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目覚めよ、ニッポン  作者: 茶茶 サティ
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第5部分 コバンザメ

第5部分 コバンザメ



中華人民共和国は既に決意している。

あとは時期だけだ。それもそう遠くはなかろう。極音速ミサイルを含めた充分数のミサイルが配備が整い、航空母艦の数と練度が揃い、建軍100周年にあたり、かつプーさんの任期が4期目に入り、それなりのジュビリーと慶事ジュビリー記念レガシーが必要な2027年、あるいはその直前… 華国の糖金平はそう観測している。


それはさすがに、あのノンビリ過ぎる日本人もわかっているだろう。

しかし…と糖は思うのだ。

1996年に起きた「台湾海峡危機」では、美国(アメリカ合衆国)の軍事的示威行為プレゼンスの前に苦杯を舐めさせられた中国人民解放軍(どこのどのへんが解放なのか説明を求めたいところだが…)だったが、今は違う。

近頃にわかに美国が台湾との蜜月関係を演出し、「尖閣諸島の防衛」を確約するかの声明を出して日本人を喜ばせている。

だが見方を変えてみるとどうだろう。以前から経済的利益こそ優先して形上国交を絶ったものの、美国は台湾を護る立場を崩してはいない。それを今になって改めて口に出すことは何を意味するか。尖閣諸島問題だって数十年越しのことなのに今更明言するのはなぜだろうか。



それはそう言わざるを得ないほど中国の軍事的プレゼンスが増してきたからに違いない。


それを平和ボケの日本人は知らないし、知っていても評価しないし、正しく評価した者でさえ対抗手段を打って来なかったのだ。今対抗したくても、まず憲法から改訂する必要があるとは、ドロ縄も極みといったところで、後世の笑いものになることは間違いない。もともと泥縄とは「泥棒を捕まえてから縄をう」の略語だが、「泥棒が鼻の先まで来てから縄の材料である稲や棕櫚や麻を栽培しようとしている」のが日本政治の現状で、今からでは、たとえオレが今の日本を乗っ取り独裁政治を強行したとしても、正直救いようがない。

まあ、他人の国のことだからどうでも良いと言えばどうでも良いが、現に華国の指導者である以上、肥え太った獲物の美味しい所だけは抜け目なくいただかねばなるまい。



だから戦略的思考の初期条件は同じであっても、その先の読みとニュアンスは全く変わったものとなるのは必然と言えよう。技術的な賢さや小器用なところはおおいに優秀であるが、熱しやすくお人好しで先を読まない日本国民の短絡的思考と国民性は国をあやまつ元凶である。自国は絶対安全だし、いざ危険なときには美国が… いや世界が日本を助けてくれる、という甘く根拠のない過剰で奇妙な自信はいったいどこから来るのだろうか。



『日本はいろいろ国際貢献してきたし、きっと尊敬もされてるはずだよ。だってサッカーの国際試合観戦後にゴミ拾って帰るのは日本だけでしょ?』

日本の大衆がそう叫んでも、国際政治の力学においてそれがなんの意味があると言うのだろうか。


「やはり、異民族に本当の意味で『征服』されたことがないからだろうな… あの楽観主義オプティミズムに満ちた国民性が羨ましくもある…」

糖は感心しながら嘲笑する。



日本国民は正しく… そう、作戦通りに誤解…というか、解釈してくれている。

「ああ、中国は尖閣を狙っているんだな。あの辺にあるという原油やら天然ガスが目的に違いない。なんてずうずうしいんだ」


つまり、日本はいつまでもこのまま存続できるという発想から抜け出すことができないのだ。



糖金平はもっと現実的だし、もっと客観的に飛躍というほどでもない先読みをしているだけだ。

「ああ、中国は尖閣を狙っているんだな。あの辺にあるという原油やら天然ガスが当面の目的に違いない。一時的には国際的非難にさらされ、経済制裁もあるだろうが、ガマンもどうせ1年か2年。世界経済もレアアースも、既に中国なしでは回らないシェアを占めているのだから今なら政治的冒険が可能だろう。

美国アメリカが【世界の警察】を放棄し、ロシアがドロ沼で足掻いてくれるおかげで3年目には現状に戻るはずだから、今こそゴリ押しすべき時なのだ。日本などはシーレーンと天然資源で絞めあげ脅していけば国力もヘタていくしかなくなるだろう。

それに… どうせいずれは併合してしまうのだろうしな…」


読者の皆様は、このニュアンスの相違にお気付きだろう… 要するに中国も華国も、台湾のみならず日本やフィリピンやブルネイといった東および東南アジアを無力化し、植民地化して西太平洋一帯から美国の影響力自体を追い落とすことこそが今後100年の目標なのである。


さらに… それだけではない。西太平洋地域において原油の輸入を軸とする制海権を押さえる場合のかなめとなるのはどこか… それはマラッカ海峡である。そのために親英国家であるシンガポール、旧蘭印であるインドネシア、そしてユーラシア大陸の南東にふちを成すベトナムやラオス、カンボジアを制圧する必要があり、ならば100年先を見据えて布石を打っておくべきだ。ちょっとインドが邪魔だがなぁ…

きっと中国の指導部はそんな布石を構想していることだろう。



ここまで来ると例の「一帯一路」政策が広域経済圏以外の別のかおを隠し持つことに気付いたのではないだろうか。


しばらく前まではオーストラリアは度が過ぎるくらいの親中国家であった。しかし近年はようやく野望と本質を見抜き、距離を置くどころか、英米から原子力潜水艦を供給されるなど敵対とも思える態度を見せるようになっている。

その点インドネシアの政治屋は国民の意思と利益に反して、日本が立てた高速鉄道計画を故意に漏洩させた上で中国と契約するなど唯々諾々… 要するに言いなりで、目先の利益とマイナイに目が眩み、太平洋地域の安定どころか自国の国益さえ考慮する意識を持っていない。


おっと、話しが逸れてしまったが、中国共産党もその指導部も同様に考えているに違いない。



だから… そこに我が華国も便乗すれば良いだけだ。

「ホントは我が国主導で行きたいところだがな… さすがに中国には敵わん、そこは仕方ないか… 我が国は当面中国を全面的に支持し、おだて、褒め上げて利益を享受させていただこうかの…」 

それが糖金平のホンネである。

「そうだ、アレみたいだな、あっはっはっは、コバンザメ戦略と名付けておくか… うっ」

「うわぁはっはっはっは、コバンザメ、こばん…くくく、コバンザメザメ…」

「中国主導はちとシャーク(サメ)に触るがな… おっほっほっほ」

なんかツボにはまってしまった。


つい日頃の沈鬱な表情の演技を忘れ、大声で笑い、叫んでいたが…

ノックもそこそこに

「げ、元首さま、大丈夫ですか?」

「あの… どうかなされましたか?」

隣室から秘書が二人も出てきてしまった。



うっ…


いまさら胡麻化しようもない。


「あ、いや、なに… キミらはコバンザメを知っておるかの?」

「こ、コバン、コバンザメですか?」

「ええ、サメとかカメとかに引っ付いて移動するアレですよね、元首さま」

「おお、キミは知っとるか… おお、ヤツラはどんなときに宿主ホストを替えるのか、調べたことはあるかね」

「御冗談を… 元首様。私は文学部出身でコバンザメの生態までは…」

「あははは、まさか生物学的に正しい答など求めてはおらんよ、キミ。要するに利益があるときはひっ付いていくが、利益の見込みがなくなれば離れる、そういうことだろ?」

「は、おっしゃるとおりです、元首様。どのくらい分け前があるかはシビアに大事だと思います」

「で、どのくらいなら付いていく気になるかな? キミなら…」

「あ、あの何の話ですか?」

「鈍いな、分け前じゃよ。サメの利益の何%くらいかな」

「そうですね、考えたことないですからねぇ… 移動のコストはアッチ持ちですから、まあ5~10%あれば、自分ならまあ良しとします、たぶん」

「そうか… やあ心配掛けたな… もういいや、ごくろうさん」

「ではしつれ…」

「や、ちょっと待った。ついでにちょっと生態を… そのコストにあたるような文献とか研究とかな、あれば調べさせておいてもらおうかの、ざっくりで良いぞ、うん。学者になるワケじゃないからの」

「かしこまりました。では失礼します」

「はは、久々に笑ったわい、ごくろう、ごくろう」


秘書が出て行ったあと静かに呟いた。

「なるほど、移動コストな… 政治学上なら悪評かの。戦術タクティクスではなく戦略ストラテジー上でよくよく思案せねば…」


一転長い沈思に入る糖金平であった。


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