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0話 -天才が天才じゃないと知った日-

 


 魔法と剣、そして魔物がいる世界。


 その世界の中でシャイタン・サブレという少年には間違いなく魔法の才能があった。それも天才と言えるほどの多大な才能が。


「天才!」


 サブレは3歳の時には、手の平の大きさの土の塊を生成することができた。


「天才!」


 4歳の時には両手でも覆いきれないくらいの大きさの土の塊を生成することができた。


「天才!」


 5歳の時には自分の体よりも大きな土の塊を生成することが出来た。


「サブレちゃんは本当に魔法の天才よ!きっと世界一の魔法使いになるわ!」


 土魔法を使うたびにとにかく褒められた。すごい、才能がある、こんなに凄い子は見たことが無い、将来有望、国の宝、天才、天才、天才。サブレにとって褒められることは日常だった。


(僕は天才なんだ………)


 とにかく土はサブレの思い通りに動いた。最初は信じられない気持ちだった。それはサブレは転生者であって日本にいた時の記憶があったから。けれど何度も何度もやっていくうちに魔法という存在が自分の心になじんでいった。


 そして天才と持て囃されることも当然のことだと信じるようになった。


「天才だ」


 サブレの土魔法使いとしての能力は、月日がたっても衰えるどころかますます増していって、前の常識で考えればあり得ないことをやすやすとやってのけるようになっていた。


「最強だ」


 周りに誰もいないことを確認してからサブレは言った。他人から言われるのはいいが、自分で自分のことを天才というのは恥ずかしい。前の人生の経験からそれくらいのことは分かっていた。だからひとりの時を待った。


「俺TUEEEだ」


 固めることも、凹ませることも、盛り上げることも、飛ばすことも、自分の体を覆って鎧のようにすることも、とにかく土の操作では思ったことは何でもできるようになっていた。


「僕はいま夢にまで見たあの物語の中にいる」


 サブレは異世界転生物が好きでよく見ていた。


「ハーレム………」


 その中でも一番好きなのは主人公の周りに魅力的な女の子が集まって来るハーレムもの。そのなかでも主人公に従順で、尊敬してくれて、ご主人様ご主人様と言ってくれる奴隷ハーレムは大好物だった。


 サブレの目がじわりと滲んだ。


「やった!!」


 両手を力いっぱい握りしめる。


「天才なんだ、最強なんだ。憧れ続けた僕による僕のための僕だけの異世界奴隷ハーレムを作ることが出来るんだ!色々なタイプの女の子が僕のためだけに尽くしてくれる楽園の中の住人になれるんだ!」


 サブレは両手両足と頭を床につけた。


「ありがとうございます神様。私を転生させて頂きまして本当にありがとうございます!いままで神様なんて存在しないとか、もしいるなら戦争を止めてみろよとか、色々言ってすいませんでした、本当にすいませんでした。これからは毎日欠かさず感謝致します。私みたいな人間にこんなにも素敵な人生を用意してくださいまして、本当にありがとうございます」


 涙を流しながら立ち上がると、両手を高く上げ踊り始めた。


「やった!やった!やった!最高!最高!最高!やった!やった!やった!最高!最高!最高!やった!やった!やった!最高!最高!最高!やった!やった!やった!最高!最高!最高!」


 パラパラと盆踊りの中間のような変な踊りだった。


「最悪だった過去の人生とはおさらばだ!これからは何でも自分の思う通りにいくんだ。誰のご機嫌も伺うことなく、誰からも命令されず、時間に追われることもなく、人の上に立つ、テンプレで、現実逃避で、ご都合主義でピンクピンクピンクな人生が待っているんだ!」


 踊りながら笑い泣きしていた。


「僕は天才なんだーーー!最強なんだーーー!俺TUEEEだーーー!」


 神様が踊りの才能をくれなかったことには気付かず、踊り続けた。



 事件は起きた。



「僕の土壁が………」


 7歳の朝のこと。


 信じられないことが起きた。


 昨日、時間をかけて作り上げた最高傑作の土壁が、パッタリと倒れていたのだ。


「ガッファッファッファ!悪りぃ悪りぃサブレ。昨日酔っぱらって帰ってきたときにどうやら肩がぶつかっちまったらしい。家に入る前、そういえばなんかデカい音がしたなとは思ったんだ、ガッファッファッファ!!」


 犯人は父親だった。


「酔っぱらって、肩が、嘘でしょ………」


 青ざめた顔で膝をつく。


「あれだけ分厚い土壁が?あれだけ頑張って作った土壁が?車がぶつかっても倒れないくらいには固めたと思ってたのに。嘘でしょ?ちょっと肩がぶつかっただけ?そんな簡単に倒せる?」


 筋骨隆々の体を揺らしながら父親はまだ笑っていた。


「なんだよそのゴリラにステロイド打ったみたいな体は………」


 改めて見てみると、げらげら笑う父親の体格は、前の世界で見たことがある誰よりも大きいことに気が付いた。


「違うじゃん………」


 根元からポッキリ折れた土壁を見ながらサブレの口からは言葉が漏れ出ていた。


「車よりもすごいパワーってそんなの普通の人間が持ってるわけないじゃん………」


 朝日が土壁を照らし、遠くで母親の怒っている声が聞こえる「サブレちゃんが一生懸命頑張って作ったのに」とか怒っているが、父親は相変わらず笑っている。全く反省していないのは間違いないし、うっかり壊してしまったのも間違いなさそうだ。


「まさか、そんなことって………」



 天才。


 無敵の殻にヒビが入って崩れていく。


 天才。


 真実がはっきりと見えてくる。


 天才。


 土魔法を使うと今まで何度も言われてきた言葉。



 よく考えてみろ。


 心の中に自分の声じゃないような声が聞こえた。頭がぼーっとしてくる。母親の声も折れた土壁も朝の光も、全部が薄くなっていって白い空間の中に自分がたったひとりでいる感覚。


 天才。


 自分は本当に天才なのか?本当に最強なのか?誰よりも優れた魔法使いなのか?本当に間違いないのか?


 よく考えてみろ。


 誰と比較して最強なのか。誰と比べて才能があるのか。才能を数値化されたリストでも見てその中でお前の才能が一番だったりしたのか?誰よりも才能があるというのは間違いが無いのか?神様から世界最強俺TUEEEをしてくれと頼まれたのか?考えろ。よく考えてみるんだ。


 違う。


 今までは世の中の全ての人間が、自分のことを天才だと言ってくれているような気がしていたが、それは大間違いなことに気が付いた。


 母親。


 サブレのことを天才、天才と言ってくれたのはほとんどが母親だった。もしくは普段母親と仲良く話している、近所の女性。


 サブレは知っている。


 普通の子供ならわからないだろうが、転生者であるサブレはこれを何というのか知っている。


「親バカだ………」


 サブレは思い出した。


 母親というのはとにかく自分の子供のことを褒める生物だということを。可愛さのあまりに他人が見たら苦笑いするくらい、大げさに褒めるのだということを。


「お世辞だった」


 近所の人がなぜサブレの土魔法を見て天才と言ってくれていたのかがはっきりと分かった。


 人は他人の子供を見た時には、無理やりにでも褒めるものだ。赤ちゃんの時にはお父さんに似て可愛いですね、お母さんに似て可愛いですね、と褒めるのだ。


 それは本心じゃなくて嘘、または適当だ。


 本当はどうみても猿にしか見えないのに褒める。可愛い可愛いとにかく褒めるのだ。そして子供が少し大きくなったら元気があっていいですね、だとか賢そうな顔をしていますね、とかだ。


 言葉らしきものを喋ったら褒め、ヨタヨタ歩いたら褒め、子供が小さければ小さいほど大人というのは褒める生き物だったんだ。


「恥ずかしい」


 褒められることを鵜呑みにしていた自分が恥ずかしかった。褒められるたびに調子に乗って得意げに土を固めていた自分が恥ずかしかった。きっと自分が見ていないところでは苦笑いされていたに違いない。


「そしたらこの世界だったら少しでも魔法が使えたら褒めるってことじゃん」


 母親は魔法は誰にでも使えるわけじゃないと言っていた。近所の女の人も私は魔法なんか全然使えない、と言っていたので魔法を使える時点で特別だと思い込んでしまった。


 たしかにそうだろう。魔法を使えない人は使えないのだろう、しかし使える人間も当たり前のようにいるんだ。そして魔法を使える人は子供のころから使えるんだろう、なにせ自分がそうなんだから。


 それが当たり前、だからそれくらいのことで調子に乗ってはいけなかったんだ。魔法というのはそもそも強力なものなのだ。


 それは渾身の土壁をウエハース扱いした父親が証明している。何の意識もしてなくてもあれくらいのことは簡単にできてしまう、それが魔法の力なんだ。


「全然違う」


 まぶしいくらいに光輝いていた世界に、薄い幕が下りて暗くなっていく。世界最強、俺TUEEE、そんなものは幻だったと気付く。


「普通が前と全然違うじゃん」


 自分の背よりも大きな土壁を作る。それは凄いことだ、けれどそれは前の世界の基準で考えての話。今は日本にいるわけじゃないんだから、前の価値観で考えても何の意味もない、そんな当たり前のことに今気が付いた。


 あらためて見る父親はあまりにも強そうだった。肩がぶつかった。その言葉を簡単に納得してしまうくらいに父親の体は分厚かった。


「絶対勝てないじゃん」


 こんなのが全力で向かってきたら?敵だったら?


 体が震えている。


 この土壁を作るのにどれだけ苦労したか、どれだけ時間をかけたか。そう、それには集中力と時間が必要だった。


「ガッファッファッファ!」


 怒られているのにまだ笑っている父親。


 何にも考えずに土壁を破壊するだけの身体強化を扱える人間。もし仮に戦うとなったら、走ってきて頭をボカン、それでジエンド。そこに残るのは自分を最強と勘違いした哀れな魔法使いの死体と、中途半端な土の塊。


「何が天才だよ………」


 ただ土を固めたって意味は無い、実戦で使えなければ何の意味もない。


「自分だけじゃないんだ」


 魔法と剣、そして魔物がいる世界。その世界で力を与えられているのは自分だけではない。この世界の人間は前の世界よりも強いんだ。


「魔法って、天才ってこんなものなんだ………」


 サブレは泣いていた。


「そうなんだ………」


 けれどまだ目に光は残っていた。


「危なかった………」


 危うく自分のことを天才だと勘違いしたまま大人になるところだった。


「危なかったな本当に………」


 今の自分は子供だ。


「まだまだ十分に取り戻せるよ。いい勉強になったじゃないか」


 サブレは笑った。


「希望が無くなったわけじゃない」


 空に思いを馳せる。


「何をすればいいか真剣に考えよう」


 天才じゃない。


「努力で補うしかない、これからは今までよりももっと真剣に魔法を練習しよう。人生はスタートダッシュが肝心、遊び惚けていたら大人になってから苦労するということは身をもって知っているじゃないか」


 握った拳に力が入る。


「一度人生を経験している。それは他の無い人にはない強みだ」


 世界に再び光が差してくる。


「俺TUEEEはできない、そんなことが出来るのは誰よりも圧倒的に強い人だけ。だけど異世界奴隷ハーレムはまだ諦めなくていい。お金さえあれば十分に実現できるはずだ」


 言葉に、目に力が宿っている。


「希望が消えたわけじゃない。実現できるかどうかは、これからの頑張り次第だ。もう二度と勘違いなんかするなよサブレ」



 それからのサブレは誰にどれだけ褒められようとも、自分は天才だなんて思わなかった。




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