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目覚めよ、ニッポン  作者: 茶茶 サティ
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第4部分 私情の狭間(はざま)

第4部分 私情の狭間はざま


さて… 語り手である私は来週華国に行かねばならない。行って何をするかを… 少しだけ明かしておこう。


皆さんはディベートという議論方法をご存じかと思う。ある理論やら仮説やらに対して賛成または反対の立場を作為的に決めて、相手を納得…というか、言い負かせるように討議していくような議論の方法である。そのディベートを華国の糖元首を含めた幹部と地域代表報告者総勢17名の前で行うのである。元首以外の幹部はそれぞれ仮想的に8地域8国を代表する任務が与えられており、自身の代理1名を選んで事前にその国の情勢等をあらかじめリサーチさせてあるのだ。その場の議論等でどんなことを言っても責任を問われることはないが、後日明らかな見落としなどが発覚した場合は幹部ともども左遷されたり粛清されたりしかねないので、そこは使命感と責任を持って調べあげておかねばならない。

ここでのいう仮想的な8地域とは華国、アメリカ、日本、インド、ロシア、サウジアラビア、マダガスカル、NATOとイギリスを指す。NATOは国ではないしイギリスはすでに脱退しているから、最後のものはヨーロッパと置き換えても大差はない。


昨年の冬に開催された「対外政策検討会」の際、私の直接の首領ボスは次回の同委員会で「日本」の立場で意見を出すように命じてられた。そこで祖父の代から日本で工作員として密かに活動している私に「幹部代理で発表せよ」という大役の白羽の矢が立てられたワケなのだ。


難しい立場である。私は日本という国も国民性も大好きだ。しかし日本を護ろうとして本音で危機感を語るほど、華国はそれに対する対策を立ててしまい、結局華国の思うツボにはまっていってしまう。例えば前回の検討会では別の工作員が日本の最新型の、そして軍事機密の塊である潜水艦について徹底的に調べ、報告をしたうえで意見を述べ、対華国や中国に対して推察される防衛作戦案を述べていた。


日本の潜水艦、とくに新型の潜水艦の性能は素晴らしいものらしい。ドイツのUボートは通商破壊作戦用に作られたもので、小さいながらも貨物船を沈め、海上交通を撹乱し敵の経済や輸送力を妨害する役割に専念した。対して太平洋戦争時の日本における潜水艦は艦隊随伴型の潜水艦、つまり敵の戦闘艦艇を攻撃し撃沈する役割に特化して高速と大航続距離を持たせたために「まるでドラムを叩きながら航進しているようだ」といわれるまでの酷い騒音が発生して、美国の水中聴音員に嘲笑されていたという。しかし戦後ははさまざまな改良の結果、高い静粛性を達成していた上に、近年はスターリングエンジンによるAIP(非大気依存)システムまで搭載して潜航中にも液体酸素を利用した充電ができるようになっていた。


これは発見する側の華国側から見ると実に厄介な性能である。重ねて今度はリチウムイオン電池搭載の最新型を就航させつつあるのには驚くばかりだ。リチウムイオン電池は高性能ではあり、各国も搭載したい気持ちはやまやまなのだが、溶媒に可燃性物質を利用する構造であることから、発火の危険性という欠陥を併せ持っており日本以外で潜水艦装備として実用化できた国はどこにもない。さすがは自動懸吊じどうけんちょう装置や重油漏洩じゅうゆろうえい防止装置を開発した友永英夫ともながひでお技術大佐を輩出した国である… その工作員はそんな表現で褒め方で幹部の油断と慢心をたしなめた。実際のところ、そんな強力な潜水艦が実際に配備され運用されると華国としてはまことに困ったことになる。


蛇足ながら、「自動懸吊」とは海中の一点で潜水艦を静止させる技術である。通常海中では重心等の関係から少しずつでも動いていないと同じ深度や姿勢を保ちにくい。しかし動けば機械の作動音で水上の敵に曝露しやすく、位置も正確に測定されやすくなってしまう。そこで艦内での物資や人員の移動、そしてポンプの使用によって懸吊するワケだが、どうしてもポンプの作動音も発生するし操艦のベテランの勘に頼るところが大きかったのだ。しかし友永氏は注水用タンクおよびあらかじめ空気で加圧した排水用タンクを装備することでこの難問を一挙に解決し海軍内部とドイツ海軍とで激賞された経緯があったのである。


話しを戻そう。「日本がこんな手段を持つようになった…」 そんな報告があれば、「では華国としてどうすべきか…」 そういうふうに対策が協議されることになるワケだ。


ひとたび海に潜ると始末に負えなくなるのだから、潜る前こそが最大のチャンスである。勝つために争うのだから、ここには卑怯も武士道精神もありはしないし、必要ともされない。勝ちさえすれば、ゆくゆく歴史ごと改鼠かいざんし、抹消してゆけば良いのである。オーソドックスなソフトな手段として選ばれることが多いのは門番や乗組員にハニートラップを仕掛けて秘密を聞き出し買収するとか、家族を実質上の人質にとっておくとかの方法である。

少しハードな手法を用いるならいざ開戦という間際にチームで数十機のドローンを飛ばし、天蓋てんがいやスクリュー、または舵を目掛けて手榴弾を落とすとか… 潜る前の停泊基地を襲ってしまえば、大した金は掛けなくても潜水艦基地くらいならワケなく機能不全にはできるのである。


これはほんの一例であって、いざ、というときにはいろいろな手段が同時並行的に実践されることになるだろう。そう… もうひとつこんな一例を挙げて見よう。


沖縄は言うまでもなく島嶼とうしょである。日本本土、または他の大陸等と物流を交換するためには飛行機、フネといった交通機関になる。では情報はどうか。手紙は物流と同様だし、狼煙のろしなんかでは届きはしない。そう今はNETに時代だからNETで… と誰しも考えるものだが、そのInternetはどうやってプロバイダと、そしてサーバーと接続しているか考えたことがあるだろうか。


そうか、人工衛星… よくぞ思いついてくれました。しかしそれも正解のひとつに過ぎない。もっと安く早く手軽に多用されているのが海底ケーブルである。沖縄には以下の商業用海底ケーブルが敷設されているという。

 ①KDDIの宮崎に接続する系統

 ②同 秋田、仙台、茨城、石狩、宮崎等に接続する系統

 ③沖縄セルラーの鹿児島に接続する系統

 ④KDDI他の東南アジア等に接続する系統

 ⑤NTT他のシンガポール、香港、マレーシア等に接続する系統

 ⑥AT&Tの北九州やグアム等に接続する系統(美国所持の回線)

つまり日本が使用するための合計6系統のケーブルがあるワケだ。



別に美国軍専用のケーブルが敷設されているはずだが、当然位置は秘匿隠匿されており、当然のごとく中国はこの位置を探ろうとしているはずだ。


位置を知ってどうするかって?無論いざ有事の際には破壊し、沖縄に駐留する美国軍の情報網を寸断し大混乱に陥れるためである。いかに兵器が優れていても、情報がなくヒトが動かなければ無力と大差はないからだ。実際その手段として水中での破壊兵器、いわば「水中ドローン」をすでに1000機も持ち、実戦配備しているという。おそらくケーブル近くまで自律的に潜航で移動し、目標近くで爆発してケーブルの破損を狙うに違いあるまい。


私の家は移民だった祖父から代々華国の工作員であり、その秘密の「かお」はおそらく誰にも気づかれてはいない。母国には勝ってほしいが、心情的には日本びいきだし、むしろ華国の思い通りにはなってほしくはない。


そんな私ではあるが、実のところ20代後半の5年ほどは「海外放浪」と称して日本を飛び出し、そのうちの4年ほどを糖金平首領の秘書、「ちょう 谷炎こくえん」として働いていた過去は、華国中枢に近いごく少数の側近を除いては誰も知らないだろう… そう、私の両親兄弟さえも、だ。本当は糖首領に、なぜか「ながたにえん」と呼ばれるようなほぼ側近クラスの待遇でもあるが、そういったコネクションは一切表に出さないことさえも首領そして側近との暗黙の約束である。

なぜか? 幾つものメリットが、そしてデメリットもあるが、それは今は敢えて言わぬことにしよう。



さて…

話をもとに戻そう。華国だって美国に対して優位に立ちたいし、少なくとも同等の立場に立って西太平洋の覇権だけは握っておきたいのである。握れば美国の圧力と影響力は必然的に減じるだろう。こうして美国の一大拠点たる日本を抑え、逆に衛星国の一つとして、または直接支配によって植民地化を図り、華国に奉仕させたいのである。この時代に植民地なんて… 平和ボケした日本人にはわかるまいが、現実世界に起きている中国によるチベット支配はまさしく植民地化であり民族浄化ジェノサイドである。


実は… 華国にとって日本の艦隊や潜水艦の脅威を減じる方法は他にもある。しかもうまいことにコストはあまりかからない。それは中国を煽る、という方法だ。中国には「台湾…あれは単なる国内問題じゃないですか、わが国は当然味方です、何を躊躇ためらうのですか」と煽って台湾を併合させ、または軍事進攻させる。これで日本に通じるシーレーンは、事実上中国が支配するものとなる。つまり日本経済は… 中国がその気になれば、いつでも日本に通じる原油や工業原料の輸入、そして製品の輸出さえもがいともたやすく操られてしまうという現実にさらされる。これは秘密でもなんでもなく、すでに公然と「一帯一路」という美名で喧伝されているワケでこれを支持し煽り立てるだけのことだからさほどコストもかからない。


こうして日本の動脈と静脈であるシーレーンを抑えれば、燃料不足の艦隊や航空機など恐れる必要はなくなる… つまりこれが軍事力を使わない無力化である。自国艦隊に実弾を撃たせる必要はなく、フリート イン ビーイング(Freet in being:存在することに意義のある艦隊)だけで十分だ。


さらに偶然の海難事故を装い、我が国と中国で漂流民をでっち上げ、それを保護する名目で台湾沖の通行を制限、または「自由を保障する」とか何とかの名目とつけて尖閣、ついでに沖縄の一部を割譲させる。こうして日本の国力、いわば抵抗力をいでゆくわけだ。彼らは粘り強く計画的だから、ここまでじっくり20年掛けて… しかし蚕食さんしょくはここで終わるワケではない。華国と中国とが協力しながら太平洋戦争の恨みを晴らす… ここからがおたのしみといったところだ。こんな強引な話、中国単独で行えば強い国際的な非難と反発を浴びることになるが、2国、もしくはカリアゲ国あたりも加えて数カ国にすれば風当りも弱まることは必至だろう。


一時的には「悪の枢軸」呼ばわりされても、なに、最終的に勝てば良いのである。

なんせ美国や欧州は遠いし、奴らチキンどもにはたったこれだけのことなら核兵器を実用する勇気も決断力もないことは明らか過ぎる。将来の歴史的評価を恐れ、また行き過ぎた民主主義による「選挙」を恐れる議員どもや内閣にはそんな肚もなく、大胆な曲芸的政治ができるはずが… 99%無い。残りの1%は何かの間違いでMr.トランプが復活した場合だけだろうな…


華国としてはこれに乗じて日本という国体をチビチビシクシクと長期にわたって苦しめつつ美味しくいただくのが上策というものだ。しかし私は日本びいきなのである。私が日本の優位を説けば説くほど、何らかの対策が為されていってしまうというこの矛盾の中で、私はどうすれば良いのだろうか。



たぶん今夜も眠れないだろう。





補足:筆者は普通の日本人であり、他国の工作員ではありません。念のため宣言しておきます。

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