68話 -救世主-
僕はとっさに両手を上に上げた。
「口を閉じて許可なく開くなよ!手はそのままで動くな!」
この言葉は聞き覚えがある。視界はまだ真っ白だけどさっきコロネさんが言っていた男の人に囲まれているという状況に予想がついた。
街を守る兵士だ。
怖い。今まで兵士がほかの人を蹴ったり殴ったりするのを何度も見てきた。それなのにされた方は怒りながらも我慢するか謝っていた。逆らったらもっとひどい目に合わされることが分かっているからだ。
逆らった人も見たことがある。殴り倒された兵士が笛を吹くとすぐにほかの兵士が何人も集まってきて逃げた犯人を捜していた。そのあとどうなったのかは見ていないが犯人を街で見かけたことは一度もなかった。
僕にとってはすごく怖い存在。
「街中で魔法を使ったものがいるな!言うまでもなくそれは犯罪行為だ!誰だ!誰がそんなことをしでかしたんだ!」
僕が持っていたカードが光りだしたんだから僕がしたということを言わなければいけない。僕が魔法を使ったわけじゃないけどあの光が魔法を使ったと思われてしまっているんだ。
怖い。
僕はどうなるんだろうか、殴られたり蹴られたりするんだろうか。それとも牢屋に入れられてしまうんだろうか。もうウミカに会えなくなってしまうんだろうか、サブレさんにも会えなくなってしまうのだろうか。せっかくサブレさんのおかげでウミカと清潔な家で美味しい食事をとることができるようになったっていうのに。
「言え!誰だ!誰がこんなことをしでかしたんだ!言え!」
ぼんやりと見えてきた視界に涙がたまっていく。ああどうしよう、僕はこれからどうなってしまうんだろうか。背中にウミカがいるのを感じる。ウミカも怖がっているんだ。どうしよう、いったいどうしたら。
「うるせえ怒鳴るな」
その声色は僕にとって救いの声色。
「なんだと誰だ!誰が言った!」
薄っすらと見えだしてきた目を声の方向に向ける。
「ぶわぁああああああ!!なんだ!貴様どこから出てきている」
見えない。けれどなんだか兵士の人の足元の土が盛り上がっている気がする。
「異常事態が発生したから土の中に避難していたんだ。なんか文句があるか?」
「土の中だと!?貴様魔術師だな!」
「そんなわかりきったことを言うのにいちいち大声を出すな!俺は土魔法を得意とする魔術師だ。一人前の土魔法の使い手ならこれくらいのことは造作もないこと」
盛り上がった黒っぽいのがどんどん上に伸びていく。
「サブレさんですか?」
盛り上がっていくそれは人型、はっきりとは見えないけどそれは多分今までに何度も見たサブレさんの立ち姿だと思った。
「モルン、お前までなんでそんなわかりきったことを聞くんだ?」
「すいません、あの光のせいで目の前が真っ白でしてほとんど何も見えないんです」
「ああなんだ、そういうことか確かにすごい光だったからな」
「魔術師の貴様勝手に喋るな!手を上げて口を閉じていろ!街中での大規模魔法の発動は法律によって禁止されている!さっきの光は間違いなく魔法によるものだ!我々には取り締まる権利が与えられている!」
兵士の怒鳴り声に僕は竦みあがった。けれどさっきよりは大丈夫、僕の近くにはサブレさんがいるんだ。心なしか僕の背中にくっついているウミカの震えも弱まっている気がする。
「何だその口の利き方は!!」
サブレさんの怒鳴り声。
「な、なんだと!?」
まさか怒鳴り返されるとは思ってもいなかったという兵士の声。
「おい貴様!平民の分際で何たる口の利き方だ!」
恐ろしい怒鳴り声にもサブレさんは全く怯んでおらず、むしろ堂々としていた。
「き、貴族か」
「何だその口の利き方は!様をつけろ馬鹿者が!」
動揺している兵士にさらに畳みかける。
「そんなことは俺の纏う風格を見れば誰の目にも明らかだ!それにもかかわらず平民であるお前がなにをもってしてそんな偉そうな口を聞いているんだ!俺が優しいからまだ貴様はいま立っていられるが普通ならとっくに首を刎ねられていて当然の侮辱だぞ!」
「い、いや、貴族様とは存じ上げませんでした、も、申し訳ありません、どうかお怒りをお沈めください。しかしこれは我々の仕事でありまして、これも街の治安を維持するためだとご理解いただければ」
兵士が頭を下げる輪郭。
目頭が熱くなる。よかった、怖くてもうだめかと思っていたけどやっぱりサブレさんはサブレさんだった。
特級宮廷魔術師は貴族並の権力を与えられる。サブレさんはその権利を自分の力で手に入れた。兵士とはいっても身分は平民で兵士が取り締まることができるのは一般人だけなんだった。
サブレさんには兵士以上の身分とそして鍛え上げた魔法がある。だからサブレさんは屈しないんだ。すごい、本当にすごい。優しくて強くて努力家で、僕が尊敬する人だ。
「お前の仕事の中身など俺の知ったことではない!重要なのは俺の身分が何であってお前の身分がなんであるかだ!」
サブレさんが放つ言葉には力があった。辺り一帯をサブレさんが支配しているのが分かる。
「許せん、絶対に許せん!名を名乗れ!素直に謝っていれば許してやろうと思っていたがまさか言い訳をするなどとは言語道断だ!急速に腹が立ってきた!首を刎ねてやる!いやそれだけでは気が済まん!首をはなる前にまずは四肢を捩じ切ってやるぞ!貴様!名を名乗れ!」
緊張が走る。
サブレさんの言葉には本当に殺すという迫力があった。
「そ、そういうつもでは、言い訳などするつもりはありませんでした。お許しください、私には年老いた両親と妻と幼い息子がおります、私がいなければ私の家族は野垂れ死んでしまいます、それはどうかご勘弁を………」
さっきまでは動揺しつつもある程度あった兵士の余裕が完全に消え失せていた。本当に首を刎ねられるかもしれないという必死さがあった。
「許せん!許せんぞ!お前の年老いた両親と妻と幼い息子の目の前でお前の首を刎ねるまではこの怒りは収まらんぞ!」
「お許しを!申し訳ありませんでした!どうか!どうかお許しください」
兵士が膝をついたのが分かった。膝をついて頭を地面に擦り付ける音までが聞こえてくる。
たぶんサブレさんはそこまで怒ってはいないと思う。もしかしたら僕たちが怖がっているのを感じ取って戦ってくれているのかもしれないとも思う。だから多分、首を刎ねたりはしないと思う、多分だけど。
「お前だけじゃないぞ!不必要に俺の周りを取り囲んでいるほかの兵士たちも同罪だ!」
緊張がさらに高まる。跪いている兵士に仲間でありながら他人事のようだった雰囲気。自分でなくてよかった、可哀そうだが仕方がないというようなほかの兵士たちにも一気に緊張感が生まれたのが分かった。
「お前らも俺に対して侮辱を働いたこいつをとっくに取り押さえてなければならなかったんだからな!俺の機嫌によっては後からお前らの首も刎ねに行くかもしれないから、顔を伏せてないで全員名を記していけ!今ここから誰か逃げ出したら全員連帯責任で全員の首を刎ねる!これは命令だ平民どもわかったか!!」
サブレさんは勝った。
段々と戻っていく視力でも見える兵士たちの絶望的な表情と跪いた兵士の嗚咽を聞けば勝利は明らかだった。大勢の屈強な男たちに取り囲まれたこの状況をサブレさんは力で跳ねのけた。
僕は振り返って背中に張り付いているウミカを抱きしめた。もう大丈夫だ、もう怖がらなくてもいいんだよ、と。ほら見てよウミカ、やっぱりサブレさんは僕たちにとっての救世主なんだよ、と。




