73話
「ワシか!?」
檻の中で汗だくになっているおっさんと爺さんのちょうど中間くらいの短髪の男が驚きの声を上げた。
「ただ見にきただけで決まったわけじゃない」
奴隷商ダフは男の大きな声に驚きつつも言った。
「なかなか目がある奴じゃないか」
「ちゃんとした言葉遣いをしろ、今お前は奴隷という身分なんだぞイゴセ」
「あーそうだったそうだったすまんな。分かっているつもりだったんだがどうにも驚いちまってな。なんせワシのことを見に来た客はあんたが初めてだからな」
「ずいぶんと鍛えているんだな」
鍛え上げられた上半身を見ながらの声はそれほど大きくはなかったが、地下という場所の性質上声は響いた。
「なにせそれくらいしかやることがないからな」
「膝が悪いと聞いたが?」
「ああ、この右膝を怪我した時のことは今でも夢に見る。ワシとしたことが戦いに夢中になって足元が見えていなかった。教え子たちにはいつも周りの状況をよく見て動くようにといつも言っていたのにな。というわけで走ったりはできんし、歩くのも長距離は無理だ」
「重いものを持ったりするのはどうだ?」
「重いもの?何をさせるつもりかは分からんなぁ、まあ持つくらいはできるが持ったまま歩くとなると厳しいな。なにせ膝が悪いからな」
「剣術をかなりやっていたのか?」
「そうだ、それには自信があるぞ。なにせ鼻たれのころから剣ばかり振っていたからな。なんだ剣術に興味があるのか魔術師なのに」
「よくわかったな俺が魔術師だと。それっぽい格好はしていないんだがな」
イゴセは大きく笑った。
「さすがに分かるさ、分からんはずがない。魔術師にしろ剣士にしろ魔力を扱うやつには独特の雰囲気があるからな。弱すぎて一般人と変わらないやつもいるがあんたくらいのものを持っていれば気付かんはずがない。これに気が付かんようじゃワシはこの年まで生きてはおれんかっただろうな」
「うーん、そうかそれは結構問題だな」
「何が問題なんだ?隠しているつもりだったのか?」
「いやそうじゃない。今まで俺がその雰囲気というやつを他人に感じ取れたことがないということが問題なんだ。早死にしないか心配になってきたな」
「なんじゃそんなことかい。そんなもん気にせんでもいいさ、持たざる者のちょっとした特技みたいなものだ。ワシも若いころは気付かんかったからそのうちに気が付くようになるかもしれんぞ」
「早くそうなりたいところだな」
「ところであんたはワシに何をさせたいんだ?肝心なことをまだ聞かされていないんだが。それを教えてくれれば役に立てそうかどうかを答えられるんだが」
「ああそうだ、言ってなかったな。俺が探しているのは屋台の親父、みたいなもんだな」
「なんじゃそりゃ、そんなのワシは一度もやったことはないぞ」
「それは分かってる。やり方は教えるし準備もこっちでする、ただ治安が悪い場所で食い物を作って配ろうと思ってるからある程度の強さが必要なんだ。そこいらのチンピラに絡まれてもある程度は跳ね返してもらわないと話にならない」
「なんじゃようわからんなぁ、ワシは自分が食うくらいのものしか作ったことはないぞ。チンピラを叩きのめすのになら不安はないんだが」
「別に商売をしようというわけじゃないんだから味は二の次だ。別に客、というか欲しがる人間がいなくたっていいんだ。けどせっかく俺の土地で暴れられたり建物をぶっ壊されたり金を持ち逃げされたりするのは我慢ができないんだ」
「商売じゃなく食べ物を配るって?なんだそれはよくわからんことをいっているぞあんたは」
「訳が分からないことをしているのは自分でも分かっている。けどもうこうなってしまった以上はやったほうが楽だということは分かっている。やらないともっと面倒なことになるのはわかっているんだ」
「よくわからんがワシに屋台で飯を作ってチンピラを叩きのめせ、と言っているんだな」
「そういうことだ。できれば俺は関わりたくないからイゴセ、できれば全部あんたにやってもらいたい。金は出すし何か問題が起きたら俺が出ていって解決するつもりだ。とにかくあの金色の猪を納得させることが重要だ、気に入らないことがあると猪は何も考えずにとにかく突っ込んでくるからな」
「猪?騎士のことか。なんだこの仕事には騎士も関わってきているのか」
「そうだ。だらだら引き延ばして催促されるのも面倒だから早くこの面倒な問題を終わらせてしまいたいんだ」
「騎士ならワシにまかせておけ。あいつらはまっすぐで気持ちのいい奴らが多いから話がよく合うのよ」
「そうか、それは朗報だ。店主」
「は、はい!」
奴隷商ダフは少し飛び上がった。
「イゴセに決めた」
地下にサブレの声が響いた。




