロ具合など一流シェフの腕前だ。
クロウの真似をして作っても同じようには決して作れない。
「すごい美味しいわ!ふわトロの卵もケチャップライスも素晴らしい出来栄えね。クロウは何作っても上手でさすがね。私なんて真似出来ないわぁ。」
「わぁ、ありがとうネレア。そんなに喜んでもらえると作った甲斐があったよ。たくさん食べてね。」
クロウはネレアの食べっぷりに嬉しそうにニコニコ微笑んでいた。
作る側の人間としては、出来立てのごはんをたくさん食べてくれる人は見ていて気持ちが良いのだ。
あっという間にオムライスを完食したあとは、昨夜クロウが仕込んでおいたカスタードプリンを紅茶と共に食べた。
これまた蕩けるような味わいで、プリンは少し固めでカラメルは濃いめ。
どこか懐かしい優しい甘さでネレアはうっとりしていた。
完全に胃袋を掴まれている。
「クロウの作る料理は週一で食べないと禁断症状が出るわ。王国中のシェフを集めてもクロウには敵わないわねぇ。」
「嬉しいことを言ってくれるね。もし僕と結婚したら毎日この料理を食べられるよ。」
さらりとしたクロウの突然の爆弾発言に使用人たちは唖然とした。
お皿を落っことさなかったのが奇跡なくらい、とんでもないプロポーズだった。
しかしクロウは涼しい顔をして紅茶を一口飲む。
対するネレアはポカンとしていたが、ふふっと微笑んだ。
「そうねぇ。クロウと結婚する人は毎日この料理が食べられるんだもの、きっと幸せよねぇ。」
使用人たちは一斉に(そうじゃない!)と心の中で叫び頭を抱えた。
クロウもさぞやガックリしている、と思いきや相変わらず涼しい顔で微笑んでいる。今や王国の五大貴族と呼ばれるルビー侯爵家とエメラルド伯爵家は、幼い頃からの付き合いだ。
ネレアのこういう反応には慣れているのかもしれない。
「さて、そろそろお暇するわね。ごめんなさいね、急にお邪魔しちゃって。お昼ごはんとても美味しかったわ。」
「あぁ、またおいでよ。今度はネレアの大好物を用意しておくよ。」
ネレアが帰ったあと、クロウは涼しい顔のまま片付けをして自室に戻った。
ふぅと息をついて仕事机に向かうと書類のチェックに取り掛かり、ふと難しい顔付きになる。
"今回は"かなり直球にぶつけたつもりだったが効果は無かった。
まだまだ実力不足だな、と頭の中で反省会をしていた。
だが、クロウはめげるどころか今度はどう攻めようか静かに案を練り始めた。
そんなことも知らずにネレアは、花歌を歌いながら屋敷に帰宅し、自室に入ると顔に笑顔を貼り付けたまま、突然手で顔を覆ってその場にうずくまった。
指の隙間から見えるその顔は茹で上がったタコのように真っ赤だ。
もはや沸騰して頭から湯気が立ち昇って見えるほどだ。
(あんな、急に言うの卑怯すぎるじゃない…。咄嗟に何の反応も出来なかった…。)
クロウから何度もアタックがあったことはネレアも自覚していた。
しかしネレアは素直に反応できず、有耶無耶に鈍感なフリをしてしまっている。
自分の気持ちに素直になれない意気地無しと自分を責める毎日だ。
(どうしよう、今度は何を仕掛けてくるのかしら。)
その日ネレアは、恥ずかしさと心臓の音がうるさくてロクに眠れなかった。
読んで頂いてありがとうございました。
クロウとネレアのプチバトル、この調子で行けばいつかクロウが大勝利すると思います。