32話 -モンブラン-
「うん、いい香りだ」
晴天の光りに輝く花束をひと吸いしてからモルンは歩き出した。あまり値段の高くないものの中からできるだけ綺麗なものを選んだのだが果たして喜んでもらえるだろうか、喜んでくれたらいいなと思う。
花束を買うくらいのお金はあるし、お腹もすいていないし、寝るところもちゃんとある。前とは全然違う生活でこのまま同じ日が続いてほしい。
立派な制服を着た大柄な門番に許可証を提示して病院の門をくぐる。王立病院はこの国で一番施設が充実した病院らしい。当然希望者は多いが誰でも来ることができるわけじゃない、普通の病院よりもお金がかかるからくるのはお金持ちだけだ。
きれいに手入れされた庭木の間を通って扉を開けて院内に入ると人々が小さな声で話す声を独特な匂いで病院に来たんだという実感がより湧いてきた。
「ウミカ来たよ」
目的の部屋番号まできた僕はできるだけ明るい声で病室の扉を開けた。
「モルン!」
清潔なベッドの上で体を起こしている妹のウミカの表情が一瞬で笑顔になったのを見て僕は嬉しくなった。
「体調はどうだい?」
「もう全然平気だよ」
「それはよかった。これ、近くの花屋さんで買ってきたんだ、気に入ってくれるといいんだけど」
僕は花束を手渡した。
「うわーすごくきれい」
両手を伸ばして受け取るウミカを見ていると買ってよかったな、という気持ちになった。
「あとこれはサブレさんから」
きれいに包装された箱を鞄から取り出してテーブルの上に乗せる。
「ザ・モンブランっていういつも行列の出来ているお菓子屋さんで一番人気のケーキだって」
「そんなすごいお店のを私に?手に入れるのすごく大変だったんじゃない?」
「うんうん全然。お店の人が家に届けてくれたから」
「そんなことできるの?」
「貴族様とかの特別なお客さんから注文が入った時はそうするんだって言ってた。サブレさんはこの間、特級宮廷魔術師になったら。その職業に就くと貴族様と同じくらいの力があるみたいなんだ」
「へーそうなんだ、すごいんだねあの人」
「あの人なんて言い方をしちゃいけないよウミカ。ちゃんとサブレさんって言わないと。ここの病院のお金も僕たちがご飯を食べるお金も全部サブレさんのお金なんだからさ」
「そうだよね、ごめん。モルンの体は大丈夫?あれから何か変なことが起きていないか心配だった」
「全然何ともないよ、苦しかったのはあの時だけでそれからは一回もそんなことないんだ。むしろ体を動かすのが前よりも得意になっちゃったくらいだ」
「それならいいけど………」
「ほらせっかくだからサブレさんからもらったのを開けてみようよ。お店の人が言うにはあまり長持ちしないんだってさそのケーキは」
「そうなんだ、それじゃあ早く食べないと」
「うん。えーとフォークとお皿はどこだったっけな」
「えっとね、そこに引き出しの中に入ってるよ」
「ああそうだったね」
ウミカが包装紙を破かないように慎重にはがしている。前まで枝みたいに細かった手が少しふっくらしてきているし色つやもいい気がしてモルンは安心した。前に話を聞いた時に病院の先生がもう少しで退院できそうだと言っていたのでこの分だとまた一緒に暮らせるようになるだろうと思った。
「わあぁ!」
箱を引き上げた途端にウミカが声を上げた。茶色いくるくるしたのの上に栗がのっている見たこともないケーキ。なにがどうなってるのかは全然分からないけど、とにかくすごい物だということは分かった。
「栗を使ったケーキなんだって。初めて見たけどなんかすごいきれいだね」
「本当にそう。お客さんがいつも行列を作っているって言ってたもの納得。本当にこんなの食べちゃっていいのかな」
「せっかく頂いたんだから感謝して食べようよ」
「いっぱいあるから先生たちにも持って行った方がいいのかな?」
「それだったら大丈夫。実はここに来る前に先生たちのところにはもう持っていたんだ。すごく喜んでくれたよ、それにその時聞いたんだけどウミカの体はだいぶ良くなってきてるんだって」
「本当に?よかった。ひとりでいる間、お家に帰りたいって何度も思っていたの。こんなにきれいなお部屋にいれるのにおかしいよね」
「おかしくないよ、僕もひとりでいるのは寂しくて前みたいにウミカと一緒に暮らしたいなって思っていたんだ。けどもう少しの我慢だよ、ちゃんとお医者さんがいいって言ってくれてからにしようよ」
「うん、わかった」
「よかった。なんだか喉が渇いてきたよ、せっかくこれだけ美味しそうなケーキだから飲み物も一緒がいいね」
「あ、飲み物はーーーー」
窓から差し込む光が、モンブランを頬張るふたりの笑顔に降り注いだ。




