136話 -空と雲の美しさ-
「よしモルン、お前の相手は私だ。遠慮なくかかってこい」
レノア先生は言った。
「なんでそんなことになるんですか?」
僕にとって初めての実践授業。ほかの人たちは生徒同士でペアを組んで布を巻いた木刀で打ち合いを始めている。
「しょうがないだろ、誰もお前とはやりたがらないんだから」
「そうなんですか?」
「授業が始まる前から何人もの生徒が私のところに来てモルンとは、モルンとだけはペアを組ませないでください、って言いに来てるんだぞ。お前は知らないだろうがな」
「えぇ………」
ショックだ。
「僕はそんなひどいことをしたりしませんよ」
「お前がどう思っていようとも、ほかの生徒たちはそうは思ってないってことだ。残念ながらな」
「ううぅ………本当に残念ですよ」
しょうがないんだろうな。
そう言われてみれば確かにほかの人たちの気持ちも分かる。僕としてはしょうがないことだと思ってはいるけど、クラスの中で威張っていた不良をやってしまったわけだしまだ日が浅いから人柄も知られていない。話をしたことのない人もいるから分かってくれと言っても無理だろうな。そのうち分かってくれる日が来ると思う。いまは少し泣きそうだけど。
「さあほらいつまでも落ち込んでないで剣をとれよ」
鉄の輪っかのなかに入っている練習用の剣を指し示す。
「僕は無しでいいです」
「あ?」
「いえ、変な意味じゃありませんよレノア先生。僕はナイフを使うことを考えてその訓練はしていますけど、普通の剣は使ったことがないんです」
「なんだよ………てっきりあたし相手には武器なんて必要ないと言い出したのかと思ったぞ」
「勘違いさせてしまってすいません」
「気にするな。そういえばモルンがナイフを使って戦うというのは聞いていたんだったよ、すっかり忘れていた」
「すいません」
「落ち着いてよく考えてみれば剣以外を武器として使う奴らには何度も会ったことがあるってのに私ってば何を言っているんだろう。ちょっと反省だな、どうやら知らないうちに頭が固くなっていたらしい。魔銃なんてものが流行ってることだし、これからはそれが普通になっていくかもしれないってのにさ」
先生は反省モードに入ってしまったらしい。
「よければ相手をお願いしてもいいですか?いろいろな相手と戦うことは大事だと教えてもらったので勉強させてもらいたいです」
「そうだった。今は授業中だった、よしそれじゃあ遠慮しないでかかってきな。遊んであげよう」
地面に向かって軽く振り下ろしただけの剣。それだけでレノア先生の強さが分かって体に緊張が走るのを感じた。
「おーしそれじゃあどっからでもかかってきなさい」
構え。
「ほらどうした?吸血鬼を倒した天才少年の実力を見せてもらおうじゃないの」
挑発の笑み。
けど僕はそれに乗ったりはしない。はっきりいうと距離を詰めることができない。近づいたらやられる、予感が体を硬直させる。
躱すことに専念しよう、それが始まる前の僕の目標だった。だから武器はいらないと思っていた。先生にも言った通り余裕で勝てるなんてことは思っていない。ただ不安だったんだノアを使うことが。
あの黒フードの男と戦った時、ノアは明らかに僕の意志とは違う動きをした。なぜなのかはなんとなく聞きづらくて聞いていないんだけど、それでも僕がノアを思った通りに動かせないことは間違いない。
だから躱すことに専念しようと思った。躱すことはナイフを武器として扱うなら必須の能力だからだ。けど甘かった、僕は考えておくべきだった。躱せない可能性があるということを。
「なんだ来ないのかつまらないな。そんなんじゃギャラリーも退屈だろうから私から行かせてもらうかな」
他の生徒たちが僕たちの戦いにくぎ付けになっているのが目の端に見えた。
トンッ!
おでこの中心に強烈な衝撃を感じて温かいお湯の中に全身使っているような感覚になった。
やられた。一瞬で理解した。
体から感覚が消し飛んでしまって全く力が入らない。手をついて衝撃を和らげることすらできずに僕はそのまま一直線に校庭に叩きつけられた。痛みを全く感じないことだけは嬉しかった。
突きだ。
レノア先生の驚いた顔が一瞬だけ遠くに見えた気がする。
流れる景色。
青く澄んだ空と立体的な白い雲のコントラストが美しかった。けれどその景色が見えたのは一瞬、急に頭から布団を被せられたみたいに唐突に深い闇が訪れた。




