24話
具合が悪い。
どうやら昨日は質の悪い酒をたらふく飲んだらしい。頭が痛いし吐き気もする。水が欲しい、飲んだら吐くような気もするが喉の渇きが限界だ。
けどまだ目を覚ましたくはない、起きあがったら目を覚ましてしまう。誰かに水を持ってきてほしい。ああ、なんで俺はここまで飲んでしまったのか。水を一口飲んだらこのまま眠って、少しでも体調を回復させたい。そしてもう二度と酒は飲まない。
それなのに右の上腕に感じるくすぐったさ。
頼むからふざけるのはやめてくれ。このまま寝かせてくれ、俺は具合が悪い。こんなことになるまで飲むんじゃなかった、最近は仕事に支障をきたさないように深酒はしないと決めていたんだがーーー誰かがまだ起こそうとしている。
止めろ、もう少し寝かせーーー違う。
そうだ、俺は飲み過ぎてなんかない。仕事ーーーそうだ、仕事中だったんだ、マフィアが依頼人の変な仕事を引き受けて、それでーーーそうだ、あの魔術師の女だ、あの女の腹にナイフを突き立てたと思った、そしたらあの女は生きていてーーー
「ブルガ!」
叫んだ。否、叫ぼうとした。感覚が急速に戻って来る、体が動かない、声が出せない、自分がいまどういう状態なのかが分かった。
縛られて猿ぐつわをはめられて床に寝させられている。
「んーーー!」
首を動かしてみると真横に弟のブルカがいた。両手両足を縛られて床に寝させられている。どうやら自分よりも先に意識を取り戻して、何とか自由に動かせる指で自分の体をカリカリして起こしてくれたらしい。
目には恐怖がある。当然だ、敵につかまって拘束されているんだから。ここから自分たちの命がどうなるのかは敵の気持ち次第という最悪の状況、声をかけてやりたいが猿ぐつわのせいでそれもできない。
「ようやく気が付いたようだね殺し屋グルト」
足元しか見えないがこの声は確かにあの女魔術師の声だ。あの時いったい何があったのか全く思い出せない。確かにナイフは当たったはずだ。それはまだいい、しかし突然気を失った原因が分からない。そして縛られている理由も分からない。
「んーんんーん」
「なるほどなるほど………全然何言ってるかわからない」
女魔術師は笑った。明らかにこの状況を楽しんでいるようだ。
「んーんんんんんー」
猿ぐつわを外してくれと、猿ぐつわのまま喋ってみたが自分ですら何を言っているのか聞き取れない。相当しっかりと縛られてしまっている。
「騒がれたら面倒だからそれはそのままにしておくよ。聞きたいことは大体聞き終わってるから質問はそれほど多くないんだ。けどまあ一応そのままでも話が通じるように合図を決めておこうか。YESなら「んー」を一回、NOなら「んー」を2回で返事してもらおうかな。それくらいで十分なはずだよ」
相変わらず楽しんでいる。駄目だ、これは手を出していい相手ではなかったんだ。緊急の仕事ということで下調べをせずに引き受けてしまったが、それが大間違いだった。仕事にも慣れてきて気が緩んでいたようだ。金に釣られて大事なことを怠った。
「メフィレール、私には分からない。なぜそんなことをする必要があるんだ?こいつらは敵だ、遺恨を残さないためにも速やかに命をとったほうがいい」
寝転んでいる頭の上から別の声、女の声が聞こえる。一体どんな奴なのか顔が見えない。しかしこちらの女は魔術師とは違ってこの状況を楽しんではいないようだ。
「リシュリーの言う通りだとは思うけど、なんとなくもったいなくてね。この兄弟はそこまで悪い奴じゃなさそうだし、何かに使えるかもしれないと思って」
話のながらは大体わかった。俺たちが戦った魔術師の名前はメフィレールで、もう一人の女はリシュリー。そしてメフィレールは俺たちのことを生かそうとしていて、リシュリーは殺そうとしている。
「そんなことは無いとは思うんだが、もし殺すのが嫌でそう言っているなら私が代わりにやってもいいんだがどうする?」
「だそうだ、どうするグルト?」
「んーんー」
「おーよく覚えていたね。なかなか賢いじゃないか、返事2回、本人はNOといっているね」
楽しんでいることに最初は腹が立っていたが、今はむしろ楽しんでくれていることだけが頼りだ。もしも何かがきっかけで気分が変わってしまったら自分たちの命はお終いだ。
「何を遊んでいるんだ。さっきも言ったが敵を無意味に生かしておくと後で足元をすくわれるぞ。私の家の門下生なら絶対に許されない行為だぞ。やはり魔術師の考えというのは私にはさっぱり分からない」
「別にこれは魔術師だからというわけじゃないよ。サブレなら多分すぐさま殺しているだろうからね。まぁ、無駄話はここまでだーーー」
声が一転した。
冷たさを含んだ声、もしこの先返答を間違うようなことがあればこの女はためらいなく俺と弟を殺すだろう、そんな声だった。さっきから縄をほどこうと力を込めているが全く緩む気配がない。
「私に生涯の服従を誓うか、それとも死か。どちらか好きなほうを選んでくれ。もし死ぬ方を選んだら約束通り二人同時に殺してあげよう。そうすればお互いの苦しむ姿を見なくてすむからね、どうだい?」
そんなことは考えるまでもない。この状況で死ぬことを選ぶやつなんかはいないはずだ。
「服従するふりをして後で何とかしよう、なんてそんなことは考えない方がいいよ。服従を選んだら君たちの体に刻印を打つからね」
刻印?不吉な言葉。
「まあ一種の奴隷紋のようなものだと思ってくれていい。それだったら分かるだろう?」
奴隷紋はその名の通り相手を使用者の命令に従わせる。特別なスキルで誰にでも扱えるものではないが強力だ。もし反抗すれば強力な痛みに襲われると聞く。この女は俺たち兄弟に奴隷になれということか。
「といっても普通の奴隷紋とは違って私が少しだけ手を加えた特別製のやつなんだ。だから私以外に解除するのは難しいと思う」
その言葉であの「煙幕」を思い出す。あの煙幕も特別製だと言っていたが、そのせいで煙幕を無効化するための魔道具のゴーグルが全く効果をもたらさなかった。
「その刻印があればどんなに離れたところにいようとも、私の意志ひとつで君たちは死ぬ。それも普通よりもひどい死に方だからお勧めはしない。だからこうしてわざわざ聞いたいるんだよ。奴隷紋を入れられたものは心を病むと聞くからね。もし中途半端な気持ちだったらいま死んだ方がいいだろうと思うよ」
少し離れた場所にいるブルカの震えを感じる。普通よりもひどい死に方とはいったいどんな死に方だろう。そして刻印というのは奴隷紋を改造したオリジナル魔法だという。普通ならただの脅しだと切り捨てるだろうが、この女ならやりかねない。いや、確実にあるものとして考えるべきだ。
恐ろしい。
やはりこんな仕事は引き受けるべきじゃなかった。どうしても金が必要だった。魔臓を持たない自分たちが殺し屋という仕事をやっていくうえで必要だった力。それを魔道具によって補うことを選んだ。それによって普通の武器にはない新たな力を得ることが出来た。
その代償として金が必要だった。魔道具を動かすには魔石が必要。ただ殴ったり蹴ったりするだけとは違って、常に元手が必要なのだ。その分だけ危険な仕事もこなすことが出来るから、入ってくる金額も多いが、時には報酬よりも支払いのほうが多くなることもある。
だからこそ判断を誤らないことが重要だった。引き受けることで得になる仕事かどうかを見極め無くてはならない。
しかし明らかにこの女は魔術師の中でも上級クラスの魔術師。金に釣られて手を出していいような相手じゃなかった。報酬だ支払いだの問題じゃない。明らかに自分たちの力を大きく超える相手。明らかに判断ミスだった。
「これから猿ぐつわを外してあげるよ、少しだけ考える時間を上げるから答えてくれ。ただし余計なことをしたら………リシュリーそっちの弟のほうの首を斬ってくれ。私はこっちの殺し屋の頭を爆発させてやる」
手足の拘束はそのままで猿ぐつわが緩んだ。
久しぶりに見た弟の顔。
「さあ返答を」
ブルカの意志は聞かずとも分かる。
奴隷か?死か?
俺は声を発した。




