15話 -女と女は討論す-
「来てくれたのかメフィレール」
そうだったすっかり忘れていた。金だ金。女だけじゃなくてもうすぐ俺の手には金が入って来るのだ。
「ついさっき研究から帰ったら君が私のことを必要としていると書いてあったから急いできたんだ」
どうりで髪の毛はぼさぼさだし服もなんだか埃っぽい。急いで駆けつけてくれたというのがよくわかる。
「よく来てくれたなメフィレール。実は困ったことがあってな、けどこれは誰にでも頼めるようなことじゃないんだ。そこでお前の力を貸してほしいと思ってるんだよ」
「君が私に頼みたいことって何かな?」
「これがなんだかわかるか?」
闘技場で俺とリシュリーが戦った時の賭札を差し出す。
「何これ?ぜんぜんわからない」
不思議は無いな、ギャンブルはやらない人間は全くやらないからメフィレールは興味が無い人間なんだろう。
「これは賭札っていって賭場で使われているやつなんだが、俺が買ったやつが大当たりだったんだ」
「うん」
「これを胴元に持っていけば払い戻ししてくれるんだが、あまりに金額がデカいからちゃんと払ってくれるか心配なんだ。本当は自分で行けばいいんだが見ての通り重症だから行きたくても行けなくて困ってるんだ」
「なんだそんなの簡単だよ。ただのお使いでしょ」
「ところが賭場の胴元はマフィアなんだ。わかるだろ、何をしてくるか分からない相手だから普通の人間には無理だ。そこでメフィレールの力を借りたいんだよ」
「そういうことね」
「危険かもしれないが行ってくれるか?」
「いいよ」
よかった。魔術師としての実力に疑いはないと思っている。仮にもこの国で最もレベルが高い魔術師の教育機関である王立魔法アカデミーを卒業しているわけだし、自分自身でその実力は確認していて、大丈夫だろうと思って声を掛けた。
けど改めてメフィレールの姿を見ると少し不安になる。この小柄な女の子をマフィアのもとに送り込んでも本当にいいんだろうかと思ってしまう。
「ちょっと待ってくれ、それだったら私に行かせてくれ」
リシュリーが突如として元気を取り戻した。
「なんで私に言ってくれないんだ、お前は困っているんだろう?マフィアのところに行って金を回収してくる、確かに一般人には危険だろうが私なら大丈夫だ、今は時間もあるから安心して私に任せてくれ」
いや、貴女にはもっと別のことをお願いしたいんですけど。というかあまり元気になり過ぎても困る。どちらかと言えば俺はしおらしいほうが好みだし。
「猪はおよびじゃない」
メフィレールの突然の挑発。たしかに俺とメフィレールが話しているところにリシュリーが割って入ってきた感じだったから、腹が立つのは分かる。
「なんだと!?」
猪というのは騎士の蔑称。戦いとあらば一直線に走り出す騎士を揶揄する言葉だ。メフィレールとリシュリーの視線が激突して電気がショートした音が聞こえたかと思った。
「頼まれたのは私であって偉そうな騎士様じゃないよ。サブレはとても大事な仕事だからこそ私に頼んだ、一番信頼できる私にだよ。猪が出しゃばって来るのはおかしいよ、猪は山にお帰えりなさい」
「ずいぶんと大口をたたくじゃないか蜘蛛の分際で」
蜘蛛とは魔術師の蔑称。戦いとあれば罠を張り待ちを得意とする魔術師を揶揄する言葉だ。騎士と魔術師は大体の場合において仲が悪く大昔からお互いを罵りあっている。
だからこそ王族の護衛を行う職業の名称においても特級騎士、特級宮廷魔術師と名称が分かれていて、互いに一緒にされたくないと思っているのだ。
「大体にしてメフィレールとかいったか、君に本当にその役割が務まるのか心配だな、魔術師というのは体が華奢すぎて多少腕の立つ一般人位の耐久性しか持ち合わせていない。それに君はその魔術師の中でも随分と小柄じゃないか」
「やはり猪は頭が悪いね。サブレから任せられた、この点から考えて私が今回の任務に十分な戦力を持っているということは確実。こんな簡単なことがどうして考えられないのか理解できない。それに体の大きさと戦力は無関係だよ」
確かにその通りだ。
「無関係ではない、むしろもっとも重要といって過言ではない。魔力に頼りきりになると心技体の鍛錬がないがしろになって、いざ魔力が無くなった時に何もできなくなるのだ。だからこそ大本である肉体そのものが重要なんだ」
確かにその通りだ。
「結局のところ肉体なんて言うものは魔力の前ではちっぽけな存在だよ。現に魔力を扱えない騎士は騎士同士のトーナメントで結果を出せていないじゃないか。つまりこれは魔力が肉体を凌駕するという証明を自分たちでしていることだよ」
確かにその通りだ。
「よく口が回る蜘蛛だな。もしそれだけの大口を叩いておいて今回の任務を失敗したら大恥だぞ」
「そんなことは絶対にありえないよ。マフィアなんて言うものは一般人にとっては脅威でも深遠な魔道において塵芥以下の存在。一瞬で粉砕してみせるよ。私と同じ魔術師のサブレならよくわかっているさ」
「君はずいぶんとサブレを信用しているようだな」
「もちろんさ、私とサブレは同じ魔道の極致を目指す人間だからね」
「私がサブレに勝ったということをメフィレール、君は知っているんだろうな?」
「サブレに?まさか、悪い冗談だ」
「冗談なんかじゃない、だからサブレはいま病院にいるんだ。別に吹聴するつもりはなかったが言わないと分からないようだからしょうがない。つまり私には今回の任務をこなすだけの実力があるし、こうなったのも私の責任だ。だからこそこの任務は私が行う、それが私にとっての誠意だ」
「誠意?」
「なにがおかしい」
「ただの自己満足じゃないか、頼まれてもいないのに手をあげるなんてね。最初に言った通りサブレは私にこの仕事を依頼したんだ、私にだよ、私に。だから猪はぶひぶひ言わず黙っていてほしいな」
「良い度胸だ、ここまで私に言ってくる人間なんか久しぶりでワクワクしてきたよ、そこだけは褒めてやってもいい。だったら簡単なことだ」
「なに?」
「改めてサブレに決めさせればいいんだ。どっちがこの仕事に向いているかをね。きっとサブレは私と出会ったばかりだから遠慮しているんだと思っている」
「遠慮じゃない。普通は自分を病院送りにした相手に何か頼んだりしないだけ」
「もう議論は十分だ。サブレ、君が決めてくれ!私の実力はよくわかっているだろう」
「そうだサブレ!はっきりいってやってくれよ、君が信頼しているのは私だと」
「ん?」
「サブレがいない。気がついたらナナハもいなくなっている」
そこにいるのは椅子にちょこんと腰かけたモルンだけだった。
「サブレさんとナナハさんはお二人が言い合いを始めてすぐ顔を見合わせて一緒に出て行ってしまいました。僕がサブレさんから伝言を預かっていまして「ふたりとも頼んだ」だそうです」
「なんだと!?蜘蛛と一緒に行けというのか」
「なぜ私が猪なんかと………」
さっきとほとんど同じ罵りあいが再び始まったことでモルンはひっそりと頭を抱えた。




