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62話

 


「あの人たちが無理矢理私のことをこの路地に引っ張り込んで………」


 青ざめた顔で歯をカタカタ鳴らしながら女の子が言った。破かれてしまった上着からのぞく肌を両手で覆っている。


「よかったらこれ着てください。ここはもう大丈夫なんで広場のほうまで行きましょう。そのほうがきっと安全ですから」


 僕は来ていた服を抜いて女の子に手渡した。


「ぐごああうがああああ」


 目にネギが突き刺さった男の人が僕の足首を掴んだ。


「うわっ」


 僕と女の子を逃がさないつもりなのか、それとも助けてくれというつもりなのか分からない。ただ怖かった自分の体が固まっていくのが分かる。


「ゴボガァ!」


「何してるさっさと行け」


「ありがとうございますサブレさん」


 僕の姿を見かねてサブレさんが、倒れているネギの人の首を勢いよく踏みつけて手を離させてくれたことで僕は体は一気に柔らかさを取り戻した。そうだ、ここにはサブレさんがいるじゃないか。


 僕は女の子の背中と足に両手を入れて一気に持ち上げる。


「後はよろしくお願いします」


 サブレさんに頭を下げて僕は路地裏から一気に表の通りに向かって走った。前と違ってすっかり強くなった僕の体は女の子の体重なんか全く関係ないという感じで、あっという間に表通りまでついた。




 〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●




 モルンがいなくなった途端に動きが変わった。


「てめぇよくもゴンボをやりやがったな」


 大きく肩で息をしながら、ふたりのうちのひとりの男がナイフを構えながら言った。やはり時間を稼いでいたか、と思う。ふたりの男はどちらも大振りのナイフを持っている、体も大きい。


 かたやウミカのほうは素手、それに体形的にも子供。男たちの鳩尾くらいまでの身長しかないだろう。しかし男たちが大きく肩で息をしているのに対して子供のほうは全く肩が動いていない。


 散々動き回っていたというのにだ、間違いなく魔力を使いこなしているのが分かる。


「おいヤベェぞ、さっきいたもう一人の子供が表に行ったぞ。助けを呼びに行ったに違いねえ。もうここは危ねぇとっとと逃げたほうがいいんじゃねえか?」


「ふざけんな!ゴンボをやられたままで逃げろってのかよふざけんな!せめてあのガキの目玉にも一発このナイフをくれてやらない限りは俺は気が収まらねぇ!」


 男たちはどうやら自分とウミカとの戦力差に気が付いていないようだ。単純に体格差だけで考えて自分たちが負けるわけがないと思っているのか?


 ここは逃げるべきなんだがな、もし自分が同じ状況になっても体格差だけで判断することはしないように心がけよう。そうしなければ………あの女は殺すつもりだろう。


「逃がさない」


 囁くように言って消えた。


「な!?」


 それは俺の声だと気が付くのに少し時間がかかった。ウミカがいつの間にか一人の男の背後に立っていたのだ。


「うを!」


 ウミカが膝の裏を蹴飛ばすと男は体勢を崩した。それによって男の頭の高さは少女とほぼ同等になっていた。


「ギャアーーーーーーーーーーー!」


 ナイフを男の手から奪い取ったウミカが丁度いいところに来た首を一閃。男は噴水のように飛び散った自分の血を止めようとして両手で抑えた。噴水は小規模なものとなったが血の勢いは止まらず男の目から生気が消えた。


「ジャンガぁーーーーーーー!」


 仲間の名を叫んだ男。


「はぁ、は、は、そんな、そんな、おれのはらわたが………」


 男は横一文字に斬られた自分の腹から内臓が零れ落ちていくのをただただ眺め命が消えた目と共に膝から崩れ落ちた。


 速い。


「いや、違う………」


 最も驚くべきはナイフによってウミカが二人の男をあっけなく殺したことではない。何の躊躇もなく鮫のような目で自分が殺した男たちを少女が眺めていることでもない。


 見えなかったのだ。


 速いを超えて見えなかった。


 ウミカが男の背後に回り込んだその動き、移動の映像が俺の眼球には映らなかった。


「時間を遅くするスキル………」


 認識すらできなかった、なにをやったのかを。



 俺の目を遠くから見据えるウミカに鳥肌が立った。


 強い、こいつ強い。


 気が付くと少女は自分の真横にいて一言だけ言葉を発して歩き出した。また見えなかった、また何も見えないうちにこの女は移動していた。


 ふたりの男たちを斬り殺したナイフを投げ捨て、俺のことなど敵として認識していないようだった。


「私はあなたが嫌い」


 暗くてジメジメとした暴力でむせ返る路地。場違いみたいに少女がゆったりと歩いていくその後ろ姿にさっき聞いたばかりのその言葉がなんども木霊する。


 俺は天才なんかじゃない、最強なんかじゃない、俺TUEEEなんて甘ったるい夢は捨てろ。この世界に神様がいるとして、その神様はきっと俺が笑いながら生きていくことを望んではいない。それか神様の眼中に俺なんかいないんだ。


 大丈夫、まだ手遅れじゃない、まだ時間はあるはず。考えろ、どうすればあいつに勝てるか考えろ。あいつは神様じゃない、ただの人間だ。勝ち目がないなんてことは絶対にない。強くなってやるんだ。



 あんなガキに脅されて足を震わせている自分であるべきではないんだ。




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