183てぇてぇ『信じるってぇ、時にできないことなんだってぇ』
新登場キャラがドドンと出てます。すみません…最終章までに向けてちょっと駆け足気味になってしまいます…汗
【沖原佳乃視点】
「……ということがあったのよ、当時」
わたしはじゅうじゅうと音を立てて美味しそうな匂いをぷんぷんさせるカルビをひっくり返しながら、ウテウトこと天堂累児さんとの最初のエピソードを話す。
「もうそんなに何回もひっくり返さないの。それにしても、彼は本当にVtuberへの解像度が凄いわね。あの頃はまだ、私たちはフロンタニクスだったけど、米良さんのあの素顔は話題に上がってたわ。まさか天堂君が関わってたなんて……」
わたしのつい何度も肉をひっくり返してしまう癖を嗜めながら、一瞬でレモンサワーを空けるのは尾根マリネさんのマネージャーであり経験豊富でみんなからの信頼も大きい浦井さん。
そして浦井さんと同じく、フロンタニクスが吸収された時にワルプルギスにやってきた阿瀬ひかるさんのマネージャーの大友さんと、本屋しおりさんのマネージャーである杉岡さんがうんうんと頷きながら阿吽の呼吸で浦井さんのレモンサワーの空グラスを下げて、前もって注文しておいたレモンサワーを浦井さんの前に持ってくる。
「ほんとにもぉ……あの男は……どこにでも手を出して節操がないんスよ! ……な、なんすかみんなで俺を見て……! い、いや、ていうか、今日は奥内さんのさなぎさんツアーお疲れ会っすよねえ! 奥内さん、お水がってきゃあ……! あ、すみませーん!」
ウテウトさんと一緒にワルハウスでトップチームのフォローをしている真っ赤な顔の榛名さん。十川さなぎさん担当のマネ奥内さんの水を注ごうとしてグラスを倒してしまい真っ黒なTシャツだけど貼りついてブラの形が浮き上がってしまっている。女子会でよかった……。
「だだだだだいじょうぶですか!? 榛名さん! ふふふふふきんを!」
わたわたと慌てる今回の主役、奥内さん。そんな奥内さんを落ち着かせようと両側から抑える加賀ガガさん担当の桜庭さんと楚々原そーださん担当の鈴木さん。そう、今回は十川さなぎさんツアー奥内さんお疲れさまでした会。
だけど、十川さんのツアーでも大活躍したウテウトさんの話題が出てきて盛り上がってしまう。ウテウトさんが来てからは女子会であの人の話題がでない日はないんじゃないかと思う。
「いやー、でも、ほんとに驚きですよー。浦井さんは当時から天堂さんをかなり評価してましたけど、天堂さんがこんなしごできだなんてビックリですよねー、杉岡さん」
「そうだね、天堂さんってよく社長に怒られてたし、いつも忙しそうだったから……でも、天堂さんがいなくなってから本当にフロンタニクスは大変になっちゃったもんね」
ハイボールの入ったグラスと茶髪のポニーテールを揺らしながら笑う大友さんと、艶やかな黒髪を色っぽく掻き上げ微笑みチョレギサラダを取り分けてくれる杉岡さん。
二人はフロンタニクス時代もそこまでウテウトさんと関わりがなかった上に、まだワル学の中でもワルハウス未体験のV担当ということもあり、ウテウトさんのエピソードの一つ一つに新鮮なリアクション。一方、浦井さんは、フロンタニクス時代から担当している尾根マリネさん、当時は引田ピカタだったかな。彼女がウテウトさんにかなり助けられたらしくウテウトさんの凄さもある程度認識していたみたいだし仲も良い。ぐいっとレモンサワーを煽り持ち上げた眼鏡がキランと輝いた気がした。
「まあ、当時はね、れもねーどさんのマネージャーとして忙しくしてたし、マネージャーとしてのルールというか、マナーを守っていたからこそセーブせざるを得なくなったところはあるんじゃないかな。それを、高松うてめの弟であり、ただの一ファンとなることでリミッターが外せたんじゃないかしら。まあ、そんな天堂君に社長がアドバイザー権限を与えたことによりエピソードにことかかなくなったわけだけど」
浦井さんの言葉に思わずうなずいてしまう。マネージャーにだって出来る事出来ない事がある。やっていいことやってはいけないこともあるだろう。特に異性マネージャーだったら猶更だ。フロンタニクスのそのあたりの甘さが破滅に繋がったんだろうなと浦井さんは苦笑していたけど。
それにしても、アドバイザーという、ともすれば越権行為というか、モラルに反することも出来そうな立場の中でウテウトさんの立ち回りはVtuberファンの鏡と言えるのではないだろうか。困っている時悩んでいる時は積極的に力を貸すけれど、過度に会おうとはしない。
米良さんのあの時も、新衣装発表配信の翌日に会いに行って以降米良さんへの連絡はぱったりと途切れた。そのせいで米良さんが、
『わ、わたし、ウテウトさんに何かしちゃったんですかね……夏野菜カレーの入れ物もジップロックで捨ててもいいってメモに書かれていたし……ど、どうしましょう!?』
とわたしに泣きついてきたという事件さえあった。ウテウトさんとしては、解決すれば自分は会うべきではないという思いがあってのことだろうけど、受け取る側からすればそう考えても無理はない。それほどに、ウテウトさんは米良ミライを大切に思ってくれていたから。だって、夏野菜カレーに『沖原さんと一緒に是非食べてこれからの活動について語り合ってくれると嬉しいです』というメモもあったらしく、二人で食べながらミーティングをした。
その日のミーティングは、新衣装配信の反響とそれを成し遂げた達成感と米良ミライの可能性を感じテンション上がりまくった二人が今までにないほどに正直に腹を割って熱く語り続けた。あの日の万能感というかなんでも出来そうな予感とワクワクは忘れることがないだろう。それは全て米良ミライというVtuberの為。彼自身がVマネだったこともあり、マネージャーとのコミュニケーションの大切さを痛いほどわかっているんだと私は理解した。どこまでもVに対して敏感で真摯な人。
ただ、真摯すぎるのではと米良さんの動揺っぷりを見て思ったけれど。そのあと、オフコラボさせてもらったり、ミライさんの為にと私が連絡先を教えてもらって連絡を取り合ったりしようとうてめさんに頼みこんだ時は本当にうてめさんの目が怖かった……。
「まあ、そーだちゃんはフロンタニクス時代に本当にウテウトさんにお世話になったというか、ウテウト伝説を一つ作ったからね。私もよく相談させてもらって助けてもらってるけど」
「アタシは、ガガさんがよくセンパイはセンパイはっていうから、よくウテウトさんをダシにコントロールさせてもらってますよ。いやー、最近ガガさん、このポテトよりカリカリしてるから魔法の言葉『ウテウト』はポッターもびっくりですわ」
わたしと同期とは思えない落ち着いた雰囲気の鈴木さんと、こっちはこっちで年上とは思えない元気かわいい桜庭さんが奥内さんのお皿にお肉をどんどんと積み重ねながら顔を合わせて笑っている。
この二人の担当は元フロンタニクスの中でもウテウトさんを慕っていたタレント二人なので、ウテウトさんのフロンタニクス時代エピソードを聞いて、色々と姿勢を改めたと変わった二人だと思う。
新衣装配信の頃のとんでもなく熱くなっているわたしを見て、首を傾げていた二人だったけど、二人を担当するようになってからの彼女達の変化は本当に見違えるほどだったように思う。我慢に我慢を重ね育てた肉を皿に載せながら、その話題を出すと二人は意地悪そうに笑う。
「いや~、でもね~」
「うんうん、一番影響受けてるのはおっきーじゃないのー?」
二人にそう言われ、言葉に詰まるわたし。それは本当にそうかもしれない。
当時、Vtuber事務所という新しい世界に飛び込み、時代を変えるんだと燃えていたわたしはその難しさに悩んでいた。リアルの配信者との差別化、技術的な難しさ、企業のVtuberに対する理解度、それになにより……分かりやすい登録者数という数字。うまく力になれない私は焦っていて、きっとミライさんのプレッシャーになってしまっていたんじゃないかと思う。そのプレッシャーがミライさんを追いこんでしまったのではと落ち込む時期もあった。とにかく、思いだけが空回りし、新しいものを、より斬新なものをと焦り続けていたように思う。
あの時、わたしが初めてウテウトさんに会った時に、色々とミライさんの健康面について指摘されてカッとなったのも自分の無能さを指摘されてるのが恥ずかしかったからだろう。なのに、ウテウトさんはそのあと、互いに自分の責任だと言いあうわたしたちを見て泣いていた。
他人が泣いてるのを見ると冷静になれるというけど、その時のわたしは正しく冷静になって自分を客観的に見ることが出来た、いや、ウテウトさんのお陰で気付くことが出来た。
わたしは、『米良ミライ』を見失っていると。
わたしは、Vtuberが世にウケるにはどうすればいいかばかり考えて、米良ミライが、彼女がどうしてワルプルギスに選ばれたのか、世に出したいと思われたのか、そして、あじまろ先生のあのデザインになったのか、全てを忘れかけていたように思う。
自分の熱を怒りに変えて、ただただ暴れていただけだった。
だけど、本当は違ったのだ。
わたしの熱を込めるべき米良ミライはずっと其処にいた。
彼女と可能性を信じて、話し合う。
それでよかった。
改めて思えば、彼女と面と向かったのは久しぶりだったように思う。
それこそ、デザイン決定の時は自分たちの思いをぶつけあって熱が入っていた。
その熱のままに、初期は何度も何度も打ち合わせを重ねていた。
それがいつからか、焦りと苛立ちに変わり互いの顔を見れなくなってしまっていた。
ウテウトさんの涙で目が覚めたのはわたしだった。
そして、新衣装配信の為の話し合いは、本当に熱く話し合ったし、アニメーション制作の為に走り回った時は、桜庭さん、鈴木さん、そして、社長にも驚かれた。
『面接の時熱い子だと思ってたけどやっぱりそうだったのね』と。
でも、その熱を思い出させてくれたのは……その熱を思い出させてくれたのは絶対にあの人のVtuberへの熱で……。
「沖原さん、顔が赤いっすよ! 大丈夫っすか!?」
ぼーっとあの人のことを考えてしまっていたわたしを、榛名さんが心配して声をかけてくれるが、それがまたわたしの顔に血を集めより熱くさせてしまう。
「だ、だだだだいじょうぶよ! 全然! 問題なし! ちょっと飲み過ぎたかもあはは! そ、それより! そういえば、十川さんの誹謗中傷の件は大丈夫だったの? 奥内さん」
この熱を誤魔化そうとパッと思いついた話題を奥内さんに振ると、リスみたいに頬パンパンに両隣から与えられていた肉を美味しそうに味わっていた奥内さんがびくうっと肩を震わせ、目を白黒させる。しまった! タイミングを間違えた!
そんな奥内さんの背中をさする鈴木さんと、ウーロン茶を差し出す桜庭さん。助かります。
ぷはーと息を吐いた奥内さん、申し訳なさもあるけど小動物感がかわいすぎる。
「あ、だ、大丈夫です! あのあとすぐに対策部が動いてくれたこともあって、近日中には注意アナウンスと共に、公式発表があるはずです」
「そ、そうなんだ、よかったわね」
わたしは頷きながら火照った自分を落ち着かせようとビールを口に運ぶ。
「そういえばー、対策部の設置も天堂さんが関わってるらしいですねー」
「んぐ!」
だけど、あの人はいつでもどこでも現れる! Vtuberがいる限り!
「そうよ。ていうか、フロンタニクス時代も社長に対して早急な設置をってお願いしてたみたい」
「ぐぐ……」
対策部は、主にタレントへの誹謗中傷等への対応、また、タレントがやらかした時の対処や相談に応じる部署で法律関係のスペシャリストがいるらしい。その設立もあの人が関わっている、らしい。浦井さんは、フロンタニクス時代からそれに対し理解を示し、ワルプルギスに移ってからも社長とあの人の橋渡しをしていたと聞いた。
「フロも天堂さんの言う通りにしておけば、あそこまで大事にならなかったかもしれないですね。まあ、社長のしたことは許されませんが……。これもウテウトさんを追い出した罰かしら。それにしても本当にウテウトさんってすごいわね」
「……」
今は大変なことになっているらしいフロンタニクスの社長にはいろいろと思う所があるらしい杉岡さんが冷たい笑みを浮かべたと思えば、あの人を褒める……。
「あ! そういえば、米良ちゃんの素顔見せた時にとんでもなく暴言吐きまくってたヤツの時もウテウトくんが助けてくれたんじゃなかったっけ?」
「そうそう、あの時、佳乃も大分参りかけてたけど、ウテウトさんが助けてくれたって乙女な顔してたもんね」
「してませんけど!」
おぼえていない! いや、助けられたことは覚えているし、感謝もしているけれど、乙女な顔はしてない! はずだ! そうに違いない! そうであれ!
それに……。
「そ、それに……あの人の熱は全部Vtuberに向いてますから」
そう、あの人はVtuberの為ならなんだってするような人だ。その狂気じみた熱量がどこから来るのか分からない時がある。わたしには理解の及ばないようなその凄さ……。
「あの人は、死んでも霊になってVtuberの為にってなりそうですね」
誰かがそう言うと、皆が笑う。
確かにそうだ。そう思う。その幽霊になっても配信を助けようとするあの人を想像するとちょっと面白い。
だけど、同時に思う。
もし、Vtuberがその命を奪われるような危機にあった時。
Vtuberの命と自分の命が天秤にかけられた時。
あの人は、きっと……。
想像は想像でしかない。
わたしは自分の頬をパンと叩き気合を入れなおす。
今、わたしに出来る事は、米良ミライと一緒に可能性を広げていく事。
確かに、素顔騒動でひと悶着はあったが、そのお陰で多くのコンプレックスを抱える女の子たちから感謝や応援の言葉が贈られたし、今では米良ミライ原作の恋愛ショートアニメが配信され、若い子からは恋愛成就の女神的な存在にまでなっている。
そんな彼女ともっともっと熱い配信を続けていく。
そうすれば、きっとあの人は笑ってくれるから。
今日もやっぱりVtuberは最高だぜ、と。
この仲間達と一緒に最高にステキで熱い世界を作っていこうと自分の熱を胸に感じながら、Vの未来について語り合った。
「ああ、そういえば、この前ワルハウスで焼肉したんスけど、あの男、全員の肉や野菜の好みと焼き加減把握してて……」
いや、ちょっとあの人の熱量にはやっぱり勝てないかもしれない……。
もう数回繋ぎ回がありまして、最終章が本格的にスタートします。
応援していただけると嬉しいです。
ラストまで結構まだ話はあるんですが、がんばりたいと思います。