70てぇてぇ『海外ってぇ、やっぱり違う国なんだってぇ』
イギリス。
約十三時間のフライトを終え、ロンドンの地に降り立つ。
ちなみに、ほぼ寝ていない。
ずっと姉さんがはしゃいでいて、どこに一緒に行きたい、何を一緒に食べたいと話しかけてきてくれた。それは構わない。俺も海外なんて久しぶりだし楽しい。
だけど、そのうち、どこに移住するのがベストかという話をし始めてビビった。
この姉、どこか海外に行こうとしている。しかも、俺を連れて。
まあ、今の時代はネット環境さえしっかりしていれば、何処でもVtuberの仕事は出来るだろう。それはいい。
だけど、姉さんは、『俺と二人で』の移住を希望している。
けれど、俺はそれはちょっと、嫌だ。
正直、今の生活が充実しているし、楽しい。
Vtuberのみんなを支える仕事にやりがいを感じている。まあ、ちょっとアプローチが日々ひどくなってるから、それはなんとかしなきゃと思ってるけど……。
でも、みんなの配信で明確に数字が伸びたり、安定して配信が出来てたり、元気な声が聞けると、本当に幸せになれる。
だから、みんなの元を離れるのはちょっと……あと、姉の歯止めがきかなくなりそうで怖い。
正直、今回もかなり気を張っている。
間違いだけは起こさないようにしないと。フラグではない。断じて。フリでもない。
まあ、それはともかく、本当にいい時代になったものだ。
ワルプルギスを含め、Vtuber事務所の海外進出は面白い。
まず、海外のVtuberと日本のVtuberの考え方の違いが面白い。
地域性と言えばいいのか。ゲームのチョイスやゲームのやり方、また、歌なんかもやはり違いが見える時がある。
雑談も勿論そうなんだけど、まだまだ雑談を翻訳するのに時間がかかる。
Vtuberの世界も広がり続けているんだなと感じる。
そして、今回はイギリス。此処にいるワルプルギスVtuber達に会うのが目的の一つだ。
だけど、
「今日一日は私一人に付き合う約束よ、累児」
そう。今回は、姉さんの登録者200万人突破のご褒美旅行でもある。
その報酬が、超豪華イギリス旅行、そして、一日俺独占権だそうだ……。
「分かってるよ、姉さん」
まったく……200万人突破なんて本当に凄い事なのに、そのご褒美で、なんで俺なんだか……。
本当に弟離れする日がくるんだろうか……そして、
「ふふ、覚えているなら、いいわ」
ふわりと艶やかな黒髪を浮かべながら、姉さんのやわらかな女神の声が弾んでいる。
俺は、姉離れ出来るんだろうか。こんな素敵な姉が居て、好きな人なんて出来るんだろうか。
「じゃあ、どこから行こうか? もう、ホ、ホテルに行く?」
うん、早く姉離れしよう。この人、重症だ。
大体、ホテルは別々の部屋だからね。
そして、一秒でも無駄にしたくないという姉さんと一緒に観光に出かける。
王道のバッキンガム宮殿や大英博物館、タワーブリッジ等を巡りながら写真を撮っていく。
風景の写真があれば、配信でイギリス旅行に行ってきたトークも盛り上がるだろうと出来るだけ綺麗な写真を撮り続ける俺、を撮り続ける姉さん。
「姉さん……景色撮りなよ。絶景だよ」
「私にとっては、これが最高の景色なの。帰ったら部屋一面累児INイギリスに暫くするわ」
本当に姉が心配だ。そして、多分、あの写真の俺の顔を隠した画像を使ってトークするんだろう。
ウテウトとイギリス旅行、と。
そして、姉さんの、高松うてめのファン、てめーらは、それを受け入れ盛り上がる。
てめーらも最近心配だ。
コメントで、ウテウトさんにならうてめ様を任せられると言われたりするのが増えた。
いやいやいや! そうじゃないだろう! と!
ああ、俺の未来も心配だ。
けれど、本当に楽しそうな姉さんを見て、ほっとする。
世界中、ネットで繋がっている。
そして、スマホがあり、SNSがあり、誰とでもすぐに繋がれる世界。
それは幸せであり、それでいて、プレッシャーでもあると思う。
すぐ繋がれるからこそ、繋がり続けなきゃいけないと考えてしまう不安。
沢山の人が見てくれる人が居る一方で、自分が見られていない事への不安。
何か発信しなければ、すぐに人が離れて行くのではないかと言う不安。
誰もがそんな不安を抱いている。
姉さんだってそうだ。
気にしないように努めていても、登録者数や視聴者数、それを改善していくのが自分の仕事だと受け止め、日々心をすり減らしながら戦っている。
けれど、今の姉さんは、純粋に楽しそうで、笑っていて、しあわせそうだった。
「姉さん」
「ん? 何? 累児?」
「海外は無理でも、これからも家族旅行とか、行こうね」
父さん母さんも誘って、北海道とかいいかもしれない。
「え? 累児……もしかして……プロポーズ?」
「違う。そうじゃない」
姉さんが心配だ。
そして、時折、カフェに立ち寄り、俺の勉強にも付き合ってもらう。
イギリスの味をワルハウスに戻って再現してあげたい。
勿論、日本人好みの味もいいんだけど、海外の味っていうのがまた、彼女達の刺激になればいいなと思う。
熱心にメモを取りながら食べてるのを姉さんがじいっと笑いながら見てて、流石に恥ずかしかった。
あと、店員さんが『お熱いですね(多分英語でそう言ってた)』なんて言ってきた。
流石、海外。
そして、上機嫌に恋人繋ぎをして見せつける姉さん。
店員さんもひゅーとか言わないで。この人調子に乗るんですから。
そして、姉さんの切望もあったロンドン・アイ。
その名の通り、ロンドンの街並みを一望できる観覧車がある場所。
二人を乗せた観覧車はゆっくりと動き出し、上がっていく。
姉さんは気恥ずかしいのか、顔を赤くしながら、景色をじっと見ている。
まったく、この人は……かわいいかよ。
「姉さん」
「な、あに? るるるるいじ」
かわいいかよ。
「これ」
俺は姉さんの弟で、多分、姉さんの願望と言うか希望は叶えてあげられないだろう。
でも、俺は姉さんを本当に誇りに思っていて、Vtuber高松うてめが大好きだ。
だから、
「これって……時計? 日付……?」
高松うてめが200万人を突破した日を刻印した時計。
オーダーメイドでうてめカラーにしてもらった。
数が全てじゃない。
そう思って活動を続けて欲しいとは思う。
けれど、彼女が目標を掲げ一生懸命努力し辿り着いたその瞬間の輝き、配信外での準備に積み重ねた時間、そのてぇてぇ努力は本当に凄い事だし、感動したし、惚れなおした。
そして、本当に大変だったと思う。
進まない数に心折れそうになった事はあっただろうし、
愛のないお気持ちに泣いた事もあっただろう。
心や体の疲れに苦しんだ事もあったと思う。
そういう世界だ。
だからこそ、がんばったこの人を少しでも出来るだけたくさん褒めてあげたい。
「姉さん、おめでとう。姉さんの弟であることを、俺は誇りに思うよ」
姉さんは泣いていた。
自分の涙にびっくりしていた。
俺もはじめはびっくりした。だって、姉さんはお祝いするたびに泣いてしまうから。
でも、そういうもんらしい。感情が溢れて止まらなくてなんでか泣けるらしい。
姉さんに教えてもらった大切なことだ。
人を元気に、しあわせにしてあげたいと思う感情と一緒に。
「あ、ひぐ、う、え、あ、ありがと、るい、じ……」
200万人を幸せへと導く女神が泣いていた。
けれど、泣きながらも、
「も、もっと、褒めて。がんばったよねって、ごめんね、おねがい」
褒めることを要求してくる姉さんに苦笑いしながら、観覧車が地面に降り立つまでの30分、俺は姉さんを褒め続けた。
遠い地、イギリス。
色んなものが違うこの地だけど、いや、この場所だから、俺と姉さんは確かな繋がりを感じ、そして、普段は言えないような心からの言葉を送ることが出来たのだと思う。
姉さんはずっと泣いていた。
化粧が崩れたからってこっちには顔を見せてくれなかったけど、多分、嬉しそうだった。
弟の、そして、高松うてめの大ファンである俺には分かる。
「あ、もう一周お願いします」
それは分かんなかった。
いや、姉さん下りるから。
褒め言葉アンコールをしようとした姉さんは、散歩拒否犬くらい動かすのが大変だったけど、なんとか下りてくれた。
っていうか、もう面倒だったからお姫様抱っこして下ろした。
そしたら、姉さんも両手を顔に当てて、大人しくなっていた。
従業員さん、ひゅーって言うのやめてください。
そして、俺達は夜のロンドンを歩きながらホテルを目指した。
俺も海外だからテンションが上がっていたのかもしれない。
姉さんのリクエストに応え、手をつなぎゆっくりロンドンの匂いを感じながら。
ちらりと見えるつないだ手につけられた腕時計を見て、俺も姉さんも笑った。
でも、恋人繋ぎはしないからね!
何回も指を絡ませようとしてくるんじゃない!
ホテルでは、姉さんが眠くなるまでと一緒の部屋でいたら姉さんが急に寝始めてしまった。
今までの活動の疲れと、今日のはしゃぎっぷりで一気に来たのだろう。
俺は姉さんをベッドに寝かせ、ソファで眠りについた。
この旅行中だけでも、姉さんが自由で、心からゆっくり眠れることを願いながら。
けどね、姉さん。
俺もゆっくり寝たい気持ちはあるからね。
こっそり俺の方に来るのやめてもらえるかなああ!
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