82話 -うれしさ-
「サブレいくぞ」
僕たちの家に来たサブレさんが言った。
「本当にすいませんが今週は勘弁してもらえないでしょうか、さっきから僕の頭の中は歴史と国語と算数でぐちゃぐちゃになっていている状態なんです。何とかこれを整理して頭に叩き込まないと試験に合格することはできなさそうなんです」
僕は必死に頼み込んだ。昨日手渡された試験のための教科書が思った以上に進みが悪くて、本番の日までに全部を読み終えることすらできなさそうな有様なのだ。
いつもならサブレさんの役に立てるのなら喜んでお供する僕だけども今は話が別だ。昨日の帰りにサブレさんは有名なケーキ屋さんで合格祝いのためのケーキを注文してしまっていて後がない。
「頑張っているようだな、だがモルンは頭がいいからそれくらいは大丈夫だろう」
「褒めてくれるのは本当にうれしいんですけど、全然大丈夫じゃないんですよこれが。初めて見る言葉ばかりで困り果てています」
今までサブレさんが僕のことを頭がいいと褒めてくれるのが嬉しいと思っていたんだけど、それがここにきて完全に裏目に出てしまっている。サブレさんが僕のことを相当買いかぶっているのは間違いなかった。
「それじゃあついてこい」
「ちょっと待ってくださいよ、僕はいま試験に合格するために必死なんです。サブレさんの顔に泥を塗るわけにはいかないですし、僕自身も合格したいんです、お願いします」
「もちろんわかっている、というよりもだから言っているんだ」
「どういうことですか?」
ただでさえ頭がぐちゃぐちゃの状態なのに、さらに分からないことを言われていっぱいいっぱいだ。
「試験は筆記試験だけじゃないんだぞ、忘れたのか?」
「え、あ、ああぁ!そういえば!!」
「戦闘能力試験があると昨日言っていただろ」
「そうでした、すっかり忘れていました。戦闘能力試験というのはいったい何ですか?サブレさんも王立魔法アカデミーに入るときに受けたんですよね?」
「極めて簡単だ。試験官と一対一で戦って実力を示す、それだけのことだ」
「ええぇ!僕は戦いなんてしたことがないですよ?」
試験官というくらいだからかなり戦闘に長けている人なんだろう。そんな人と一対一で戦うなんて怖すぎる。怪我をしたり、打ち所が悪かったら死んでしまったりするんじゃないだろうか。
「だからいま俺が来ているだろう」
「ええと、それってサブレさんが戦い方を教えてくれるんですか?」
サブレさんが武器を使うのは確かに見たことはあるけどナイフとか短剣とかの短い武器だったはずだ。それに剣術というよりもむしろ魔力を武器に纏わせてその性質を使うような高度な使い方だったはずだ。
「俺じゃない。この前モルンがいない時に奴隷をひとり買ってな。そいつが丁度良く前はC級の冒険者だったんだ。だからそいつから剣を習えばいいんじゃないかと思ってな。ほかの仕事を頼むつもりでいたんだが空き時間に剣の基礎を教えるくらいはできるだろう」
「そうだったんですね、ありがとうございます。サブレさんがそこまで考えてくれているとは思いませんでした。それにしてもC級冒険者って相当すごいんじゃないですか?なんだか厳しそうな感じもしますけど」
「C級は魔力を持たない人間が到達できる限界といわれている。しかも道場で剣術を教えていたこともあるというんだからうってつけだろ。厳しいかどうかは知らん」
「なるほど………でも!一週間ですよ一週間!そんなに簡単に習得できるようなものではないと思うんですけど剣術は」
「別に完璧にマスターしろと言っているわけじゃない。ただ試験官に合格だと思わせればいいだけだ」
「そんなに簡単に合格にしてくれますかね。剣術って10年とか20年とか訓練しないと駄目なんじゃないですかね?」
「モルンの言う通り確かに剣術の習得には時間がかかるだろう。だがこういう時のために、というわけではないが、俺が与えていたトレーニングメニューがここで役に立つ」
「あ!あのトレーニングですね」
「その通り!モルンが入ろうとしているのは騎士のための学校じゃなくて普通の学校だから身体強化を使えない生徒も大勢いる。だから普通よりも相当有利だ、剣術の習得度は低くてもカバーできるはずだ。俺が教えたメニューをサボらずにやっていればだけどな」
「もちろん教えてもらった通りちゃんと走っています」
それだけは自信がある。最初は疲れて大変だったけど一日一日上達していくのが楽しくなって毎日やっている。昨日よりどれくらいできるようになっているのかが嬉しいんだ。
「それでも不安なんですけど」
「そんなに難しいことはないはずだ、本格的にやるのは学校に入ってからだからある程度の基礎ができていれば合格できる。最初からできているなら学校に入って学ぶ意味がないからな、剣術がいまいちでも身体強化ができていれば見どころがあると思われるに違いない」
「そうなんですね、わかりました。それじゃあ着替えて準備しますね」
サブレさんは経験者だからやっぱりちゃんとわかっているんだ。何も知らない僕が想像で言うのは意味がないだろう。
「あと剣と簡単な防具も買いに行かないといけないしな」
「え!?剣と防具ですか?」
「試験を受ける生徒は全員自分専用の武具を持っていくものだぞ。一応試験会場にもあることはあるがそんなものを使うやつはいない。自分の体に合った使い慣れたものを持っていくのが当たり前だ。金は俺が出してやるから心配するな」
「ありがとうございます」
僕はうれしくなった。
実は自分専用の武器とか防具とかに憧れはあった。今よりもっと小さいころは、物語の勇者様みたいに巨大なドラゴンを倒して英雄になって、家族みんなでお城みたいな家に住みたいと思っていたんだ。
今はさすがにそんなことを思ってはいないけど、それでも街中で武器を持っている人たちを見ると怖いけど格好いいな、と思ってたりもした。だから武器屋さんとかの近くに行くとこっそり値段をチェックしていたけどすごく高くて驚いた。
お金はサブレさんからもらったのがまだあるけど、これからの生活のことを考えると、使えもしないものを買うよりも食料とかの生活費に使わなきゃいけないのはわかっていて、諦めていたんだ。
だからうれしい。
「入学祝だ、気にするな」
入学祝………。
うれしい、うれしかったけど。買ってもらった後で入学できなかったらどうなるんだろう。さすがに返すのは違うような気がする。
サブレさんだって僕のために買ってくれたのを駄目だったからって返されても困ると思う。だからもし不合格だったとしても僕がそのまま貰うことになるんだろうな。
嫌な予感がする。
ほかの人に説明するときに、合格だった時はこれは入学のお祝いでもらった剣なんだよ、ということができる。そうなればすごく嬉しい、尊敬する人からもらった宝物になるだろう。
けどもしも不合格だった時には、これは入学祝ということでもらった剣なんだけど、落ちてしまったけどもらった剣なんだよ。と言わなければならないなぁ。
こんなにも持ってるのが恥ずかしい剣なんてあるかな?ほかの人に説明しなくても、その剣を持っている限り僕自身は不合格のことは忘れないだろうなぁ。
将来もしこれで魔物を倒しても、やったあ!魔物を倒したぞ、倒したけど僕の剣は入学のお祝いでもらったけど不合格だった時の剣だ、とか思うのかな。
危険から仲間を助けた時にも、仲間が助かってよかったけどこの剣は不合格の時の剣だな、とか思っちゃうのかな。
憧れだったはずの剣が、手に入る前から重荷になってしまっている。
なんだかお腹がキリキリしてきた。




