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26話

 


 マフィアの組長オニオルの首が転がってきて殺し屋グルトの足元で止まった。その顔は安らかとは言いがたいもので、驚きと恐怖を彫り込んだ石像のようだ。


「これは………オニオルを仕留めていたのですか。てっきり私たち殺し屋とマフィアの下っ端に仕事をさせておいて、自分は安全などこかの場所に姿をくらませていると思っていたのですが」


 あげてしまった悲鳴をなかったことにして、グルトは落ち着いた口調を心掛けて言う。手遅れだとは分かっていたがまだプライドは残っている。


「そう、その想像の通りさ。そうなるかもしれないことは最初から考えてはいたんだ。もしかしたら素直に金の支払いをしないかもしれないと思ってね。だからハチを連れて行ったんだ」


「ということは………」


 目の前にいる魔法生物ハチはグルトが見る限り今までにしたことといえば、首を持ってきたことだけ。ただ不気味なだけで何故いるのかが分からなかったが、しっかりと与えられた役目があって、もうすでにその役目を終わらせたらしい。


「ハチは鼻が利くんだ、それに狩りも大好きだから楽しんだんじゃないかな、どうだいハチ?」


「バウ!」


 得意げに背を伸ばしてひと吼えする姿は優秀な猟犬そのものだ。鼻が利く。それはどこかに逃げたオニオルを探し出したということ。そして狩り、つまりは殺して首を持ってきたということ。


 恐怖。ということは当たり前のことではあるが、この魔法生物は自分と弟のブルカの臭いもすでにしっかりと覚えていることだろう。逃げられない。オリジナルの奴隷紋を入れられているだけではなく、魔法生物によっても自分たちは拘束されているのだ。



「だから君たちがもしあの時に、依頼された仕事を達成したとしても、報酬を払う人間はもうすでにこの世にはいなかった、ということになっていただろうね」


「そうですか………」


 それだけはありがたい。ここ最近の中で一番いいニュースだ。依頼人が死亡したということは引き受けた仕事の契約は解消されたということだ。


 殺し屋業界にもルールはあって、理由なく仕事を投げ出すことは許されない。業界の信用が下がるからだ。引き受けた以上は中途半端は許されない。だからこそ仕事を引き受けるかどうかは慎重に判断しなければならない。


 今回の仕事は達成できなかった。さらにそれだけではなくて、始末すべき相手の手先になるという最悪の状況だったわけだが、契約が解消されたのであれば話は別だ。これで他の殺し屋の奴らにあーだこーだ言われたり、暴力による制裁を受けなくて済む。


「良かったね兄ちゃん!」


「ああ、そうだな………」


 嬉しそうな弟の表情。わざわざ説明しなくとも自分で気が付いてくれて嬉しく思う。もはや他人よりも理解できない存在となってしまっている弟だが、馬鹿にはなっていない。


 けどな弟よ、我ら兄弟はすっかりこの女魔術師の奴隷になってしまっているんだぞ。自由など一切ない、それどころか命さえもなすがまま。全然よくない立場だということには気が付いているか?


 色々と考えつつもこの建物をぶっ壊すという仕事をおろそかにするわけにはいかない。どうせ逃げられないのであれば仕事はさっさと終わらせるに限る。諦めと共に振り下ろしたツルハシの先に違和感を感じた。


「ん?」


「どうしたんだい?」


「感触が今までと違いました、どうやらこの場所は中が空洞になっているようです」


「きたかな?それじゃあその床を引っぺがしてくれ」


 この下には何がある。


 隠し財宝?


 さっきまで感じていた自分の将来に対する絶望など吹き飛んでしまって、グルトの胸には子供のころのようなドキドキ感だけがあった。マフィアの組長がわざわざ隠しているのだから相当なものに違いない。


 ブルカと一緒にツルハシで開けた穴に指をかけて、力いっぱい床材を引っ張り上げる、なかなかに分厚い床材だがふたりがかりで一斉に力を入れれば大して苦労でもなかった。大きく反り返ったあとでバギッっという音がして、十分に覗き込める位に大きな穴が開いた。


 黄金の光り。


「か、金貨だ………大金貨が大量にあるぞ」


「さすがはメフィレール様です!おめでとうございます。よかったですね、これで大金持ちですよ。これだけの大金貨は見たことがありません」


 ブルカが心底嬉しそうな声を出す。


「わおーわおー!」


 ハチがふたりの周りを飛び跳ねている。


「ハチも嬉しいの?」


「わおー!」


「やったよ!やったね!」


 なぜか弟と魔法生物は一緒になって喜び、小さなステップを踏んでいる。まるで絵本の挿絵みたいだと思った。さらにブルカはチャンスとばかりにハチの頭を撫でていて、撫でられているハチの尻尾はぶんぶん振られている。何をやっているんだ我が弟よ。普通の犬なら毛で覆われているから触りたくなるのも分かるが骨を撫でて嬉しいか弟よ。


 というかさっきメフィレール様?って言ったよな、様ってなんだよ。お前は完全に今の俺たちの境遇を受け入れているな。簡単に受け入れるな!受け入れるな少しは反骨精神を持てよ、この奴隷みたいな状況に甘んじるな。



「サブレにいい土産ができたね」


 満足そうに頷いたメフィレールの表情。それを下から見上げたブルカは目の前の大金貨への興味を忘れた。恐ろしいことに目の前にいる女魔術師を美しいと思ってしまった。自分たち兄弟の命を握っている高位の魔術師相手を女として見ている自分が恐ろしかった。


「金貨以外にもいろいろあるじゃないか」


「たしかに、そうですね……」


 リシュリーの言葉によってグルトは自分がは大金貨以外のものを見落としていたことに気が付いた。いつも弟にはどんな時でも視野を広く持てと言っているのにもかかわらず全くできていないことが恥ずかしかった。


「中のものをいったん全部取り出しますか?」


「そうしてくれ」


 まあもちろんそうするしかないだろうな、と思いつつも一応は主人にお伺いを立てる。弟と一緒に這いつくばりながら手を伸ばして取るのは力が入りにくい体勢だったのもあるが、思っていたよりも大変だった。


 大金貨が入っている木箱はとにかく重くて、歯を食いしばりながら持ち上げたので、ほかの木箱はとても軽く感じられた。軽いほうの木箱の中身は紙類が多いようだった。


「これは土地の権利書だね」


「ということはそれも相当高価ですね」


「いや、それはどうだろうね。これは王都から結構離れた山の権利書だね」


「山ですか……」


 それだと価値としては低いだろうな、と思う。山といえば当然魔物は出るだろう。家や畑を作っても荒らされるのが目に見えているし水も手に入るかどうかわからない。


「これも、これも土地の権利書だ、こんなものを集めてどうするつもりだったんだろうか」


「山から鉱脈が見つかればひと財産になるのでそれを狙ったのでは?」


 思いついたことを喋ってみる。今まで接してみた感じではメフィレールは命令はするものの、奴隷をそこまで拘束するタイプではない事が分かったので、それほど緊張せずに喋ることが出来る。


「そうかもしれないね。借金の方としてタダ同然で手に入れてあとは放っておいてなんかの拍子で金になればいいという発想か」


 メフィレールに回答を認められて喜んでいる自分がいることにグルトは気が付いてしまった。


「それよりもこっちのほうが問題だろう」


 リシュリーが指摘した。


「異世界の品か………」




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