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けものの分かれみち【ウタリテのキロル】

作者: rival



ゴロロ…


雨も降らない曇天の中、雷の鈍い音が辺りにこだましていた。



カチャ…カチャチャ……



お婆さんはチセの隅の方で、雷に共鳴する様に鳴る異質な音に気がついた。

その音の鳴る方へと近づくと、布に包まった蝦夷拵えの刀が現れた。


その刀は、薄らと怪しい光を纏っている。


《その刀、イペタムが音を立てる時、たちまち鞘から抜け出して生ある者を斬り殺すーー。選ばれし者が現れし時、その者に力を貸し、コタンに近づく脅威を打ち消すだろう》



お婆さんは今は亡き夫に聞いた言葉を思い出した。

そして、子供達に気づかれぬ様に再び布で包み、そっと隠した。



そのすぐ側では何やら身支度をしている人物が居た。


「こんな天気の中、何処へーー?」

お婆さんが心配そうに話しかけた。



「裏山の方で少し気になる事があって…」

そう。この日、何故か胸騒ぎがして俺は数年ぶりの狩りに出た。


本来ならばこんな曇天の中、狩りになど出歩く事はまずしない。


いつ、急な雨が降りだしてもおかしくないからだ。



狩場への道は年数が経っても覚えているモノなんだと、自分の記憶力に少し感心した。

歩みは止まらず、不意に覚えの無いけもの道を進んでいた。


「……?」


けもの道が途切れると広い草原に出た。


周囲は森で囲われているが、草原の中にポツンとハルニレの木があった。



『こんな場所…有ったか?』



ピシャ………ッ!




バリバリバリバリッ



突然、眩い稲光と轟音が響き渡った。


突然の光に目が眩み目も開けられない中、聞いた事の無い破裂音まで聞こえた。


光は止むが、視界はボヤけるし、大きな音を間近で聞いた事で耳の聴こえも良くない。



頭を小さく小刻みに横に振りながら、回復を待った。



視界が徐々に戻ってくると

先ほどまであったハルニレの木が真っ二つに裂けて焼けこげた匂いがする。


でも、燃えている感じはしない。


「この木に落ちたのか……」


そう思って近づくと、裂けた木の下で人がぐったりとしているのを見つけた。


慌てて駆け寄り、呼吸を確かめる為に口元に手を当てた。



「良かった…生きてる」


他に外傷は無いかと身体に触れているうちに、少しの違和感に気づいた。



髪の色は所々金色になっている。


衣服も何の違いがあるのかイマイチわからないが触感の違いを感じる。


服の紋様も近くのコタンでは見た事が無い。




……取り敢えず早く助けないと。


倒れた人を担ぎ上げると、その華奢さに驚いた。



辿って来たけもの道を折り返し、急いで戻る。



木が裂けるほどの落雷の中で生きてるなんて。


いや。


そもそも、あの木の下に人は居たのか?


落雷が他に無い中、何故、あのハルニレの木だけに直撃したのか…。




家路までの道のりで、様々なことを考えていた。

しかし、あっという間にコタンに着いてしまった。



「フチ!すまない。しばらくこの人をここに置いてやっても良いか?」



不思議な力を持つカンナとの出会いの始まり。




そして

共に旅をし



別れてからのおはなし。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






ーーーモルラン海岸でカンナと分かれ



過ごした期間は短かったが、カンナと一緒に居た時間がこうも懐かしく、また、居ないことが寂しく感じるなんて思いもしなかった。



「今のカンナなら、一人でも大丈夫だ」

『一人で大丈夫だろうか…』


自分の言った言葉だが、今、自身の心の中では心配でたまらなかった。


時折、振り返ってカンナを探したりもした。





次第に遠く、遠くなっていく。





ーーー近づくのはクッタルシ海岸。



預けていた馬を受け取り、和人の船へと向かった。


「おぉ!ウタリテの旦那!」

安曇は片腕を上げて挨拶をした。


「アズミニシパ、化物フンペ【鯨】はカンナが倒してくれたぜ!」


「フンペ…?あぁ!海坊主!」

助かった!これで船が出せる!と、安曇は意気込んでいた。

俺はウミボーズ?と難しい単語を小さく言葉に出していた。



「で、カンナの坊ちゃんは?」

安曇は周囲を見渡し、カンナの姿を探しながら聞いた。


「カンナは…その。先に進んだ。」

俺は言葉を詰まらせながら話をした。

安曇はと言うと、ウタリテの独特な言い回しに少し戸惑ったが、ここに居ないと言う事はそう言う事だろうと小さく「そうか…」と、呟いた。



「カンナの坊ちゃんは、一体何者なんだ…?」

「あの服装、それに何故、禁色を…?」


安曇からの問いに、ウタリテはうーん…と考え推し黙った。


「記憶を無くしているそうだ。自分の事が分からず、一緒に旅をしていた。先々で、もしかするとカンナを知っている人物がいるんじゃないかと思って歩いて来たが、手がかりは掴めなかった。」

着いていきたかったが、自分にも家族が居るから別れるしかなかった。

でも、心配だ…。

そう一人で押し問答を続けているウタリテに対し、安曇はその話を聞いて驚いた。


カンナに対しても申し訳なさそうな表情を浮かべるウタリテはただただ項垂れていた。


その空気に耐えられなくなった安曇は頭を掻いては何やら取り出した。


「ウタリテの旦那、これ。俺からの友好の証だ。」

そう話して見せたのは小さな袋。



中から出て来たのは丸く切り出された石だった。


乳白色の楕円でもあり、綺麗な円でもあるその石はとても艶やかで綺麗だった。



「それは、俺が仕えている屋敷で貰ったんだ。物珍しい、瑪瑙の碁守りだ。本来は勝負事で使う駒だが…勝負に勝った駒は縁起が良くてな。」

ホラ!と、強引に手に渡された。



「この広い海原だ。また無事にこっちに来れるかも分からねえ。だから持っといてくれ。また会うために。」


「…イヤイライケレ」


そんな大切な物を…とも思ったが、安曇がどうしても!と言うので受け取る事にした。



「さぁ。俺たちは早々に船を出す事にするぜ」

その言葉を聞いて少し遠くでは「今からっスか!?」と、驚きと疲れの声が聞こえて来た。

船員に対して、引き潮の今がちょうど良いんだよ!と説明すると納得し、渋々用意を始めた。



岩山の様に大きな船が動き出すのは見事だった。

一生にもこれが初めてで最後かもしれない。




俺は両手を振って安曇たちの乗る船を見送った。




その横にあるアフンルパロへ視線を送る。


不思議な事に、女の人が微笑んで佇んでいる気がした。



俺は、微笑みを向けた後にその場を後にした。







ーーーシコッペッ流域に着くと、アシカエッテの姿があった。


お腹は以前会った時よりふっくらしてる…気がする。



「お兄ちゃん!お疲れ様。」



そう話したかと思うと、辺りをキョロキョロし始めた。

安曇と同じくカンナを探している様だった。





「ーーー…そう、カンナは一人で旅を…」


俺の話を聞いて、アシカエッテは少し寂しそうな表情を浮かべながら薪を焚べた。



「カンナが決めた事だ。それに、自分の故郷が分かったら、また会いに来て旅の話を聞かせてくれな!って話したんだ。」

楽しそうに話すウタリテだったが、アシカエッテには兄が無理をして笑っている様にも見えた。



「お兄ちゃん、誰かのために一生懸命になるのは久しぶりね。」


「……ん?」



「だって、お兄ちゃん。サランマ【義姉】が亡くなってから抜け殻の様だったもの。」

あの時の口癖は怠い、眠い、面倒いって。ダラダラ、グダグダしてそりゃあ酷かったわね。


そう付け加えられたが、その言葉に怒る事も返す言葉も無く、空笑いを浮かべた。



「全くだ。アンタはいつもお騒がせばかりじゃないか」

突然、イヨノが山菜と大きな魚数匹を紐で括って持ち帰ってきた。


「俺はアンタみたいに子どもを放っておくなんて事は絶対にしない。他里を助けるとか余計な事もしない」

そう言うと、アシカエッテにくっ付いた。

アシカエッテは咄嗟のことに、恥ずかしがって思わずイヨノを突き飛ばした。


「……でも。あの蛇騒動の件に関しては感謝してる。」

体勢を立て直すも、無愛想なイヨノはそっぽを向きながら俺に小さくお礼を言っていた。


それがまた可笑しくて、アシカエッテと二人顔を見合わせて笑った。







ーーーシシリムカに帰ってから、コタンのみんなに旅の物語を話した。


大人も、子どもも、真剣に話を聞いてくれた。

物語の主人公は、あの大きな熊を倒したカンナだから当然と言えば当然だ。



その翌日……。



「じゃあ、次も俺がアイヌラックルやるから、シコサンケはフンペ【鯨】ね!」

「やだ!私も次はカミサマがイイー」


「ダメ!アイヌラックルは男のカミサマなんだぞ!」

「ちがうもん!強くて可愛い女のカミサマだって居るもん!」


棒を持った男の子に、女の子はイヤイヤと首を振るばかり。



「あー。ハイハイ、じゃぁ、俺がフンペやるから二人ともイタチの神様な〜」


アマッポロカが、駄々を捏ねる二人に役を与えると、二人は喜んで遊び始めた。

始めはウンウンと、微笑ましく見ていたのだが、ふと気がついた。


「オイオイ!ちょっと待て。俺の話、ちゃんと聞いてたか?!」


たかが、ごっこ遊びだと思いつつも思わず止めに入ってしまった。


「“《イタチの神様の様に》素早い身のこなしでショキナを倒した”って説明したろ。倒したのはイタチの神様じゃなくて、カンナだからな!」



何故かこの説明をしても上手く伝わらない。

…いや。子供じゃなく、アマッポロカが阿呆なだけなのだろうか。



説明するのを諦め、寸劇を楽しく見守る事にした。



「ぅ〜…」っと唸りを上げたのは横たわっているウンマシだ。

ウンマシは…蛇役だった。

既にやっつけられて次の話に移っているため、ほっとかれているのが気の毒だ。


「ぉーぃ…。ちょっとコッチ来れるか?」


「ミチ、なぁに?」


俺が小さく手招きをすると、てててっと駆けつけて首を傾げた。

その頭に手を乗せ撫でてやると、旅に出る時よりも身長が少し大きくなっている様な気がした。


「寂しい想いさせてごめんな。」


ウンマシは俺の顔をじっと見つめた。

「フチとルテルケが居るから寂しくないよ!」


他に友達も居るもん!と、ニコっと笑いながらそう答えた。

産まれてすぐに母親を亡くし、アシカエッテが手伝いに来てくれていたとは言え、俺も堕落していて大した構ってやれていないのに寂しくない訳がない。


そう思うと、ウンマシの事を力一杯抱きしめた。


「…大っきくなったな。」


腕の中に居るウンマシはモゾモゾと苦しそうに動いていた。

その小さな体温を感じて更に胸が熱くなった。



「イコロク。お前の新しい名前だ」

それを聞くとニコッと満遍の笑みを浮かべた。



アフンルパロでの不思議な体験。

亡くなった妻と僅かながらに会話した時に決めた名だ。



『あの子の名前ーーイコロクが良いわ…』




俺たちのイコロ【宝物】

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