80話 -正当なる防衛-
「資料によるとシャイタン・サブレが掘った穴は5m程度の深さで、5人全員が余裕はいるほど大きな穴だったと記されています。新入生離れした魔力消費量の魔法です。しかしそれだけではなく素早く埋め始めた、と書いてあります」
「う、埋め?」
「そうだ、穴の中に土をどんどん入れてやって頭を冷やさせてやったんだ」
「それで「生き埋め公爵」と呼ばれるようになったんですか?」
思ってたよりもちゃんと生き埋めだった。
「ええ、なんでもすっかり埋めてしまった穴の前で腕組みをして悠然立つ姿があまりにも貴族らしい立ち姿であり、その背中に夕日が照りつけている姿があまりにも絵になったからだということです。その光景を同じく帰ろうとしていた大勢の生徒が見ていたので、あっという間に話が広まって色々と脚色されたりしてそんなあだ名がついた、と書かれています」
「そうだあの日はきれいな夕日だったな。大きくてオレンジ色の光が木や校舎や生徒の影を長く伸ばしていたんだ。それははっきり覚えている」
夕日のきれいさについてよりほかのことが気になるんですけど。
「落とし穴に落とした上に埋めちゃったんですか。さすがになんだかかわいそうですね」
「バカバカバカバカ!モルンのバカ!」
「ええぇ!?どうしてですか?」
「いいかモルンよく考えろ。俺はたったひとりで5人の上級生に絡まれたんだぞ、俺のほうが被害者だろ。ただでさえ新入生というのは心細い存在なんだ。それなのに上級生に取り囲まれてみろ、俺の恐怖が想像できないのかお前には?なんで向こうが可哀そうということになるんだ、どっちの味方なんだ?」
「もちろんサブレさんの味方です。そうですね、サブレさんの気持ちについて考えるのを忘れていました。すいません、もし僕が落とし穴に落とされてそこにどんどん土が入ってきたらものすごく怖いだろうな、というのを先に思ってしまいまして」
「すいませんといいつつ、お前はまだ向こうの肩を持ってるよな?」
言い当てられてドキッとした。だって落とし穴にすっぽり埋められてそこに土をどんどん入れられたら怖すぎるんだもの。
「怖いのは俺だって同じなんだ。確かに先に魔法を放ったのは俺だ、戦いにおいて先手必勝の優位は揺るがないと思っているからな。しかしだからといって誰も穴に落ちないということも十分に考えられるんだ」
「え?」
「単純に避ければいいだけの話だ。よく考えてみろ、向こうは上級生だから年齢というアドバンテージがあるんだぞ。しかも場所が王立魔法アカデミーである以上は俺が魔法使いであることは知られているんだから、魔法使うことなんかとっくにバレているんだ。どう考えても不利だろう5対1だぞ5対1!」
「そうですよね、年齢のこともありますよね」
確かに歳が一つ違うと体の大きさが違うので不利なのは間違いない。普通に考えればその通りだけど、僕としてはサブレさんの魔法の威力を知っているだけにあまりピンとこない。人数のことにしても年齢のことにしても普通に考えればそうだけど、魔法使いに普通の考えは当てはまらない。
落とし穴に落ちなければいいと言っているけど、急に足元の地面が無くなったらどう避ければいいんだろう、逃げようとしても踏ん張るための足元がないんだよね。
「それだけではありません。たしか、ここに書いてあります………何とか自力で這いあがってきた生徒の顔を思いきり蹴飛ばしたと書いていますね。遠くにいる生徒にも相手の悲鳴がしっかりと聞こえていたそうです」
「ちょっとサブレさんさすがにそれは………せっかく頑張って上って来たのにいきなり蹴飛ばすなんて」
「それは仕方ない。這いあがって出てきたときの顔がめちゃくちゃムカつく顔だったんだ」
「ええぇ!?顔の問題ですか?」
「それに関しては自分でも少しあれだな、とは思う。けどな、反省している顔で上がってきたならまだしも、あの時のアイツは自分は被害者みたいな顔をしていたからな。その時の俺の気持ちわかるだろ?なんだこいつ、いきなり何しやがるんだ、みたいな顔をしていたんだ。すいませんでした、みたいな顔をしていたら俺だってそんなことはしなかった。反省している人間に対して俺は鞭打つような真似はしない。それに実際はそこまで本気で蹴っていないんだ、あの資料は大げさなんだ」
「は、はい。そうなんですねわかる………ような気もするかもしれませんね」
本当は全然サブレさんの気持ちには共感できそうもなかった。
「蹴られた生徒は鼻が折れていたと書かれています。しかも治療後も鼻は微妙に曲がったままだったそうです」
うわぁ。
サブレさんは魔法使いだけど身体強化の魔法もすごいから本気で蹴っていないと言っても普通の人とは比べ物にならないくらい力が強いんだよな。
「それは書き方が悪い」
「どういうことですか?」
「自分のを触ってみればわかるが鼻の骨というのはそんなに頑丈なものじゃない。騎士並みに身体強化が使えるならともなく、そうじゃないなら子供に蹴られたとしても折れるくらいものだ。したがって俺が思い切り蹴ったということにはならない」
「なるほど、うーん、なるほど………そのあとは問題にはならなかったんですか?相手は貴族様の子供さんだったんですよね。向こうの親御さんが絶対に何か言ってくると思うんですけど」
「もちろん向こうはかなり強く抗議はしてきたし、学校としてはその声が届くより前に対処はした。サブレの両親にも厳重注意ということで伝えはしたが全く効果はなかった。父親のほうは腹が捩れそうなほど馬鹿笑いをするだけだったし、母親のほうも何が悪いことなのか理解できていないという表情で、とにかく息子が喧嘩をして怪我をしたりしていないかを知りたがっていただけで、ほかのことは興味が無さそうだった」
「向こうは貴族様なんですよね、抗議くらいですむものなのですか?」
「学校の中では身分の差で扱いを変えることがないというのが、創立以来の大前提としてあるのさ。だからそれ以上は言えなかったんだ。死んだり大怪我をしたならともなくとしてあの時はそんなことはなかったからね、ただのよくある生徒同士の喧嘩と同等の扱いさ」
「そうですか。けど相手の生徒さんも無事でよかったです」
「無事ではありません」
「え?」
「資料によれば、相手の生徒の全員が悪夢を見て夜に跳び起きるようになったと書いてありますし、酷いのになると土の上を歩くのが怖いと言い出す生徒までいたようです」
「な、なるほど………」
土の上を歩くのが怖くなったらどこにも行けなくなってしまう。よっぽど怖い経験だったんだろうな。
「それに目撃者の数も多かったからあっという間に学校中に話が広まったからね、向こうとしてはそのあと学校に来るのは非常につらかっただろうね」
「そうですよね………」
自分がそんなことになったらと考えると、いったいどういう顔をして学校に行けばいいのか分からない。きっと学校に行く前の日は相当憂鬱に違いない。
「俺としては納得できないな。なんでだれも5対1という点についてもっと考慮してくれないのか分からない。何回言っても全員が軽く流そうとするんだ、おかしいだろ。なんだか俺がとんでもないことをしでかしたみたいに思っているかもしれないが、俺としては穴の中に針山を作らなかっただけ感謝してもらいたいくらいだ」
「針山ですか!?」
「リシュリーと試合をしたときにも使った魔法だ。本当なら落とし穴と針山はセットなんだ。重力を利用して落とし穴の底に設置した針山に突き刺す、それで罠にかかった獲物をしとめる魔法だからな。それなのに向こうからは卒業まで一度も感謝されたことはない。おかしな話だ、俺はいつ向こうが言いに来るんだろうと待っていたんだぞ」
「なるほど………」
怖すぎる魔法だ。
僕が向こうの立場だったとしてもサブレさんにありがとうございました、とは言いに行かないと思う。許せないけど怖いから近寄れない、見たいに思ってしまうだろう。
「そういったわけで当時はずいぶんと話題になったものだ。楽しんでいるうちに話が逸れた、教師を紹介するという話だったね」




