埋葬屋の僕と当主の君
ここは誰も知らない僕だけの隠し部屋。
誰かの書斎のように知識の宝庫のような本棚に囲まれた机があるわけでもなく、秘密の金庫に年代物のワインが隠されているわけでもない。
この部屋にあるのは明かりは一つだけ。あとは暗闇で先が見えない畑のみ。
畑と言っても野菜を栽培しているわけじゃない。そりゃこんな日光が一切入らない部屋で生命が育つわけがない。
逆だ。
ジリリ。
部屋の壁に固定されている電話が鳴る。受話器を取り、相手の一言目を待った。
「五番、仕事だ」
機械的な声で一方的にそう告げられ、電話を切られる。
変声器を使っており、どこのだれどころか性別すらわかりゃしない。
しかし、そんな失礼な奴相手に僕はテンションが上がっていた。
僕にとって仕事こそが生きがいであり、これがないと生きていけないのだ。
ワークシャツにベイカーパンツを履き、ハンチング帽を被る。
真っ黒の丸縁サングラスにマスクをつけて、顔を隠して部屋を出る。
すでに日は落ち、月が出ている。それでもサングラスをしているのは顔を隠すためだ。前の仕事の後ずっと部屋に引きこもっていたため、久々の外出となる。
暗闇で過ごす僕の目は夜のサングラスなどものともしない。
五番と言っていたな。
仕事に使っている場所は十番まで。指定された倉庫で仕事は行われる。
電話に出てから一時間以内に倉庫に行かなければ仕事は不成立となる。そんな一方的な条件でさえ、僕に仕事を頼む人は絶えない。
手に持った機械時計で約束の時間までの猶予を確認する。一時間を計るためだけに使われるその時計は六割ほど針を進めていた。
海辺近くの倉庫が立ち並んだエリアの六番倉庫の扉を開ける。
中にはスーツを着た数人の大男が拳口を僕に向けて構えていた。
その奥には一人の女性その下に動く麻袋がいる。
これが今日の取引相手だ。
「お待たせしてしまい申し訳ない」
「死体を処理してくれると聞いているわ」
聞いたことがない声だ。僕は会員制のサービスなんだが。
「お客様は初めてのご利用ですか」
「そうよ。先々代から世話になってるらしいじゃない」
ああ、あのおじいちゃんの孫か。ついこの間おじさんに当主が変わったばかりのマフィアだ。
もうあのおじさんは死んでしまったのか。こんな若そうな女性が当主とは苦労しそうだな。
「おじさんは死んでしまったのか、残念です」
「私が当主になるために殺したわ。これから多くの仕事を頼むことになるわ、改めてよろしく」
革手袋をしたままの手が差し出される。
その女性の目は死体以上に冷たく、表情は骨より硬く、美しい。
今まで、こんな人はいなかった。ここまで人間味がない人は初めて見た。
「よろしくお願いします。埋葬屋と申します」
◇
僕はこの町で埋葬屋の仕事をしている。
死体でも死体にしたい生体でも問わない。直接手を下したとバレたら困る、複雑な事情を抱えた人たちが僕に依頼をしてくる。リスク管理も含めて会員制にしているが、僕の電話番号を広めることを禁止しているわけではない。ただ、広めるメリットが少ないから誰も広めないのだ。
僕的には死体が集まりやすくなるので、広まった方がうれしいという気持ちも少しある。
僕は死体愛好者だ。だからこんな仕事をしている。
死体を隠し部屋の畑に埋め、その上で眠る。その冷たさが心地良い。
「……おかしい」
そんな人生を歩んできた僕に異変が生じている。
死体以外で興奮できなかった僕の心は数日前に出会った女性に支配されていた。
あの麻袋の上に座ったスーツ姿の冷徹なマフィア当主。冷徹という言葉では足らないほどに冷たく、血の流れを感じない女性。
あの白い陶器のような肌の下にあるのは血肉ではなく、金属なのではないだろうか。目の奥にあるのはどこまでも落ちていきそうな暗闇、夜目でも見通すことができない闇だった。
今も何よりも好きだった死体の上で、彼女のことを考えてしまう。
これでは埋葬屋として大事な何かが崩れてしまいそうだ。
ジリリ。
そんな僕の邪念を払うかのように電話が鳴った。
僕の胸は高鳴る。
あの女性からのラブコールではないかと期待して。
「電話に出てくれてありがとう。君が埋葬屋か」
お客様には電話では必要最低限の言葉だけで要件を伝えるように頼んである。
この電話の先の生体はお客様ではない。
「おっと電話を切ろうとするのは少しだけ待っていただきたい。わたくし、殺し屋です」
生体が言うように受話器を置こうとしていた。しかし、その手を止める。
埋葬屋は殺し屋とは懇意にしてきた。しかし、この声は俺の知っている殺し屋ではい。
この町に新たな殺し屋が来たのか。殺し屋が増えることはそんな珍しいことでもないが、こうして僕に電話をかけてくる殺し屋はそう多くない。殺し屋にも毛嫌いされるのが埋葬屋なのだ。
「わたくしは殺し屋として、他の殺し屋の皆様は殺させてもらいました。その死体の後処理を依頼したいのです。海側の倉庫エリアの六番でお待ちしております」
電話は切れた。
町にいた殺し屋は七人。電話先の相手が言っていたことが正しければ、七体の死体があることになる。
行かない理由はない。
だが、当然リスクはある。他の殺し屋を殺し、仕事を独占しようとしている生体だ。僕のことも殺そうとしてくる可能性はある。
それなら、死体は八体になる。嬉しい誤算だ。
その瞬間の僕は彼女のことを忘れていた。