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116話 -おしめ-

 



「カジマ・リシュリーを連れ戻してくれ」


 第4王子サンジェルトは言った。


「どういうことですか」


「先日、特級騎士リシュリーが辞職を申し出たのは知っているかい?」


「あいつが辞職!?、ですか」


 あれほど特級騎士らしい特級騎士はいないと思うんだが、いったい何を考えてているんだ。特級騎士も一握りの選ばれた人間にしかなれない職業で給料もなにもかもがしっかり保証された公務員、一体何が不満なんだ?前に病院であった時には何も言ってなかったが。


「そうなんだ、なんでも自分を見つめ直したいという理由らしい」


 なんだそのありがちで、思春期で、こちらに何も伝わってこない理由は。


「そうですか、仕方ないのではありませんか」


「仕方なくなんかないよ、なにせ君が理由なんだから」


「私ですか!?」


 思い当たることは何一つない。


「どうやらきっかけは君との試合らしいんだ」


「?」


 あいつはしっかりと勝ったじゃないか、それのどこが不満なんだ。


「あの時リシュリーは君から予想以上の攻撃を受けたことで己を失った。そして感情の赴くままに暴れまわり、試合であるにもかかわらず相手を負傷させることに対して何の躊躇もなかったようなんだ。そしてそれは騎士として到底ふさわしくない姿だと考えたようだ」


 確かにあの時のリシュリーはただのバーサーカーだった。俺としてもそれは予想外だった、あれは軽い手合わせ位の感覚だったのが手加減なしだったので焦った。あれで真剣を使われていたらあの程度の怪我じゃすまなかっただろう。


「それで自分を見つめ直したい、ということですか」


「私が聞いた限りではそういう感じだね。どうにもリシュリーは昔からそういう所があったらしい。感情的になって自分を見失ってしまうことがね。それも最近は抑えられるようになたと思ていたみたいだが、君との試合でまたそれが爆発した、それが相当ショックだったようだ」


「ショックなのは私のほうです、殺されるところだったんですから」


「それについてはまあまあまあまあ………」


 何がまあまあだ。もっと深刻に受け取れ、ニヤニヤするな。


「辞職の手続き自体は問題なく済んだんだが、それに対してどうしても納得できない人物がいてね」


「納得できない?手続きはもう済んでいるんですよね?」


「そうなんだけどその人物はそれじゃあ納得できないんだ。リシュリーが辞職の手続きをしている時、丁度その時に城を離れていてね、あとからその話を聞いて大変なショックを受けた。自分がその場にいたのなら絶対に引き留めた、リシュリーはこの国にとって必要な人物だ辞職は絶対に受理しない、そう言い放った」


 随分と我儘な奴だ。


「その人物とは誰ですか?」


 恐る恐る聞く。


 一度正式に受理されたものを無効だと言い張ってそれがまかり通る。そして特級宮廷魔術である俺が呼び出されている。さらには王子であるサンジェルトまでもが登場しているということは………。


「我が王、ポナパルトだ」


 王様かよ。


 最高権力者かよ。


「我が王とリシュリーは昔からの知り合いでね」


 知り合い?


 なんだか違和感を感じる。特級騎士とは言え直々に王と知り合う機会はそうそうないはずだ、リシュリーは俺と同じくマリーゴールドの護衛だからだ。しかも年齢的に考えて仕事について数年のはず、それなのになぜ昔から知っているのか。


 愛人?


 知り合いっていうのは愛人のことをマイルドに言ってる?


「なんでも昔はオシメを変えたこともあるそうなんだ。それくらい王はリシュリーのことを信頼しているし家族の一員のように思っているんだ。彼女が特級騎士になりたいと言った時にはすごく喜んだそうなんだ」


 オシメ………。


 そのオシメっていうのは赤ちゃんが使うオシメなのか?それとも大人がある特定の趣味のために履かせたものなのか、どっちだ。どっちの意味のオシメなんだ。


 けど「昔」って言ってたじゃないか。そうだよそうなると赤ちゃんの時のことに決まってるじゃないか。そうだそうだ………けど昔っていうのは人によって考え方の幅があるよな?高校生の時には小学生の時のことなんかはるか昔のことみたいに思っていたし。ということはここ数年の話かもしれないんだな。


 心がモヤモヤする。


 遠くからしか見たことはないが王はイケメンではあるが中年だ。その中年にオシメを変えられて顔を赤らめているリシュリー。そしてきゃっきゃうふふで赤ちゃん言葉、最悪だ。


 王くらいの権力者であれば愛人のひとりやふたり、百人くらいいたって別に不思議じゃないがそれは嫌だ。


 オムツ愛人は普通の愛人100人よりもずっとグロテスクな感じがする。性の趣味は人それぞれで他人に迷惑をかけなければ自由だと思うが、気色は悪い。しかもリシュリーとは知り合いなだけに余計だ。騎士らしい騎士だとばかり思っていたが夜にはおしめを変えられていたなんて。


 もう俺はすでに想像してしまっている、いますぐに脳内から消去したい。これからは女騎士を見るたびに、おしめを変えられている姿を想像してしまうだろう。


 呪い。


 これはもはや呪いだ。


「ちょっとサブレ聞いているの?」


「もちろん聞いています」


 聞きたくなかったけど聞いてしまったよ。


「そこでサブレに連れ戻してきてほしいんだ。どんな理由があるにせよ王は自分で直接リシュリーから話を聞かないと納得できない様子なんだ。それでリシュリーを呼び出そうとしたんだけど、もう王都からは離れたんだって。なんでも道場で仲が良かった先輩が赴任しているアウトラインという街に向かったんだってさ」


 アウトライン?はっきりは覚えていないが、たしかこの国の思いっきり端っこのほうのド田舎じゃなかったか?


「なぜ私が?」


 愛人を連れ戻したいなら自分で行け。


「リシュリーが辞職するきっかけとなったのはサブレとの試合だし、君とリシュリーはずいぶんと仲がいいと聞いた。仕事仲間とは無駄な話はしない頑固なくらいに仕事熱心なリシュリーが周囲に君の話をよくしていたそうだ。だから連れ戻すなら君が一番いいだろうということだ。頑固で一度決めたら曲げない性格の彼女だが君の話なら聞くと思う」


「ちょっと待ってください、いろいろとおかしいです」


「なにが?」


「私との試合がきっかけと言いますが、あの時暴走したのは私が理由ではなくリシュリーが元来持っていた性格が、あの時たまたま表れただけで私のせいでそうなったわけではありません。それと私とリシュリーは別に仲がいいということはありません、数回しか会ったことはありませんし、それにしたって短い時間です」


「ふむふむふむ………」


 にやけた顔がイラつく。


「だいたいにして私は特級宮廷魔術師です。特級宮廷魔術師とは宮廷の中にいて王族の護衛をするのが仕事。宮廷の外に出て仕事をするのは戦争や慰問など特定の業務に王族が参加する時のはず、今回のことは業務の範囲外です」


「それが王の望みでも?」


「王は私のことなどご存じのはずはありません。ですから別にその役目は私でなくてもいいはずです。要はリシュリーを連れ戻すということができれば誰でもいいのでしょう」


「王はサブレのことを知っているよ」


「はぁ!?」


「私が言った」


「はぁああ!?」


「相談されたんだよね。リシュリーは頑固だから、戻ってきてきちんと話を聞かせろ、あるいは特級騎士をやめるな、なんて言ってもきっと聞いてくれないだろうってね。さっき言っただろ昔からの知り合いだって。ということは性格についても知っているんだ。手続きはすでに正式に受理されているからと言って戻ってきたりはしないだろうってね」


 確かに頑固そうだからな。


「その時たまたま私がそばにいたからどうしたらいいと思うかって聞かれてね。考えて一番最初に思い浮かんだのがサブレだった。だから言ったんだよサブレの言うことなら聞いてくれるかもしれないって」


「はぁあああ!?」


「だからこうしてサブレに来てもらったってわけ」


「だから、ではなくて昔からの知り合いの王の言葉ですら聞かないのであれば、知り合って間もない私の言葉なんか聞くはずありません」


「そんなことはない。昔からの知り合いの言葉だからこそ聞かない、ということもあるよ。サブレはお父さんお母さんの言葉を素直に聞けるかい?なんだかよくわからないけど反発心が湧いてきて聞きたくない気持ちになったことがあるんじゃないの?」


「それはそうかもしれませんが………」


「だから少し知った仲、くらいがちょうどいいんだよ逆にね」


 逆なのかそれは?


「私は特級宮廷魔術です。特級宮廷魔術には特級宮廷魔術師としてのプライドがある。宮廷で王族をお守りするのが私の仕事です。任命された時に私は命をかけて王族をお守りすると心に誓った。そして自らその職を手放した人間を連れ戻すこと、それは私の仕事ではありません!」


「プライドってまだ一日も働いてないけど」


 笑いながら言うなこの野郎。


「プライドとは日数とは無関係です」


「そこまでサブレが特級宮廷魔術に対して情熱を燃やしているとは意外だよ。てっきり仕事として割がいいから選んだのだと思っていた」


「それは誤解です」


 それは正しいです。


「ちょっと思うんだけど、いろいろ言ってるけど結局サブレは王都から離れたくないだけじゃないの?前に言ってたよね、田舎は嫌いだって。なんか今ちょっとそれを思い出したんだけど」


 その通りだよこの野郎。




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