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137話

 


「バッハ!」


 僕は自分の声で目を覚ました。


「モルン!」


 目の前には涙目のウミカ。どうやら僕はあのあと病院に連れていかれたらしい。


「モルン………」


 涙を零すウミカの頭を優しくなでる。


「大丈夫、大丈夫だよウミカ」


「モルンモルンモルン………」


 僕の胸に額を擦り付けるようにするウミカに心が苦しくなる。ずいぶんと心配をかけてしまったんだな、と思う。


「モルン!」


「レノア先生」


「本当に悪かった」


 病室の中にはレノア先生もいた。


「ウミカ、大丈夫だよ………」


 摩りながら言う。


「大丈夫ですよ先生、僕はこうして元気ですから」


 本当はさっき起き上がろうとしたときに首に痺れと痛みがガッチリと手を組んだのが同時に襲い掛かってきてびっくりしたけど。


「本当に悪かった、調子に乗ってやり過ぎてしまった。まさかあんなことになるなんて思ってなかったんだ。剣なんておもちゃみたいなものだしトレーニングもしてないから体も鈍ってるしとか、吸血鬼をマカしたくらいだから私もあっけなくやられるかもしれないとか、いろいろ考えていたんだけどなんだか自分でも思ってもなかったほど鋭い突きになってしまった」


「頭を上げてください先生。訓練の中ですからこれくらいのことは当たり前にあると思います。そうじゃなかったら訓練にならないですから全然大丈夫ですよ」


「本当に悪かった」


「気にしないでください、全然大丈夫ですから」


 痛い。


 本当は首が痛いよ先生、あの突きはどう考えても速すぎたよ。


「ウミカにも先生にも心配をかけてしまってごめんなさい。多分僕も油断していたんだと思います」


 あの時、剣を持った先生を見て僕はすぐに自分との力の差を感じた。けれど僕は何もしなかった、それが間違いだったんだと思う。


「僕はもっと先生と距離をとるべきだったんだと思うんです。あの時は想像以上に先生の突きが速すぎて何もできなかったんですけど、距離があれば少し反応出来ていたかもしれなかったです。そうすれば例え実力差があったにしてもあんな一瞬でやれられることはなかったのかもしれません」


 どうしたって勝てなかったとは思うけど。


「それに先生との実力差を感じて体がガチガチに固まってしまったのも良くなかったです。普段からあれだけ無駄な力を抜くように心がけていたのにあの時はそれに気が付くことすらできていませんでした、明らかに失敗です。もしかしたら僕は調子に乗っていたのかもしれません」


 それがやられてしまったことよりも悪い。


 サブレさんに言われていたんだ、周りから天才だなんだと持ち上げられても絶対に自分のことを天才だなんて思うな、と。周りを見てみれば自分よりもすごい人間はたくさんいる。だからどんなに持ち上げられても調子に乗ってはいけない、と。


 子供のころ周りの子供よりも多少できるからという理由で持ち上げられ、調子に乗って努力を怠って大人になった時にはとっくに追い越される。そんなことは世の中に溢れているんだ。「十で神童十五で才子二十過ぎれば只の人」そんな言葉があるくらいにな、だから絶対に調子に乗るなよ。


 そう言われていた、分かったつもりでいた。絶対に自分はそうならないようにしようと思っていた。それなのに………、それなのに僕は………。


「僕にとっていい勉強になったと思います」


 訓練でよかった。サブレさんに見られなくてよかった。サブレさんを失望させることはしたくないから。


「本当に悪かった」


「だから本当に大丈夫ですから」


 レノア先生の落ち込んでいる顔を見るのは苦しくなる。


「あと………」


 僕は病室の中にいるもう一人に目を向けた。


「ミーラさんはどうしてここにいるの?」


「あ、終わった?」


 大あくび。


 ねえ、退屈だったの?ミーラさん。


「終わったというか………まぁ………」


 何て言えばいいんだろう。


「お金、どうなってるの?」


「約束したお金」


「そんな約束してないと思うけど」


「なにをすっとぼけたような顔してるのよ!言ったでしょ給料を前借させてほしいって!この前見てきたけどあたしが欲しい魔道具が売れちゃって残り少なくなってたのよ。だから早くお金貰って買いたかったのにあんたは倒れたまま目を覚まさないもんだから、ものすごく焦ったんだから」


「えぇ………」


 何て強引な人だろう。休み時間に教室の机につっぷしてた人とは思えない。


「なんか聞いたところによると結構大丈夫らしいじゃない。無事でよかったね、それじゃあというわけでとりあえずは10万くらいでいいわ。金金金金早くして!」


「ええぇ………………」


 病室でこんなにもお金を要求されるなんて思ってもみなかった。これは普通の人だったら怒って当然なんじゃないかと思う。大丈夫そうなのはよかったけどこんな形で伝えられるのは違う気がする。


「ウミカ………」


 僕が寝ているベッドにつっぷしていたウミカがゆっくりと、ゆっくりと顔を上げてミーラさんのことを見た。


「な、なに、怒ってるの?」


 ウミカは立ち上がった。


「モルン、あなたの妹さんなんかちょっと怖いんだけど」


 ウミカの背中越しに声が聞こえるけど、そりゃそうだよな、怒るよね、と思う。意識を失った兄が目を覚ましたと思ったら、病室の中でいきなりお金を取り立てられているんだから。


 ゆっくりと歩いていって、くっつくんじゃないかってくらいミーラさん接近して止まった。


「ち、ちかい、ちかいよ」


 震え声。


 ウミカは椅子に座っているミーラさんを上からのぞき込んだ。それって不良が喧嘩の時にやってるイメージなんだけど、あんなのどこで覚えたんだろう、少なくとも僕は絶対に教えたりはしていない。いや、多分勘違いかな、ウミカがそんなことするわけないし、というか背中しか見えてないから多分勘違いだ。


「もし、その、もし怒ってるんだったら、あの………」


 ウミカの背中は微動だにしない。


 まさかそのまま殴ったりとかはしないよね、まあ少しくらいだったらしょうがないと思ったりはするけど。


「殺すぞ」


 ウミカの野太い声が病室に轟いた。



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