87話 -魔武器にある意思-
「え?魔武器がサブレさんの手から逃げて………」
「ヒーヒェヒェ、どうやら嫌われているようだね」
「嫌われている?そんなことあるんですか」
「何言ってんだいいま目の前で見たじゃないか。それなのに信じられないっていうのかい?」
「いえ、そういうわけじゃないですけど」
魔武器はたしかにひとりでに動いた。お婆さんの言う通り逃げたとしか思えない。けどそれだどあのナイフは意思のようなものを持っているということになる。
「見たか婆さん、俺は無意味に怯えたりなんかしてないぞ。むしろ怯えているのは魔武器のほうだ」
「イーヒッヒヒ見たよ、確かに見た。でもあたしの気のせいじゃなけりゃぁずいぶんと額に汗をかいているんじゃないかい?」
「勝負は俺の勝ちなんだから口を閉じろ。っておらっ!」
お婆さんの方を見ていたサブレさんが急に魔武器に手を伸ばした。
ひょい。
魔武器は逃げた。信じられないことにサブレさんは魔武器を捕まえようとしたみたいだ。
「見たかこいつ完全に俺にビビっているぞ。おら!おら!おら」
サブレさんが手を伸ばすたびに魔武器は逃げ続けている。
「ええぇ……サブレさん魔武器で遊ぶのはよくないんじゃ。さっきはものすごく危険だって言ってたじゃないですか」
「なんだ本では大げさに書いてあったが実際は大したことないな。おらおら!逃げるな俺が使ってやるぞ」
さっきまでも調子とは打って変わって、恐怖心はサブレさんの心からすっかり消え去ってしまったようだった。
それにしてもすごい逃げるなぁ。野良猫を捕まえて撫でようとしたときのことを思い出す。こっちのことをじっと見て近づくとあっという間に逃げてしまうんだよな。
「おらおらおらどうしたどうした怖いのかこの!」
すっかり面白がっている。僕にはもうこのナイフが子猫みたいに見えてきてしまっていた。悪い子供に追いかけられている可愛そうな子猫。
「もうやめてあげましょうよサブレさん、なんだかかわいそうですよ」
「何がかわいそうなものかオラオラオア!」
魔武器は飛んだり跳ねたりしてーーーーすぽっ。
「え?」
僕の袖口からすぽっと中へ入った。
「ええぇぇ!!?ちょっと!」
「なんだ随分と良いところに逃げたじゃないか。あんたがあんまりにも無理に捕まえようとするから嫌だ嫌だって言って安全なところに逃げちまったじゃないか」
お婆さんは笑っているが、笑っている場合なんかじゃない。
「わわわわわ!」
急いで右の袖口に指を入れて魔武器を引っこ抜こうとするけど、どんどんすすんでいって指の先が触れただけだった。袖口は狭くて手が途中くらいまでしか入っていかない。
「ああぁ!逃げる!」
僕は袖口からナイフを取り出そうとするのを諦めた。その代わり服の上からナイフを抑えようとしたけど、ナイフはどんどん進んでいって肘のところからさらに上に進んでいって脇のところから上着とズボンの境目のところにストンと落ちた。
「わわわどうしようどうしよう!お腹のところに入っちゃったよ」
サブレさんは言っていた。魔武器には悪魔文字が記されていて、さわると頭がおかしくなる、と。
「モルン!私が首のところから手を入れて取り出すからモルンはお腹のほうから手を入れて捕まえて!」
ウミカが言う。
「わかったお願い!」
僕はズボンから上着を引っこ抜いてお腹から手を入れて、魔武器を取ろうとするけどナイフは逃げ回っていて僕の手につかまらない。首元からはウミカの手が入ってきているせいで僕の体はもうしっちゃかめっちゃかだ。
「それだったら服を脱いだ方が早いぞ」
「それは嫌です!」
自分がいまとでもない状況にあるのはわかっていてもこんなところで裸になるなんて絶対に嫌だ。
「頑張れ頑張れふたりとも頑張るんだよ」
手を叩きながらお婆さんが笑顔で応援しているけど全く嬉しくない。むしろこんな大変な状態の僕を笑っているみたいで腹が立った。
僕とウミカの手が僕の上着の中で跳ねまわっているけどナイフも逃げ回っていて全然捕まらない。
「なんだ、触っても大丈夫そうじゃないか。攻撃に使わなければリスクはないのか?わからない。わからないがあの本め、大げさに書きやがって。触っただけじゃ影響ないならちゃんとそう書けよ、役に立たない本だな。これは魔武器について詳しく調べてみる必要があるな」
サブレさんはなんだかやけに冷静に言っているけど今はそんな場合じゃない。そんな場合じゃないんだけどたしかにいまのところ僕の頭はおかしくはなっていないと思う。
手に感触。
「捕まえました!」
手の中で暴れまわる魔武器を、僕は慎重に服の中から取り出した。




