ゆめうつつ、それうつつ
ああ、俺もあんな風にできたらな。
人間はそう夢見る心を誰でも持っている。
希に才能を持ち合わせ、夢を現実にできる人もいるが、それはほんの一部。現実を夢に近づけるのではなく、夢を現実に近づけていくものなのだ。
「いくら夢でも、ここまで想像力豊かな人は中々いないよ」
【夢見屋】の能力は見たい夢と現実を入れ替えること。
【壊滅屋】は今も夢の中で、地面を割り、街灯を片手で振り回し、僕をボコボコにしている。
けれど、現実では微動だにしていない。
僕も【壊滅屋】も現実世界では眠りに着いていて、夢の世界で戦っている。
痛覚が消えるわけではない。もう何度体が木っ端みじんになる痛みを受けたか分からない。
だが、目の前の【壊滅屋】は何度もよみがえる僕に疑問を抱くことなく、不敵な笑みと下品な笑い声を携えて休まずに襲い掛かってくる。
現実では僕の本体を【人形屋】の複製が守っている。
今のうちに【人形屋】の複製が【壊滅屋】を襲えばいいと考えるだろう。
しかし、それは叶わない。
【夢見屋】の能力を停止する条件は夢の世界にいる人が全員生存していること。それが満たされなければ、一生夢の世界に捕らわれることになる。それは僕もだ。
何度も死ぬ痛みに耐えられる限りは永遠に時間稼ぎができる能力、それが【夢見屋】なのだ。
こう能力の説明をしている間にも、僕の身体は街灯によって真っ二つになるのであった。
◇
時は少しさかのぼる。
マフィアが襲撃を受ける前、偶然にも【壊滅屋】と【火葬屋】が町に入ったころと同時刻だった。
【埋葬屋】は【探偵屋】からもらった情報をもとに、敵マフィアの本拠地を襲撃しようと隣町まで来ていた。
手にあるのは敵マフィアの本拠地の住所と、襲撃を止めるために殺すべき相手の写真だ。
【埋葬屋】として埋めるべき相手は選ばなければならない。
死体はオールオッケー。生体は悪人だけと決めている。
写真に写る眼鏡をかけた男は悪人に決まっている。
死体を粗末にするような【火葬屋】を町に寄越し、襲撃を計画している主犯。
……この首を持って、あの人に会いに行こう。
あの死体よりも冷たい彼女はどんな反応をするのだろうか。
あの金属を溶かす熱になりえるのだろうか。
「あのぉ、大丈夫ですか?」
横を見れば、女性が心配そうにこちらの顔を覗き込んでいる。
髪は三つ編みで後ろでまとめ、服装はエプロンをしているだけ。彼女の奥を見れば花屋があった。
「すみません、お邪魔でしたね」
「いえ! ただ少し上の空に見えたので。体調がすぐれないのかなと」
彼女のことを考えている時は人に心配されるような表情をしているのか。もし彼女に見られたら嫌われてしまうだろうか。いや、彼女がそれで表情を崩すとは思えない。
ああ、気を付けなければ。今も上の空になっていたかもしれない。
横を見ると、花屋の女性は手に花を持ってこちらに駆け寄ってきた。
「今、町の雰囲気が良くなくて、花も売れ残っちゃってるんです。なので、よければどうぞ」
彼女はおずおずと両手に持った鉢を差し出した。小ぶりなピンクの花がいくつか咲いており、葉は肉厚だ。
「ありがとうございます。これは?」
「平穏が訪れますように、そんな願いを込めて育てた花です。今はマフィアの動きが活発で何かと物騒ですから」
平穏。
「ありがとうございます。早く平穏な日々に戻るといいですね」
「そうですね。お兄さんも気をつけてください」
会釈をしてその場を離れる。
綺麗な花だ。
もし、あの花屋の女性の死体を手に入れられたら、その上に埋めてあげよう。
少し歩くと、町の中心から離れ、少し古びた屋敷が現れた。
入り口には厳かな鉄門が聳え立ち、それよりも背の低いサングラススーツマンが二人、番犬のように立っている。
さて、どうしたものか。
胸には拳銃の重みがある。それ以外にも手榴弾が二つ、ナイフが一本入っている。
二人なら不意を突けば拳銃で倒せるだろうか。
「あのーすいません。このメガネの人にこの花を届けてほしいと頼まれてきたんですけど~」
二人の真ん中で花を見せながら声を上げる。
「花だと? 誰だ眼鏡の人って」
「おい、ここがどこかわかってんのか!?」
一人はあまり警戒心なく、もう一人は声を上げているものの、もう一人の男よりも警戒心は低い。
「この人なんですけど、あっ」
ポケットから出した写真をわざと落とす。
一人がそれを拾うために身を屈めた。
素早くジャケットの裏に装着していたナイフを取り出し、写真を拾っていない男ののど元に突き刺す。
そして、そのままかがんだ男の首に上からナイフを差し込む。
二人とも驚愕した表情を浮かべた後に怒りの表情に変わるが、喉から声が出ることはない。このまま出血多量と喉に詰まった血液で窒息してどちらにしろ死ぬだろう。
「大丈夫です、あとで回収しに戻りますから」
一人が健気に最後の力を振り絞って襲い掛かってくる。
すれ違うように避け、胸にナイフを突き立てる。
そのまま男は倒れて動かなくなった。
しかし、そのせいでジャケットに血がかかってしまった。
死体は好きだが、血は好きではない。温かい血が身体を動かし、生体たらしめる。敵だ。
門を横にスライドし、屋敷の敷地に入る。
屋敷の入り口までは一本道で、中庭には人はいない。
屋敷の入り口の扉にはインターホンが付いていた。
ピンポーン。数秒して、はい、と返事が来た。
「いきなりすみません。花を届けに来ました」
できる限りの営業スマイルで花束をカメラに写す。
「……なめてんのか、その血、てめぇ!」
ああしまった。
ピンクの花弁にも肉厚の葉にも血が滴っている。
「間違えました。埋葬屋といいます、開けてください」
「開けるわけねぇだろ! 殺す!!」
ごもっとも。
けれどそれは無理な話だ。
僕は埋葬屋。
「埋めるための死体を、眼鏡野郎をぶち殺しに来ました。」