5話 -ギャンブル勝負1-
熱気あふれる闘技場。人人人、6万人を収容できると言われる闘技場だが座席の前方から中段を過ぎるくらいまでの座席はほとんど埋まってしまっている。
「良かった間に合った!」
そばかす顔の若者が通路から勢いよく飛び出て来て、闘技場の中央にある誰もいないリングを見ながら嬉しそうな顔で言った。
「ポンタ!」
四角い顔をした色黒の若者が手を振りながら声を張り上げた。闘技場は観客たちのざわめきであふれているので、大声でないと通らない状態になっているのだ。
「カンタ!人が多すぎて会えないかと思ってたぜ」
笑顔を浮かべてながら歩み寄ると、ふたりは空いている席に向かって歩き出した。
「結構待ったけどどうやらもうすぐ始まるみたいだぞ。それにしてもよく抜け出してこれたな、仕事は大丈夫なのか?今は結構忙しい時期だってちょっと前に言ってたじゃねぇか」
カンタが言った。
「特級宮廷魔術師と特級騎士の決闘だろ!?そんなん聞いたらいてもたってもいられなくってよ」
「だよな!しかもそれがタダで見れるってんだからこんな面白いこと滅多にねぇよ」
「ってか親方も先輩もどっかにきてるんだよ。それなのに俺一人で仕事なんかしてらんねぇだろ」
「マジかよ、めちゃくちゃ話の分かる仕事場じゃねぇか」
「そうでもねぇよ、これで多分夜中まで仕事だぜ?今日中に仕上げて明日の朝に納品するってのはもう動かせねぇからって言って」
「見に来れただけ良いじゃねぇか。急に決まったってのにこんなこと許してくれる仕事場ばっかりじゃねぇだろうよ。後のことは後になってから考えりゃあいいんだよ」
「まぁ確かにそれはそうなんだけどよ、けどなんでこんなことになったんだ?俺はあんまり詳しい話は知らねぇんだよ」
「俺も気になってさっきから周りの奴らが話してるのに聞き耳立ててたんだけどよ、それによるとどうやら新人の魔術師のほうが騎士に喧嘩を吹っ掛けたんだってよ。そんでもって収拾がつかなくなったところを第5王女マリーゴールド様が見て、それで決闘で勝負をつけるように命令したって話だ」
「そういうことか。その新人魔術師はずいぶんと生意気そうなやつだな、うちにもいるよ仕事もできないくせに生意気なのが。それを聞いたらそいつがボッコボコに叩きのめされるのが楽しみでしょうがねぇぜ」
「お前のところにもか!俺のところにも生意気な奴がいるぜ、喧嘩には自信あります、みてぇな顔してる馬鹿丸出しのやつがな。そんなもん仕事じゃ何の役にも立たねぇのによ」
「わかるわかる!マジでそうだよな」
ポンタとカンタは笑いあった。
「それにしてもすげぇ賑わいだな、祭りみたいじゃねえか」
周囲を見渡すと、どこもかしこも笑顔ばっかりだ。
「なんでも最初は訓練場でやるつもりだったらしいんだが、見たいっていう奴らが多すぎてあっという間に入りきらなくなったらしい。だから急遽ここでやることになったらしいぞ」
「そういうことか、良かったぜ。こんだけ人が入ってるんだからそうじゃなかったら絶対見れなかっただろうな。所であそこにいるのがこの戦いを決められたマリーゴールド様か?」
ポンタが豆粒くらいの大きさの場所を指さして言う。あの場所は王族専用の席なので姿が見えなくとも誰かが座っていればそれは王族なのだ。
「そりゃあ多分間違いねえだろうよ。それとどうやらもうひとりどなたかはわからねぇが王族が来てらっしゃるらしい」
「王族が二人も?こりゃあずいぶんと大掛かりなイベントだな」
「まったくよ、楽しみで仕方ねぇよ。見てみろよまだまだ観客が入ってきてるぞ、ここでも遠いと思ってたけど後ろのほうに行ったらますます見えなくなっちまうな。っていうか早く始まらねぇかな」
そわそわとしながら誰もいないリングを見つめながら話す。
「わ!!」
そんなふたりの座席の真ん中に突然、顔が出てきて大声をあげた。
「ふかわ!」
「じゃぼ!」
「ポンタもカンタもめっちゃくちゃ驚いてるじゃん。大成功だな」
目の細い若者が大笑いしながら言った。
「お前ガキかよゴンタ!」
「くだらねぇことすんなよ馬鹿!」
そう言いながらも笑いながら3人はグータッチした。
「悪りぃ悪りぃ、なんか楽しくてしょうがなくてよ。ガキの頃こんなことよくやってたな、って思ったらやりたくてしょうがなくなってよ」
「馬鹿だな、見ろ、隣の席の爺さんが喉になんか詰まらせて青い顔してるぞ!」
「わ!マジかよすんません、すんません、大丈夫ですか」
ゴンタは震えている爺さんの背中をバシバシと叩く。
「いやーまいったまいった」
27回ほど叩いた時に、茸が飛び出てきて呼吸を回復させた爺さんから死ぬほど叱られた後で、ゴンタが困ったように笑いながら言った。
「まいったのは俺たちと爺さんだ!」
「いやー反省してるよ、ごめんごめん」
反省していないような顔で言う。
「ほんっとマジで反省しろよゴンタ!お前いっつもこうじゃねぇか、調子に乗りすぎなんだよ」
「ごめんごめん、本当にマジで反省してるって」
ポンタとカンタはため息をついた。いままでにカンタが同じことを言うのを何回も聞いてきているが、一向に直る気配が無いのを知っているからだ。ただカンタはけっこう気前が良くて、懐が温かい時には飲み代を多めに払ってくれるし明るい性格だから憎めないのだ。
「ってか、なんでこんなところにいるんだよ、情報通のお前のことだから真っ先にここに駆けつけててこんな後ろの席じゃなくて前のほうの席に陣取ってるもんだと思ってた」
「いやー最初はそうだったんだけどよぉ。しょうがねぇだろアレを見たらさぁ、居ても立っても居られなくなっちまってよ」
「なんだよアレって」
「マジで!お前らはやってねぇの!?」
大げさに驚きながら、闘技場の前の屋台で売られていた揚げた芋を口に放り込んだ。
「だから何のことだよ、早く教えろよ」
「わかったわかった、いまから言うから落ち着けよポンタ。ほらあそこ見てみろよ、そうすりゃ一発で分かるからよ」
ゴンタが指さした方向。そこには群がる人々と簡素なつくりの構造物。遠いので何をやってるのかすぐには分からないが、異様な盛り上がりを見せているのは分かる。
「ん?」
「あれってもしかして賭けか?」
しばらく見ていたカンタが席から少し飛び上がって言った。
「正解正解大正解ーー!俺はなんと、5万つっこんできたぜ!ひょーい!楽しいだろー!」
「賭けやってんの!?魔術師と騎士どっちが勝つかっていうこと?だからお前はそんな鬱陶しいくらいテンション高かったのか!」
「5万ってマジかよお前よくそんな金あったな」
「それ俺も同じこと思ったぜ。お前もしかして給料でも上がったか」
「そんなんじゃねぇよ、残念だけどうちの会社は今年も赤字低空飛行だよ、社長なんかすっかり髪の毛薄くなっちまってるし」
「そんなことどうでもいいんだよ」
「ああ金のことだよな、それだったらたまたま明日家賃の支払日だからさぁ、それで財布に入れてたんだよ。どうだ俺ってめっちゃくちゃラッキーだろ?」
「マジかよお前、もし賭けを外したら家賃払えねぇじゃん。家追い出されるぞ、どうするつもりだよ」
「何をもう外したことを言ってんだよ、当たることを考えろよ。俺にとってはむしろ滅茶苦茶チャンスだっての!ここで一発当ててネズミばっかりの今の汚ねぇ家から引っ越すんだよ。この前も耳を齧られたんだぞ俺、ほら見ろよ赤くなっちまってるだろ?」
ポンタもカンタもどちらもゴンタの耳を見ることはなかったが、その時、会場全体を振るわすほどの大きさの低音の鐘が3度鳴った。
「おっ、あの鐘の音はいよいよもうすぐ始まるっていう合図だな。お前ら本当にいいのかよ買わなくて。俺のほかにも買ってるやつは大勢いるし結構いい配当もあったんだぜ?見ておくだけでも見ておいたらどうだよ、もしかしたら試合が終わったら俺だけ大金持ちになってるなこりゃぁ」
ゴンタの笑い声がスタートとなってポンタとカンタは走り出した。