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4話 -女と女の小競り合い-

 


 割って入ってきたのはマリーゴールドの護衛である特級騎士のリシュリー。


 騎士ではない俺でも知っているくらいに有名な騎士。実家がこの国でも有数の名門剣術道場の娘で、子供の頃から剣術の天才と評され将来性を高く期待されている女騎士。


 リシュリーは騎士の象徴ともいえる金属製の鎧と長剣を携えた格好に飾り気無く後ろでくくった金髪。そして意志の強そうな青い目をもっている。


 サンジェルトのおかげで特級騎士は何人か見てきているが、パッと見てその中でもかなり騎士としての実力は高いだろう、結構な威圧感を感じる。いわゆる職場の先輩という立場の方だ。


「なに?」


 マリーゴールドは不機嫌そうに返答した。サブレと話している最中に割って入ってきたことが気に入らないらしい。しかしリシュリーは王女に鋭い視線を向けられても微動だにしなかった。


「第2王妃フレンチクレスト様からマリーゴールド様とボルダ・サブレとの過度な接触は禁止されております」


 知らない情報にサブレの心臓が高鳴った。


 第2王妃フレンチクレストはマリーゴールドの母親。


 サンジェルトは俺がマリーゴールドの傍にいることは規則上問題ないし王の許可を取ったと言っていたが、無条件でというわけではなかったのか。


 王女を護衛するものは女の特級騎士と特級宮廷魔術師であるという俺の思い込みはやはり正しかったようだ。いまも室内にいる男は俺しかいない。


 けどもそんなに心配なら、そもそも許可するなよと言いたい。過度な接触という曖昧な言葉ほど面倒くさいものは無い。そのせいで俺の人生勝ち組ストーリーは狂っているんだ。


「そんなこと知らない」


「ご存じのはずです。それがこの男を護衛として特別にマリーゴールド様の傍においてもいいという条件ですので。それ以上近づかれることは約束に違反しますので力づくでも引きはがさせていただきます」


 ふたりの反応からして事前にそういうやり取りがあったのは間違いないのだろうな。一応は約束したがマリーゴールドにはその約束を守るつもりは最初からなかったようだ。


 気になるのは「力づくで引きはがれれる」という言葉。


 特級騎士はこの国の騎士の中のピラミッドの頂点にいる奴ら。しかも魔術師とは違って身体強化が得意で力も凄い。俺の父親も全くそのタイプだからどれだけすごいかは十分に分かっている。


 そんな奴に力づくで引き剥がされたら相当痛いだろうな。そしてその時に痛い思いをするのは俺だけだ、ということだ。


「うるさい!」


 危険性をはらんだ声に身が引き締まる。


 再び蛇。


 シュルルルと音を立てながら今度はリシュリーに向けて接近した。相変わらず早いし動きが直線じゃないから予測がしにくい。しかしリシュリーは顔色一つ変えることもなくステップワークだけで蛇を躱し続けた。


 強い、そして上手い。


 やはり特級騎士は身体能力の高さが桁違いだ。かなりのスピードで向かってくる蛇に対してもわずかな身体強化を使うだけで、いとも簡単に躱し続けている。このまま一日中続けていても、蛇がリシュリーを捉えることはできないだろう。


「もう嫌い!」


 マリーゴールドが癇癪を起すと同時に蛇は消えた。


 俺の時と違う。


 俺の時には蛇はマリーゴールドの元へと戻っていったが今回は消えた。前に本人に聞いた時は意識して使っていないと言っていたが、やはりいいスキルだ。蛇が敵に攻撃されそうになったら、その瞬間に消せるのなら使いやすい。


 ただしいくら優れたスキルと言えども今のマリーゴールドでは、このまま続けてもただただ時間を浪費するだけで無意味。それは本人も気付いたようだ。


 王族が魔術師として特別とは言ってもリシュリーとは年齢も違うし訓練量も桁違いだ。さすがに今の時点でマリーゴールドはリシュリーの足元にも及ばないらしい。


 まあそうでなければ護衛は務まらないし、王族を守るという点において俺とリシュリーは仲間だから、その仲間が強いことは嬉しい事でもある。


「ご理解いただけまして幸いです。サブレ、お前も変なことは考えないことだ、自分自身の身を守るためにもな。そのことは十分に自覚して職務に当たることだぞ、わかっているな?」


 リシュリーはマリーゴールドに向けて丁寧に頭を下げた後で俺のほうを向き、鋭い視線を向けてきた。


 感じる威圧感。


 さすがは特級騎士、といった感じだ。お前も簡単にマリーゴールドに近づくんじゃないぞ、変なことをしたら只じゃすまないぞ、ということだろう。


 そんなこと言われるまでもないことだ。


 幼いころから努力してようやく手に入れた理想の職場を、俺だって簡単に手放したくはない。今のところ思っていたのとは全く違っているが特級宮廷魔術師は特級宮廷魔術師、高給と労働時間は保障されているんだ。


「ハッ!」


 多少イラっとはしたが、ここは後輩として大人しくしておくことにした。ただ意趣返しとして必要以上に丁寧な返事をすることで、不満を表してみた。


 まぁこれくらいなら許される範囲だろう。何もしていないのに脅かされる事に対するちょっとした反撃だ。これから一緒に働いていくうえで舐められすぎない方がいい。


「どうやら私に対して不満があるようだなサブレ」


「そのようなことはありません」


 どうやら少しやり過ぎてしまったようだ。これからずっと働いていく職場だ、ギスギスした人間関係を築きたくはない。これくらいなら大丈夫と思っていたが、向こうはそうは思わなかったらしい。また俺の悪い癖が出てしまった。


「どうやらその思い上った性根を叩き直してやる必要がありそうだな。訓練場に出ろ」


 どうやら特級騎士様は火がついてしまったらしい。


 性根を叩き直す?ふざけるなこんな1ゴールドにもならないことに時間を使ってたまるか。給料が出るのは正式に仕事についてからで、いまはその前の空白期間に過ぎない。


「お断りします」


 はっきりと言ってやる。


「なに?」


「いま貴女がこの場を離れるということはマリーゴールド様の警備に支障をきたすということです。特級騎士である貴女が本来の職務を差し置いてそんな馬鹿げた真似をすべきではないと思います」


「魔術師風情が私を馬鹿と罵るか!警備はほかの者に変わってもらう、それで文句はないはずだ」


「お断りします」


 文句はめちゃくちゃあるね。


「なんだと!?」


「こんな小競り合いをするために魔術を修めたわけではありませんし、警備をおろそかにするような真似をするつもりもありません」


 やばいな、予想していた以上に沸点が低い。しかも体育会系だ、先輩として力を見せつければ後輩が自分の言うことを聞くと思っているタイプのやつだなこの女。


「見たい」


 ?


「決闘で勝負をつけるのいい、それに決めた」


 マリーゴールドが目を輝かせて言った。


「ハッ!」


 リシュリーが勢いよく返事をする。まるで新しい骨ガムをもらった犬みたいな顔だ。


 勘弁してくれよ、俺の仕事はまだ始まってないんだぞ。今が一番楽しい時期といっても過言じゃないんだぞ、この国の騎士の中でもエリート中のエリートの特級騎士と決闘?冗談じゃない。


「お待ちくださいーーー」


「待たない、もう決めた。せっかくだからみんなに見てもらうのがいい、こんな楽しいこと久しぶり」


 マリーゴールドは笑っている。リシュリーも笑っている。これ以上何か言っても無理そうだ。


 最悪だ最悪。


 ただ挨拶に来ただけなのに事態は望まぬ方向に動き出してしまった。なんでこんなことになるんだよ、ああ嫌だ、ああ恐ろしい、この世界の女って恐ろしいなぁ。


 この世界で一番面倒だと思うことの一つが、女が武力を持っていることだ。女は優しくて柔らかくて華奢であるべきだ。


 けどもう逃げられそうもない。


 しょうがないな、どうせ訓練だからそこまで本気では向かってこないはずだ。せいぜい先輩としての力を見せつけるという感じだろう。ちょうどいい、かの有名な特級騎士の実力を確かめてみよう。




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