33話 ー服を買おうー
「服を買ってやる」
サブレさんが言った。
「服ですか?すごくうれしいんですけど前に買ってもらったこの服はまた全然着れるので大丈夫ですよ」
「そうはいっても着替えはあったほうがいいだろう。それに今の俺は大金持ちだから服の一着や二着なんてことはないんだほら見ろ」
そう言ってポケットから取り出した大金貨を親指で弾いた。青い空に向かって回転しながら舞い上がるこの国で一番価値のある金色の貨幣が太陽の光で煌めいて美しかった。
どうやらサブレさんは機嫌がいいみたいだ。リシュリーさんとの試合で負った傷が癒えて退院できたからかなと思う。病院に勤めているサブレさんの学友のナナハさんは怪我自体は全く大したことが無くて、大げさすぎるといつも言っていたけど。
実際お金持ちになったのは知っているしせっかく言ってくれているんだから買ってもらうのがいいかもしれないと思った。
「ありがとうございます、すごく嬉しいです」
「そうかそうか、それじゃあ店に行くか。えーと今何時だったかな、店はもう開いているだろうか」
そういってサブレさんは右手を目の高さまで持ってきた。
「サブレさんそれって」
「ああこれか………まぁ別に大したものでもない」
「それって異世界の品ですよね」
サブレさんの手首にはマフィアの組長の家の床下からでてきたものがはめられていた。あまりじっくりと見たわけではないのではっきりとは言えないけれど多分そうだったと思う。
「それって腕につけるものだったんですね、僕知りませんでした」
「知らないのなら教えてやろう、これは腕時計というのだ」
「腕時計ってすごいですね、こんなに小さいのにちゃんと時間を教えてくれるなんて」
「まあこの世界では少しは珍しいかもしれないが俺としてはいまいち気に入ってないな」
「そうなんですか?」
気に入ってないものをなぜ身に着けるのだろう?とモルンは思う。
「作りが安っぽいな。多分ダンジョンの低階層から出てきたものだろうな、そのうち俺は自力でもっといいのを取ってきてみせる」
「ええ!?サブレさんダンジョンに入るつもりなんですか?ものすごく危険な場所だって聞きますよ、大丈夫ですか?」
「せっかくあるんだからもちろん入るつもりだ、今までは特級宮廷魔術師になるために色々やらなきゃいけないことが多すぎてできなかったが、ずっと興味はあったんだ」
「そうなんですか、けど少し心配です。もしサブレさんが戻ってこなかったらって考えると………」
「なに、俺も今すぐに行こうだなんて思ってない。魔術師としてまだまだ未熟なのは分かっている。一般的な魔術師の戦いの強さとしてののピークは40歳くらいと言われているんだ」
「そうなんですか!?今でも十分にサブレさんは強いと思うんですけど」
「全然まだまだこれからだ、リシュリーにも負けたしな。だから今はまだ焦らずにじっくり鍛えていくつもりだ。モルンが言うように実力者と言われるような奴らが簡単に死ぬのがダンジョンだからな」
「そうなんですか、だったらしばらくは安心ですね」
「安心してくれ、俺は堅実と安定が何より好きだからな」
再び親指で大金貨を弾いて空高く打ち上げた。
「そう…なんですね」
モルンは「とてもそうは見えませんけど」という言葉を飲み込むことに成功した。
「そうだ!腕時計を見ていて思い出したことがあるんです」
「なんだ?」
「僕の妹の妹のウミカのことなんですけど、ウミカが言うには入院させてもらって体が良くなってきた位の時の朝、目が覚めると急に自分は魔法が使えるようになったと思ったみたいなんです」
「まほ!おま!ゴホッ!ゴホッ!」
「えぇ!?どうしましたか?」
サブレが急に目を丸くしながら咳き込み始めたのでモルンは驚いた。
「お前の妹は急に魔法が使えるようになったのか?」
「そうですけど、そんなに驚くことですか?」
「驚くだろ。いいか魔法っていうのは魔核っていう臓器を持っている人間だけが使うことができるんだが、それは生まれた時にもうすでに持っているかどうかが決まっている。そして後天的に魔核ができることはないと言われているんだが、それには例外があって命の危機に瀕した状態から回復した場合に、ごくわずかな確率で無かったはずの魔核ができているという事例が報告されているんだ」
「そ、そうなんですね」
近距離ですごい勢いで喋り始めたサブレに圧倒される。
「そして後天的に魔核を得た人間は最初から持っていた人間よりも強力な魔法を使うことができる、といわれている」
「なるほど……」
「つまりお前の妹は俺よりも強力な魔法使いになる可能性があるっていうことだ」




