111話 -放心-
「それでは本日お引き渡しとなります」
不動産屋さんだというネルネノさんは言った。
「おお!ここかいい土地じゃないか」
「前に来たときはゴミだらけだったが綺麗になってるな」
「ええそれはもう、しっかりと手入れさせていただきました」
ネルネノさんは片手に書類をもっていて、その反対側の手のハンカチで額を拭きながら頭を下げながら話した。たぶんサブレさんのことを恐れているんだろうな、とわかる。
「いたるところに紙が貼ってありますね」
「それは今日中にすべて剥がさせていただきます。何しろこの土地はあまり治安がいいとおころとは言えませんので少し目を離しますと、すぐにごみを捨てられてしまうのです」
「なるほど………」
僕は「ゴミ捨て禁止」と書いてある張り紙を見ながら言った。
「しかしサブレ殿」
「なんだ?」
イゴセさんはサブレさんのことをサブレ殿と呼ぶことに決めたらしい。始めに聞いた時に僕は違和感をすごく感じたが、それはサブレさんも同じ意見だったようで言ったんだけど、イゴセさんはなかなか頑固でとにかく殿がいいと言って譲らなかった。
「土地としては申し分ないと思うんだが土地しかないんだな。料理をするにあたって屋根くらいはあると思っていたぞ」
それに関しては僕もそう思う。今この状況で料理を作って配ることをイメージできない。仕事をするにしてもこれから相当時間がかかるはずだ。
「けど僕にとってはちょうどいいですね」
「ワシは早く仕事に取り掛かりたい」
やっぱりイゴセさんという人はせっかちなんだな。
「僕としては試験があるのでしばらく時間が空いてもらった方が有難いです」
「おおそうか!確かにそのことがあったな、忘れておった」
イゴセさんは豪快に笑った。
「それも含めてワシらに任せてくれるということでいいのか?」
「そうだな。けど建物は俺が請け負おう」
「あっ!そういうことですか」
「ん?どういうことだ」
ゴゴゴゴゴ………地面が振動する音。
「イゴセさんもネルネノさんも少し離れたほうがいいですよ」
「地震?いったいこれは」
「ほれ、慌ててないで言うことを聞いた方がいいぞ」
さすがだな、と思った。
C級冒険者、それは普通の人間が到達できる限界ラインといわれていると、サブレさんから教えてもらった。
イゴセさんにとっては何が起こるか想像もついていないはずなのに、予想外のことが起きても慌てずにしっかりと行動することができている。一般人であるネルネノさんとの違いは明らかだ。
この差は何が起こる分からない緊急事態の時にすごく大きいと思う。もし敵が攻撃してきた場合におろおろしていたらあっという間に死んでしまうだろう。
僕はサブレさんに対する信頼もあるし、何が起きるのかは大体わかるので今慌ててないけど、そうじゃない時でもイゴセさんのように冷静に、的確に行動しないといけない。
王立魔法アカデミーの帰りに襲われた時、僕は何もできなかった。あの時と同じじゃ駄目だ。サブレさんは言っていたじゃないかパニックになったら駄目だって。ちゃんとサブレさんの役に立つような行動をできる人間にならないと駄目だ。
変わらないと駄目なんだ。
「は、はぁあああああああ………!」
土地の真ん中ほどに土壁を組み合わせて作られたような建物が地面からニョキニョキ伸びてきていた。
「おおおお!これは土魔法か!?すばらしいぞ」
ネルネノさんとイゴセさんの反応は全く違う。ネルネノさんは驚きのあまり固まっていて、イゴセさんは大喜びして手を叩いている。やっぱり僕はイゴセさんみたいにならなきゃ駄目だ。
「まぁ、とりあえずは2階建てでいいだろう。1回は料理を作るのに使って2回には材料を保管しておいたりすればいいだろう。一応煙突もつけておいたから便利だろう」
「さすがですねサブレさん、ありがとうございます!」
「扉はあとで専門の業者を呼んで付けさせるんだ。ここまでやれば普通にやるよりも時間も金も相当節約できるはずだからな」
「やるじゃないかサブレ殿!」
イゴセさんがバンバン背中を叩きながら言った。
「さすがは特級宮廷魔術師だ。ワシも長いこと冒険者をやってきたがここまでの大規模魔法を使うのを間近で見たのは初めてだ。さすがじゃないか、こんなことができるなら早く言ってもらいたかったよ。なんならワシの家もこれで作れるんじゃないか?」
「これはただ雨風を防げる程度のもので不十分だから、家が欲しいなら大工に頼んだ方がいい。窓もないしな」
「そうか?ワシはこれで十分だと思うぞ。なにしろ早いのがいい、いつになるかわからん大工の仕事を待つのは性に合わん。とにかく早いのが一番だ」
「たしかにこれならあとは家具とか調理器具、食材なんかを買ってくればそれほど時間がかからずに炊き出しが始められそうですね」
「うむ。なんだかやる気が出てきたぞ!」
「あ、あ、あ………」
なおも興奮状態のイゴセさんとは違ってネルネノさんは放心状態だった。




