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84話 -妖しい誘い-

 


 お婆さんが路地から物凄い笑顔で手招きしている。


「なんか物凄くあやしいですね、サブレさんから教えてもらったからそう見えるだけなんでしょうか?」


「まあどうせろくでもない物しか置いてないに違いないから無視しておけ」


「わかりました」


 お婆さんには悪いけど僕は学校に入学するためにやらなきゃいけないことが沢山あるから付き合うわけにはいかないんだ。


「あらまあこりゃあ驚いた!皆さま方からはずいぶんと将来成功しそうな雰囲気を感じますよ。長年色々な冒険者相手に商売をしてきたあたしが言うんだから間違いありませんよ」


 なるほど、こうやって何も知らない人に声を掛けて騙しているんだな。間違いなく全員に言っているんだろう。


「ずいぶんとわかりやすい嘘だな」


「そうですね。けどやっぱり何も知らなかったらこういう嘘にも騙されてしまうんでしょうかね」


 いままではだまし取られるお金なんか持ってなかったけど、これからは気を付けないといけない。僕のお金はウミカのお金だ。人生何が起こるか分からないということを僕は身をもって学んだんだから、僕がしっかりしないといけない。


「とくに女の方はずいぶんと美しい顔立ちをしておりますね。それだけ小さくてもあたしにはわかりますよ、いやはやこれは将来相当な美人様になるに違いありませんね。肌が透き通るように美しいじゃないですか、ごてごてと化粧してないから余計に美しさが際立つってものだ。いやまぁなんと美しい、こんな美しいお方と一緒に歩けるだけでそばにいる男の人は幸せというものじゃないですか」


「私ですか?」


「もちろんですよ美しいお嬢様」


「モルン聞いた?私のこと美しいお嬢様だって」


「う、うん………聞いた」


 僕の妹は喜んでいる。


 あのお婆さんは騙すために嘘を言っているんだよ、という言葉が一瞬頭に思い浮かんだけど、それは言うべきでない言葉だということは、その言葉を思い浮かんだ一瞬あとで気が付いた。


 嘘、ということは美しいお嬢様なんてことはあるわけないっていうような意味になってしまうかもしれない。ウミカは怒ると2日でも3日でも怒り続けて口を聞いてくれなくなるから、これからのふたりの暮らしに大いに影響が出る。それに僕自身、本当のところウミカの顔はとてもかわいいと思っている。


「一度見てみる?」


「え!?」


「どうしてそんなに驚くの?」


「だってサブレさんがさっき言ってたばかりじゃないか、あの人はきっと僕たちみたいな人を騙して商売をしているんだよ」


「そうだけどそれは何も知らなければ、ということでしょ?」


「どういうこと?」


 妹が何を言っているのかさっぱりわからない。


「確かにさっき言ってたみたいに何も知らない人を騙すひとがいるのかもしれないよ。けどそれが分かっていれば騙されることなんてないんじゃない?」


「うーん、そうだけど」


「それにもしかしたら掘り出し物があるかもしれないよ」


 掘り出し物?


「いいから少しだけのぞいてみようよ。せっかくここまで来たんだし、なんだか楽しそうじゃない」


 ウミカは僕の手を引っ張ってお婆さんのいる路地裏へと軽い足取りで進んでいく。


「おやまあ!近くで見ると本当に美しいお嬢さんだね」


「そんなことはないと思います」


「いやいや過ぎたる謙遜は嫌味ってもんさ。王都でも指折りの美しさじゃないかね」


「話半分に聞いておきます」


 あ、半分は聞き入れるんだ。


「年齢の割に難しい言葉を知っているんだね。こりゃ頭もいいと来たもんだからまるで宝石みたいじゃないか」


「モルン何か買っていく?」


 え!?


「それはどうだろう、僕たちは武具の良し悪しなんてわからないんだから、あんまり簡単に決めない方がいいよ」


 ウミカがいつものウミカじゃない。


 僕の妹は財布の紐をガッチガチに締めていて無駄遣いをしない。野菜一つ買うのでもひとつひとつ時間をかけて納得したものを買っている。それなのにここで武具を買う?武具こそ慎重にしっかりした店で買うべきだと思う。


「こういうのはフィーリングが大事だと思うの」


「その通りだよ、さすがはお嬢さんだ」


 お婆さんも買わせようとしてくる。遠くで見た時にも思ってたけど近くで見ると余計に胡散臭く見えるなぁ、本人には言えないけど。フードを被っているのも顔を見られないようにしているとしか思えない。


「絶対違うと思うなぁ」


「生死に直結することだから落ち着いてよく考えたほうがいい。絵を買うんじゃないんだぞ」


 ようやくサブレさんが助けに入ってきてくれた。



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