59話 -苔という素晴らしきもの-
飲み終えたカップを静かにソーサーの上に置くと小さくカタンという音がした。
「やっぱり美味しいですね」
ここはサブレさんがお気に入りのカフェで僕はサブレさんと一緒のミルクティーとクッキーのセットを注文した。
「しかしいつもの席が空いてないとはな」
僕たちはいまテラス席に座っている。サブレさんのお気に入りは店の右側の角の席なんだけど今日はお客さんが多くてここの席しか空いていなかった。
「この席も景色が良くていいですよ」
「ただなんか格好つけてる感じがしてな」
確かにこの席は外を歩いている人から見えるので少し照れ臭い気もする。
「あのぅ………」
サブレさんは機嫌が良さそうなので少しだけ勇気を出して言ってみる。
「サブレさんにちょっとお願いがあるんですけど」
「お願い?なんだ」
「僕の妹のウミカが剣術の道場を見に行きたいと言っているんです。もしよかったら一緒についてきてもらえませんか?」
「………………………」
「あの、サブレさん?」
「俺のことを殺させるつもりか?」
「え!ころっ、まさかそんな!?そんなつもりなんてあるわけありませんよ」
「お前もしかしてかなり恐ろしい奴なのか?」
「どうしてそんなことになるんですか!」
「俺はお前のことを優秀で頼りになる可愛い子分だと思っていたんだ。いろいろ気が付いてやってくれるし俺が無茶を言ってもニコニコしているからな。それなのにニコニコしながら実は俺のことを恨んでいて、妹が魔臓と共に特殊スキルを手に入れた途端に剣術を習わせて俺のことを殺すつもりなんだろう!そうだろう!」
「全然そんなこと考えていません。僕はサブレさんにすごく感謝しているんです。どん底にいた僕たちをサブレさんはすくってくれました。僕たちがこうしていま元気でいられるのは間違いなくサブレさんのおかげだと思っているんです、本当です信じてください」
「だったらなんで剣術なんて習わそうとするんだよ。お前の妹の能力は時間を遅くする能力だろ。どう考えても主人公の能力、それに剣術と言えば主人公だろ。主人公×主人公は主人公じゃねえかよ!土魔法なんてチンケな魔法使いを時間を止めてぶった斬るつもりだろ!」
「誤解ですよ、主人公というのはよく分からないんですけどさっきも言いましたけど僕はサブレさんのことを恨んでなんかいないんです。剣術の道場に見に行きたいと思ったのはウミカが言ったからなんです」
「お前の妹が!?」
「そうなんです。というのも僕はサブレさんと一緒にいろいろさせてもらったりゴウメンのお店の手伝いとかをやらせてもらっているんですけど、その間ウミカは知り合いもあまりいないので家で僕が帰って来るのを待っているんです」
「そうか、学校とかもないからな」
「そうなんです。それで待っている間すごく退屈そうなので、何か興味のあることがないのか本人に聞いてみたんです。そしたら剣術に興味があるらしくて。といってもウミカはまだ小さいので道場に入れるかどうかわからないですし、そもそも道場という場所は僕にとってもウミカにとっても怖い場所です」
「怖い?」
「体の大きな大人の男の人が大きな声を上げながら木刀を振っているのを前に少しだけ見たことがあるんです。それ以来怖くて道場からわざと遠回りするようにしているんです。なので今回は見に行くだけのつもりなんです。けどそれも怖いのでサブレさんについてきてもらえないかな、と思いまして」
「ふざけんな余計に最悪だわ!」
「ええぇ!?どうしてですか?」
「どうしてって、お前の妹は俺のことを完全に敵認定してるだろ!目を見ればはっきり分かるんだよ、前も言っただろ。そんなやつが剣術を習いたいってことは目的はただひとつ!敵をぶった斬ることだけだ。お前に関してはまだ話せばわかる感じはあるが、お前の妹に関しては全くそれを感じない。鮫みたいな目をしてんだよお前の妹は!」
「さめ?」
「いや今はそれはどうでもいい。そんなことよりお前は自分の妹をそれ以上強化しようとするな。反則級のスキルを持ってるんだから開花させようとするんじゃない。編み物とか琴とかペン回しとかオセロとかジャム作りとかポエムとかそういうのをやらせろよ」
「すいませんよくわからないんですけど、多分ウミカはそういうのはあまり興味のないタイプだと思います」
「だったらゴルフとか………いや駄目だゴルフクラブでぶん殴ってくるかもしれないからダメだ。苔を育ててみるとかはどうだ?心が安らかになっていいぞ。苔をずっと見てたらあの鮫みたいな目も少しは優しくなるかもしれない」
「コケですか………うーん、難しい気がします」
「そこはお前、兄としてうまく話せよ。苔の魅力をアピールするんだよ苔はいいぞ苔はってな」
「けどウミカがコケを眺めているところを一回も見たことがないんですよ。僕も全然興味ないのでどうやってコケの良さを伝えればいいのか………サブレさんはコケが好きなんですか?」
「んなもん好きなわけないだろ。あんなもん意味わからんわ」
「えぇ……そんなぁ」
「苔が駄目ならええと………」
「心配しなくても大丈夫ですサブレさん、ウミカはサブレさんのことをもう恨んでいないと思います」
「どういうことだそれは?」
「この前ウミカが退院する日に僕はウミカにちゃんと話をしたんです。僕がどれだけサブレさんに感謝しているか、というのを。僕たちがいまこうして元気でいられるのはサブレさんのおかげだよって言いました。なのでウミカも分かってくれていると思います」
「本当です信じてください」
「いまいち信じられないんだが………というかお前いま「もう恨んでいない」って言ったよな。「もう」ってことは前は恨んでいたということだよな」
「いえ、それは、その、」
「やっぱりじゃねぇか!お前は前自分がなんて言ったか覚えているか!?そんなこと絶対にないって言ったんだぞ!それが間違ってたってことを今お前は自分の口ではっきりいったな!」
「いや、あの時はそう思ってたんですけど、僕はそう思ってたんですけど、その、ウミカに聞いてみたら結構恨んでいたみたいで。けど今は大丈夫だと思います、しっかり僕の気持ちを話したので大丈夫なはずです」
「お前は本当に妹のことを全然わかってないやつなのか、それともそれは演技で本当は俺に嘘をついているのかどっちなんだお前は?」
「どっちでもないです、今度こそ大丈夫だと思います。あっ!そうだ、それなら剣術道場に一緒に見に行くときにウミカの感じを見てもらえればいいんじゃないですかね。サブレさんが直接確認してみればいいんですよ、そうすればはっきりわかります」
「うーん………本当に大丈夫なんだろうな」
「大丈夫です、信じてください」




