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114話 -黒蛇-

 


「どこに行ってたの?」


 濡れたような光を持った黒髪、鮮やかな赤色をした目。


「マリーゴールド様」


 往生に入った途端に少女は明らかに不機嫌なオーラを放ちながら待ち構えていた。


「いつになったら私のところに来るの?ねえ!」


 背中から現れた2匹の薄ピンク色の蛇が大口を開けながら迫ってきたのを、魔力で覆った手でつかんで止めた。


「特級宮廷魔術師としての仕事はまだ始まっていませんので」


「離して!」


 いわれるがままに蛇を離す。本当のところ離したくなんてない、縛っておきたいくらいだ。なにせかまれると全身が痺れて動けなくなるし、放っておけばそのまま死ぬ。さらに、魔力を持たないものは捕まえることすらできないという特色を持っている。こんなものを感情の赴くままに向けてこないでほしい。


 本来であれば反省のために体罰を与えるところだが、相手は王族なのでそれはできない。自分が上の立場であれば階級社会は便利だが下に行った時には最悪のシステムとなる。


「他の特級宮廷魔術師も特級騎士も、もう働いてる。何でサブレだけは違うの?」


「私だけ、ですか?」


「そうだって言ってる」


「そうなのか?」


 隣にいるジンゴに聞いてみる。


「俺も詳しくは知らないけど、どうやらそうらしいよ」


「まじか!?」


 俺とジンゴはいわゆる同期の間柄。それなのにジンゴはもうすでに働いていて俺は働いていない。なぜこんなことが起きているのかと言えば、ジンゴはいま研修みたいな扱いなのだ。


 正式な赴任はまだだがその前から職場になれるために自主的に働くことができるのだ。しかしそれには大きな欠点がある。


 無給。


 研修であって仕事ではないんだから金は払わない、そういうことだ。だから俺は当然参加しなかった。特級宮廷魔術師になるために俺は今まで結構頑張ってきたんだからせめて仕事が始まるまでの間は自由な時間が欲しかったのだ。


 無給ならなおさら、なんでタダ働きなんかせにゃならんのかさっぱり理解できない。


「特級騎士はともかく特級宮廷魔術師の方は毎年参加しない方が多いと聞いていたんだが」


「そうなの?けどその年によってばらつきはあるんじゃないの?今年はたまたま少なかっただけとか」


「まじかよ………」


 驚きだ。


 騎士はまっすぐな性格が騎士らしいと言うことで、研修をさぼる奴がいないのは知っていた。しかし魔術師は逆で、むしろ真っ直ぐな性格を馬鹿にする傾向があるから研修なんかと、参加しないやつも多いと聞いていたのに。


「なんでほったらかしにするの!サブレ!」


「申し訳ありません」


 ゆるやかにウェーブしたツインテールの後ろから一匹の黒い蛇。


「は!?」


 知らない蛇だ。


「サブレは私のことなんか嫌いなんだ!嫌いだからいじわるするんだ!」


「マリーゴールド様!」


「前みたいに喋ってっていってるのにそれも全然聞いてくれない!」


 やっば。


 いかにも毒ありそうじゃねぇかあの蛇。


「あの蛇はなんなんだ?」


「わからない」


「分からないってなんだよ、自分の担当外の王族であっても特徴とか注意点を覚えておくのはこの仕事では必須だろ」


「そうだけど本当に知らないんだ。あんな黒い蛇のことなんか聞いたことないよ、本当に初めてだ。もしかしたらここ最近で出せるようになったんじゃないの?」


「ぐむむむむ………」


 俺が考えたのと同じ結論、つまりはヒント無しってことだ。最近のマリーゴールドは俺と顔を合わすたびに怒って蛇を仕掛けてくるがそれは最初に出してきた蛇と全て同じだった。


 あの薄ピンク色の蛇は噛まれたら痺れるということは分かっているし何度も動きを見ているから安心してキャッチすることができていたが、黒い奴はどんな動き方をするのか分からないし噛まれたらどうなるのかもわからない。


 黒。


 ヤバそうな色だ。もし最近出せるようになったとすれば薄ピンク色よりも凶悪度が増している危険性がある。


 進化?


 ヤバっ。


「ジンゴどうする?」


 ひとりで対処するのは適切ではない。生贄、あらため仲間の協力が欲しい。


「なにいってんのサブレ、ごめんだけど俺は関係ないよ」


 シュッ、という空気の音だけで俺は魔力を込めた足で大きく後方へと動くことができていた。自分の意志で動こうとするよりも早く動くことができたことに自分でも驚く。


 速い、薄ピンクより速い。


 黒い蒸気が立ち上り白い石床が大きくえぐれているのがはっきりと見えた。


「マリーゴールド様おやめください!」


 溶かす系か?範囲デカすぎるだろ、あんなので腕を噛まれたら腕が溶け落ちるぞ。


「私がいつもいつも思ってるのになんでサブレはそうやって私のことを否定ばっかりして、私を苦しめて、私の気持なんか考えてくれない!」


 ヤバい、今までに見たことがないくらいに興奮している。しかし相手は王族、力づくでとめることはできない。どうする、どうすればいい。


 ジンゴの咳き込む音。


「石壁」


 マリーゴールドとの間に石壁を設置した。


「大丈夫か?」


「なんだあの黒い靄。離れていて直接吸ってないのに鼻の奥に突き刺さるみたいに刺激が来た」


「あの蛇捕まえられないか?」


「なんで俺が捕まえるの、やるならサブレでしょ」


 言った後にまた咳き込んだ。


「身体強化は騎士の得意技だろ。あれだけ動き早いと俺だと簡単じゃない。もし外したらあの毒をもろに食らうことになる」


「それは俺だって一緒だ。あんな早いの一発で捕まえる自信はない」


「サブレ!なんでなんでなんで!いっつもすぐいなくなって!今日はまだ髪も目も褒めてもらってないし抱きしめてもらってもない!ずっとずっと待ってたのに!今日こそはと思ってずっと待ってたのに」


 石壁をすり抜けて黒蛇が姿を現した。とっさの出来事であったのと、俺たちのいる位置は壁から近すぎた。


 一歩も動くことができず黒蛇はジンゴの足首に噛みついていた。



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