74話 -イゴセの事情-
「あのぅ、その前にお話ししておかなくてはならないことが」
奴隷商ダフは言った。
「なんだ?」
「私どもの商品を気に入っていただけたのは大変ありがたいんですが、こちらのイゴセなんですが通常の奴隷よりも割高となっております」
「割高?なぜだ」
「そのことなんですがイゴセはいわゆる自主奴隷といわれる種類に該当していまして」
「一度も聞いたことがない言葉だな」
「ご存じないのも無理はないと思います。奴隷になる理由として多いのは罪を犯した者や税金を払えない者、あるいは親に売られた子供などが多いのですが、このイゴセはそういったことではなく自分の意志で自分を売っているのです」
「自分で奴隷になる?そんなことをしてなんになる」
「それはワシから言おう」
イゴセが檻は中にいるとは思えないほど爽やかな顔だった。
「ワシはもともとはスラム街で生まれた何も持っていない子供だったんだ。だもんだから毎日ゴミの山を漁って何か金になりそうなものを見つけて日銭を稼いでいたんだが、あるとき屋台の飯を座りながら食っている男がその座っている横に財布を置いているのが目についたんだ。とっさにワシは財布を取って逃げた、逃げ足には自信があったからな」
遠くを見るような目で語る。
「しかしあっという間に捕まってしまった。その人は信じられん位の速さでワシの前に回り込んで腕を組んでいたんだ。それがのちにワシを育ててくれることになるゲンガンという剣術の道場の主だった。ゲンガンは拳骨をひとつくれた後でワシの逃げ足を褒めてくれてな。見どころがあるから道場で剣をやらないかと誘ってくれたんだ」
「そこで剣を覚えたのか」
「もともと興味はあって木の棒でも何でも振り回していたから、拳骨を喰らったことなんかすっかり忘れてついて言ったんだ。ゲンガンの道場は全く流行ってなくて門下生は誰もいなくてゲンガンの息子と一緒にワシは剣を習った。そして体が大きくなってきたころにはゲンガンと息子と、ワシの3人で冒険者として金を稼ぐ毎日を過ごすことになった」
「それが冒険者としてのきっかけか」
「ああ。なにせ道場としての収入なんか無いようなもんだったからとにかく金を稼ぐ必要があったんだ。ゲンガンは最初は仕方なくやっているような状態だったんだが冒険者として名前が売れてくると道場にも門下生が集まり始めたんだ。だもんだからしばらくは道場と冒険者の二足の草鞋で頑張っていたんだ。今考えればこの時が一番楽しかったかもしれんな。しばらくは順調だったんだがあるときからゲンガンが病気で冒険者としての活動はできなくなった」
「そうか」
「それを境にワシと息子のキンノンの2人で冒険者をすることになったんだが、ほんの数か月で2人の仲が悪くなって別々に行動するようになった。毎日死に物狂いで冒険者として生きていたんだが3年後にはゲンガンが病気で死に、その8年後にはキンノンが魔物に殺されて残ったのはワシひとりになった。それからワシは前よりも無茶をしなくなった。人間というのはあっけなく死んじまうものだとわかったからな」
「冒険者は長生きできない職業だ」
「その通りよ、ワシも膝をやっちまって仲間がいなかったらそのまま死んでいただろうな。いくら慎重に動いているつもりでも、繰り返し得ていく中で自分は大丈夫だとどこかでは思っていたのかもしれないな。冒険者ができなくなったワシは暇を持て余していて、あるときふとゲンガンの道場にもう一度行ってみたくなったんだ」
「分かる気がするな」
「ゲンガンが死んでからは意識的に避けていた場所だ。誰もいないことは分かっていたんだが思ったら止まらんかった。道場は荒れ果ててはいたが壊されることもなくそこにあった。若かったころの思い出に浸っているうちに、これからの残された人生をこの道場で過ごしたくなったんだ。家を引き払って住み込みで掃除をしているうちに隣の孤児院の子供らと顔見知りになってな。そこで金が必要になった」
「ようやく本題か」
イゴセは大きく笑った。
「すまんすまん、どうも話し出すと止まらなくてな。孤児院自体はワシが道場にいた時からあったんだがその時は少ないながらも2食は食えるような状況だった。しかしどうやら支援してくれていた貴族が死んでからは支援がパッタリ止まったらしくて子供たちは1食を食うのが精いっぱいなんだ。どうにかしてやりたいがワシは冒険者時代の金を切り崩しながら生きている毎日だし、この膝のせいで大きく稼ぐこともできない」
「それで奴隷になることにしたのか」
「そうよ。わしが冒険者をしていたときに組んでいた仲間に奴隷を連れているやつがいて話に聞いたことがあったから、自分で自分を売る自主奴隷のことは知っていた。ワシ自身を売ればいいんだとひらめいたんだ。わしはもう十分やりたいように生きてきた。ゲンガンが生きていれば恩返しでもしたかったがそれはもう叶わない、それならせめて子供たちの未来のために残りの人生を生きるのもいいんじゃないかと思ったんだ」
「俺は人のために生きるなんて想像もできないな」
「なに、ワシも若いころはそうだった、もしかしたらあんたもワシと同じくらいの年になればわかるかもしれないし、そうじゃないかもしれない。けど確かなのは自分自身が満足するかどうかだ。この店に来た時にダフはワシのことを買う人間なんかいるはずがないと笑っていた。どうだちゃんと現れただろワシの勝ちだ」
誇らしげな表情のイゴセ。
「負けましたよ」
奴隷商ダフは肩をすくめた。
「奴隷を求めるお客様は若い奴隷を欲しがるのが当たり前ですから買い手なんか現れないと思っていたんです」
「ワシは運がいいんだ。子供のころゲンガンと出会えたこともそうだ、それまでに人の財布を盗もうなんて思ったことはなかったんだからな。それに冒険者時代も何度も死ぬ目にあったが死なんかった。こんども大丈夫だと思ったよ、ゲンガンもキンノンも応援してくれている気もしとったんだ」
「お客様に申し上げておきますが、これくらいの奴隷をほかの店で買おうとなされば恐らく200万ゴールド程度だと思います。しかしこのイゴセの値段は私の取り分が50万ゴールド、そしてイゴセが要求している金額が500万ゴールド、合わせて550万ゴールドになります。それでもお買いになられますか?」
地下の部屋に静寂が訪れる。
「高っか!!」
サブレの声が響いた。




