22話 -闇からの誘い-
真っ黒い霧の中で魔銃の炸裂音が立て続けに響いた。
「魔術師よどうだ弾の味は!この魔銃こそがこれからの時代の武器だ、お前たちみたいに選ばれた人間でなくても扱えて魔法よりも早く飛ぶ。もうこれからは魔術師の時代なんかじゃねぇ!」
殺し屋グルトは挑発しながら相手の様子を探る。突然発生した黒い霧のせいで当たったかどうかが見えなかった。
焦っている。
魔術師の使う「煙幕」はこれまで何度か見たことがあるが、こんなにも早く視界が塞がれたことは今までなかった。暗闇、それは魔術師の世界だ。何も見えない、弟のブルカがどこにいるのか分からない。霧が出た瞬間に一応は女魔術師を狙って撃っては見たが当たったのかどうかは分からない。けれどそこまで狙いは大きく外しては無かったはずだ。
「魔銃の味はどうだ魔術師様よ。お前らの使う魔術なんかよりも魔銃は早い。それでいて人間を殺すなんて簡単なんだ。お前らの時代はもう終わりだぞ」
「何か勘違いしていない?それは魔銃が凄いのであって、自分が凄いわけじゃないんだよ。自分たちが偉くなったと思って優越感に浸ってるのかい?」
生きている。しかも声の調子から判断して、どうやら撃った弾はひとつも当たらなかったらしい。
「おっ、床に耳を当てたりして音を聞いているのかい?なるほど、そういうやり方もあるのか」
どういう理屈かは分からないが、この濃い暗闇の中でも術者本人はこっちの状況がはっきりと見えているらしい。それなのに何もしかけてこないというのは魔銃を恐れての事だろう。足先で壁を確認している、こっちの方向からは敵が来ないから安心、これだけが頼りだ。
「兄ちゃん何も見えない!」
弟の悲鳴のような声。ずっと一緒にいるから焦っていることが分かる。この黒い霧が現れた途端に魔銃を撃ってから、反撃されないようにその場から飛び退いたので、離れ離れになってしまってお互いがどこにいるかも分からないし、何も見えないから不安になっているらしい。
「落ち着けブルガ!もうすぐゴーグルが効いてくるはずだからそれまでもう少し待て。焦って動くと敵の思うつぼだぞ」
弟にはそう言いつつもグルトは焦っていた。このためにあるゴーグルのはずなのに何も見えない。そして見えないことを敵の目の前で言うべきじゃない。
「仲良きことは美しきかな。いいね、わたしには兄妹がいないから羨ましいよ」
「そこか!」
声のした方に向かって撃つ。弾が出たのは2発だけ、装填数は5発だからこれで入っている弾をすべて撃ちつくした。当たったか?頼むから当たっていてくれ。
「こいつなんか変だ、今までの奴らと違うよ兄ちゃん。逃げよう!なんかやばい感じがするんだ」
「良いから落ち着けブルカ」
左側で物音がした。
「うぉらあ!」
空になった魔銃を投げつけたが何の反応も感じられなかった。
「仕事をこなしてないのに逃げれっかよ!大丈夫だブルカ見えなくてもいいんだ。お互いに声を出し合ってナイフで手当たり次第に突き刺していけ、そうすりゃいつか当たる!当たればこの薄気味悪い霧だって無くなって仕事も終わりだ!」
「なるほど、悪くないアイディアだ。私がただ何もせずに突っ立っていればそうなるだろうね」
「ブルカ声のする方向に撃て!」
さっき魔銃を投げつけてやったのとは違う方向から声がした。女魔術師は移動している。移動しているにもかかわらず音がしない。暗闇の中でずっと気配を探ろうと耳を澄ませているのにもかかわらず気配がない。普通の人間ならそんなことはできるはずがない。これは魔術なのか?こんな魔術は聞いたことが無い。
「ブルカ何をしてるんだ撃て!」
反応が無い。
「おいブルカ!返事をしろ!何か言ってくれ!」
何も見えない。両手を前に突き出して周囲の様子を探りながらブルカがいた方向へと進む。
「もうすぐ手をイスにぶつけるから気を付けて」
その言葉の通りすぐに手に木の角が当たる感触がした。これは恐らく椅子の脚に手がぶつかったんだろう。敵は確実にこの暗闇の中で見えている。ゴーグルは相変わらず何の効果も無い。この状況は圧倒的に不利だ。
「ブルカどこにいるのか言え!言えないなら何でもいいから音を出せ!」
「残念だけど君の可愛い弟君はもう何も喋ることはできないよ、呼吸だけは何とかしているけどね」
「魔術師!ブルカを離せ!」
「離せ?せっかく捕まえたのにそんなことするわけないでしょ。どうやら本当に何も見えないようだね、何のためのゴーグルなんだい?全然何の役にも立っていないじゃないか。ナイフは仕舞ったほうがいいんじゃないかい?君の可愛い弟に当たってしまうよ」
嗤う声。
「クソ!お前これ普通の「暗幕」じゃねぇな!」
暗幕とは魔術師が良く使う魔法。魔力の消費量が少なく呪文も簡単で初心者でも使いやすいので魔術師がよく使う技だ。
殺し屋を始めたばかりのころの初心者は、これのせいでターゲットに逃げられてしまうことがよくある。だからこそ高い金を出してゴーグルを買った。相手に対して煙幕は効かないぞ、ということを分からせるためのものでもあるのだが、効力は本物。本物のはずだった。
「ちょっとだけアレンジを加えてあるんだよ私は。といっても別に大したものではないんだけどね、けどそのおかげで別の魔法になってしまったようだね。別に狙っていたわけではないんだよ、黒い色がもっと濃いほうが格好いいな、と思ってちょっと作ってみただけで」
「魔法をアレンジ………オリジナル魔法か」
「そんなに大げさなものじゃないよ」
恐れにグルトの体が固まっていく。オリジナル魔法を作れるのは魔術師の中でも上級者がやることだと知っていたからだ。
「ところで君は自分がいま部屋のどこにいるかわかっていないんじゃないかな?それともわかっていてそっちに向かっているのかな?」
「なんだ?何が言いたい?」
「君はいま、君の可愛い弟のいる方向とは違う方向に進んでいるんだよ」
「嘘だ!」
「嘘なんかじゃないさ、今君の左の腰の後ろのほうにちょうどいま入って来るのに使った扉があるから探ってみたらいい。ただ、その扉を開けたらその瞬間に君の可愛い弟の口に毒液を流し込むけどね」
「止めろ!」
「ほら探ってみなよ、ドアノブがあるだろう?」
確かにドアノブがあった。あるはずのないドアノブが。
「不思議だろう、なぜ自分が今この場所にいるんだろうってね。君は今自分がどこにいるのか完全にわからなくなっているんだよね」
心臓の高鳴りまで相手に聞かれている気がする。
これは魔術師の世界だ、それも相当に腕の立つ魔術師の。息を吸うごとに黒い霧が体の中に入って来る。
「私の「暗幕」には方向感覚を狂わせる効果があるらしいね。だから君は自分が思っている方向とは全く別の方向に進んでいるんだ。それが偶然に扉の前だったというわけだ、運がいいね君は。君たちはそこまで悪人じゃなさそうだから同時に殺してあげようと思っていたけど君の運の良さに免じて逃がしてあげてもいいよ」
何を言われているのかグルトには理解できなかった。
「弟を置いて自分だけ逃げるといい」




