56話 ーポイ捨てはいけませんー
「申し訳ありません」
心を読まれたと思った不動産会社社長のネルネノは頭を下げた。しかしその時すでに目の前にいたはずの魔術師は姿を消した。
「おいお前!何してやがる!」
怒鳴り声のする方を見ると特級宮廷魔術師ははるか遠くにいて右手一本で人間を持ち上げているところだった。
「一体何が………?」
いつの間にあそこまで移動したのだろうか、自分が目を離したのはほんの一瞬だ。
「ひ!?」
地面が抉れていた。
「これが一瞬であの距離まで移動したことで付いた足跡?」
背筋がぞっとした。ここ2,3日は雨が降っていないので地面は固い。その固い地面をただ踏み込んだだけで抉るとは信じられないほどの脚力だ。
行く………しかない、か。
子供のように背の低いお客様が長身の男たちに囲まれている?自分が案内した土地で揉め事が起きているのだから無視するわけにはいかないだろうと、気が進まないながらも走り気味で向かう。
「お前」
喚き散らすふたりの男の声の中で大きくもないはずの声が響いた。
「いま俺の土地にゴミを捨てたな」
驚いたことに自分のお客様である特級宮廷魔術師が右手一本で自分よりも大きい男の喉を掴んで持ち上げていた。
おかしい。
これは自分の知っている魔術師の姿ではない。ネルネノの知る魔術師とは魔法を使って普通では考えられない現象を引き起こす者のことだ。だがその反面、肉体自体の強さはよくて普通の人間並み、悪いとそれ以下だったはずだ。
それなのにこの魔術師は大の男をで絞め上げながら持ち上げている。男の足先は地面についていない、いったいどういう腕力をしているのだろう。いや、単なる腕力であるはずがない。その腕は間違いなく持ち上げている男よりも細いのだ。
「この足を離しやがれ魔術師!」
締め上げられていない方の男のうちのひとりが叫ぶ、もう一人は顔面蒼白で歯がかちかち音を立てている。それほどの恐怖を感じているのも当然のことで、ふたりの男たちの足は地面と一体化していた。
「動かねぇ!なんだこの魔法!ふざけんなおい!」
叫ぶ男。
その男の行動がネルネノには全く理解できない。相手は人知を超えた力を持っている怪物だ。機嫌を損ねたら何をされるか分かったものじゃないというのになぜそんなことが言えるというのだ。
「なんだその口の利き方は。お前らがすべきは俺の土地にごみを捨てたことに対する謝罪だろう」
まだあなたの土地ではない、などとは思っていても言うべき言葉ではないことははっきりとわかっていた。
「ぐわぁああああああああああああ」
突然男が叫び声をあげながら土によって覆われ、地面と一体化した自分の足に触れながら絶叫した。
「わからないならわかるように教えてやるまでだ」
木が倒れるような音。
少しの時間を置いたのちにそれは覆っている土が足を締め上げている音だとわかった。恐ろしい叫び声の中でネルネノは自分がいつもの世界から離れて全く違う世界に来てしまったような孤独感を感じた。
何という力だ。
一歩で男を締め上げている腕はそのままに、右手一本で締め上げつつ魔法でふたりの男を拘束し、さらに自由自在に魔法をコントロールできるのだ。
ネルネノは心の底から恐怖した。これが魔術師のなかでもトップクラスの力を持つ特級宮廷魔術師なのだ。今自分の目の前にいるのは人間ではないなにかなのだ。
「サブレさん?」
孤独な世界を突き破って子供の声がした。
「ど、ど、ど、どうしたんですか、何が起こってるんですかこれは………」
「なんだモルンか」
吊り上げられていた男が地面に落ちるドサッという音がした。




