6話 -ギャンブル勝負2-
「うわー盛り上がってんなぁ!」
「やべーよな、滅茶苦茶わくわくしてきたぜ」
ポンタとカンタが小走りで賭博屋の前に行くと、そこに集まっている人の熱気は外から見るよりも熱いものだった。その雰囲気にあてられて、自分たちの興奮もより高まっていくのを感じた。
最初は試合が始まるまでの間にちょっと様子を見てこよう、配当が良かったら勝負するかどうかを考えよう、と思っていた二人だったがいつの間にか当てたい、金を増やしたい、という考えに代わってしまっていることに気が付いていなかった。
「見ろよポンタあそこに配当が書いてあるぜ」
いかにも急遽組み立てましたという感じの細い木材に質の悪そうな紙を張り付けて大きく書かれた文字の横に数字が書かれている。
「リシュリー勝利 1.3倍にサブレ勝利1.8倍………ほかにもいろいろ書いてあるけど、これが一番でっかく書いてあるな」
「どうやら今回戦う特級騎士と特級宮廷魔術師の名前はリシュリーとサブレっていうらしいな。ていうかリシュリーって名前はなんとなく聞いたことあるけど、サブレってのは誰だ?お前聞いたことあるかカンタ?」
「リシュリーってのは女の特級騎士だったはずだ。なんかすげー天才だって聞いたことがあるな。ってことはサブレってのが特級宮廷魔術師に違いねぇ、名前からして男だろうな」
「なんだよお前それしか知らねぇのかよ、名前だけわかったってそれじゃあ何も賭けれねえじゃねえか。早くしないと試合が始まっちまって賭けが締め切られちまうんだぞ」
「知らねぇのはお前も一緒じゃねえか!それにしては見てみろよ倍率が全然違うぞ。これを見ると明らかに女騎士のほうが有利らしい。いったい他の奴らは何を見てそう思ってんだ」
「お前いいこと言うな、確かにそうだよな。ほかの奴らはこのふたりのことを知ってんのか?わかんねぇ、誰だよサブレってやつは」
「誰かに聞いてみるか?」
「そんなこと言ったってみんな目が血走ってるぞ。こんなときに話しかけたら殴られるかもしんねぇよ、いいのか?」
「良くねぇけど名前だけじゃ賭けらんねぇだろ。なるべく殴らなそうなやつに話しかけてみたらいいんだよ」
「そうはいってもなぁ………」
全員の目が血走っているように見える。全員が殴ってきそうだ。
「はいはい!そこでキョロキョロしてるしてるふたり!ほかのお客さんには迷惑かけないでよ」
一段高いところに立っている胴元が話しかけてきた。
「けど俺たちは賭けたいんだぜ、賭けたいけどなんも分かんなくて困ってんだよ」
「そうだ!胴元ならあんたはこのリシュリーとサブレっていうのが誰なのかわかってるんだろ?教えてくれよ」
「そうだ!教えてくれよ、そしたら賭けるからよ。胴元だったら賭けるやつが多ければ儲かるんだろ?」
迫るように言ったポンタとカンタだったが、そんなふたりの迫力などまったく気にしていないように胴元は肩をすくめた。
「そんなこと言われても俺は胴元であって情報屋じゃないからね。たしかにお客が沢山つけば嬉しいけど、見ても通りお客は沢山いるからね。悪いけど構ってられないね」
しゃべりながらも胴元の元にはどんどん客が集まってきている。自分たちと同じように賭けをやってるなんてことを知らなかった者達が、人が集まっていることに気が付いて続々とやってきているのだろう。
「しょうがないなぁ、ちょっとだけだったら教えてあげるよ。リシュリー様は有名人だけどサブレ様はついこの間特級宮廷魔術師になったばっかりだよ。だからまだ全然世間には知られてないんだよ」
「なんだそれだけかよ。それじゃあんまりにもちょっとが過ぎるだろ。そんなの何にも役に立たねぇよ、もうちょっと教えてくれよ、俺たちは賭けたいのにわかんねぇからどっちにも賭けれじゃねえかよ」
「そんなお客さんに朗報だ。うちの店ではだれも知らない情報をしっかり仕入れてるんだなこれが。ほら見てみなそこに男がいるだろう、そいつに話しかけてくれれば仕入れたばっかりの極秘情報を特別に教えるよ。みんなそれを聞いたうえで賭けてるんだな、これが」
「なんだそういうことかよ、早く言ってくれよ」
「時間がねぇ!早く行こうぜポンタ」
走るほどの距離でもないというのにポンタとカンタは胴元が指さした男にに向かって走り出そうとした。
「待ちな!」
迫力のある声にふたりの動きが止まった。
「ただ行ったって何の意味もないよ」
「どういうことだよ」
「はっきり言えば有料ってこと」
「「はぁ!?金取んのかよ!」」
驚くポンタとカンタを見て男は髭だらけの口角をあげた。
「もちろんそうでしょ、こっちだって時間がない中で必死にかき集めた情報なんだ、タダってわけにはいかないよ。リシュリー様は1500ゴールド、サブレ様は3000ゴールドでいいよ」
「高っけ!」
「それくらいの価値は十分にあると思うけどね。もちろん情報がいらないっていうなら話は別だよ。名前の響きだけで賭けるっていうやり方もあるからねぇ」
「くっ………」
「しょうがねぇなポンタ、3000と1500を合わせたやつの半分っていくらだ、二人で割ろうぜ」
「えーっと3000と1500を合わせたやつの半分だよな、えーっといくらだ?えーと、えーと、3と1だから4で………」
「お客さんお客さん、そりゃあルール違反だよちゃんとひとりずつで払ってもらわないとね。うちはそういうルールなんだよ」
何人もの客に同じことを言っているのだろう。慣れた口調で髭面の男が笑いながら言った。
「はぁ!?ひとりづつだって?なんだよそりゃきたねえ商売しやがってさぁ」
「まったくだよ、ぼったくりもいいとこだぜ。なんでそんなに高いんだよ、少しくらい負けてくれたっていいじゃないかよ」
憤慨するポンタとカンタだったが、それに構わず会場全体に響くような大きさの低音の鐘が2度鳴った。
「ほらほらいいのお客さん?もう時間ないよ。早く決めないと買えなくなっちまうけどいいの?金持ちになりたくないの?時間が無いよ」
髭面の男はずっと笑っていて、これはどんなに強く言ったとしても無駄なタイプだというのは二人ともに感じていた。そもそも名前だけでは何も賭けられないのだ。
「わかったよしょうがねぇな二人分払うからいい情報教えてくれよ」
「ちょっと待てよカンタ、サブレとかいう男のほうの情報だけでいいんじゃねえのか。そのほうが安くつくぞ」
「そう言ったってよ、おっちゃん、リシュリーのほうの情報はいくらだった?」
「1500ゴールドだね」
髭面はずっと笑っている。
「ほらたったの1500だ、1500。そんなもんは当てて取りかえしゃあいいんだよ。お前だってリシュリーは女の特級騎士ってことしか知らねぇんだろ。そんな薄っすい情報だけで勝負する気かよ?時間がねぇんだぞ」
「お客さん、後ろ見てよ。ほかにも聞きたい人がずらーっと並んでるんだよ。情報がいらないならいらないでこっちは構わないから、それなら早くどっかいってよ時間がないんだよ。あんまりもたもたしてたらお客さんたちは試合が始まる前にほかのお客さんにぶっ殺されちまうよ、それでもいいのかい?」
後ろを見ると確かに殺気立った男たちの目が20はあった。
「ほら言わんこっちゃない、なにをケチってんだよ。お前の悪い癖だぞ。すんません、すぐに決めますんで。ほんとすんません」
カンタは後ろの男たちに向かって何度も頭を下げた。
「わかったわかった、お前の言う通りだよ。当たったら1500位は帰って来るもんな、おっちゃん俺たちちゃんと二人分払うからいい情報教えてくれよ。くだらねぇのだったら承知しねぇぞ」
「あいよ!二人分だね。それじゃあ向こうに俺の下のやつがいるからそいつに聞いてよ。この紙を渡せば聞けるようになってるからさ」
ポンタとカンタはそれぞれ小さな紙きれを受け取った途端に走り出した。