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灰燼に帰す  作者: 伊勢原エルザ
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継承する剣技

燦燦(さんさん)と輝く焚き火を囲む形で、俺と九狼は横たわっていた。

九狼は槍の手入れをしながら、杯を煽っている。

年齢的に酒ではないだろうが、とても楽しそうだ。

俺はただ、ぼんやりと焚き火の様子を見ていた。

時折、とんでもなく大きな音を立てて薪が弾けたかと思えば、揺らめく火の手の陽動から逃れるように、火の粉がひらひらと舞った。

「そういえばお前、爺さんから剣技とか教えてもらわなかったのか?」

どうやら槍の手入れが終わったらしい九狼がにこやかに口を開いた。

「爺さんの下で修行していたんだろ?」

燦燦と輝く焚き火がぱちぱちと答える。

「そうだな。幾つか教わったよ。」

師匠の訓戒(くんかい)は座学のようなものが多かったが、しかし、俺の使う穂叢(ほむら)流剣術も教えてくれた。応急処置に似たものから実戦的なものまで、臨機応変に動けるよう教えてくれたはずだ。とは言っても、俺の出来は弟子たちの中でも良くなかったが。

「へえ、教えてくれよ。どんな技だ?」

杯の中身は酒ではないはずだ。

しかし、九狼の顔は完全に酔っ払いのそれである。

出来上がった赤ら顔を更に焚き火が照らした。

「いや、それがなぁ……。」

教えてはもらえたものの、師匠からは「絶対に使ってはならんぞ!」と言われていた。それに、九つある技の三つしか、まともに使えるようになるまで覚えられなかった。今となっては本当に使えるかすら覚えていない。俺はそのことを九狼に伝えた。

「なんだ、三つも剣技が使えるのか、なかなかどうして、悪くないぜ。」

「九狼はいくつの技を使えるんだ?」

九狼は指折り数え始めた。

こうしてみてみると、改めて九狼の強靭さに辟易(へきえき)する。なんだかよく分からない槍の大士に師事していると言っていたが、いつの間にか、手の届かぬ場所へと行っていたのか。

しかし、努力というのも、そう簡単に続けられるものではない。怠惰(たいだ)倦厭(けんえん)が、嫌というほどやってくる。

現に、俺が師匠に教わっていた時も、よく怠慢を(むさぼ)っていた。以前は、ただ目的もなく生きていればそれで良かったのだ。

平和だったのだ。

生きていれば、食事が出てくるし、生きていれば、寝る場所があった。

むしろ、“生きていなくても”、生きていけた。ほんの少し、師匠による鍛錬に耐えれば、それだけで何にも脅かされぬ生活が続いたのだ。

しかし、それも長くは続かなかった。

白裂が攻めてきて、城下町を燃やした。城が落とされ、仲間は奪われ、遂には師匠が殺された……。

不幸中の幸いとも云うべきなのは、白髪王子が奪ったのが偽物の『火種』だったくらいだ。

本物の『火種』とやらはここにある。しかし、俺はこれの使い方を知らないし、『火種』とは何なのか検討も付かない。おそらく『火柱』に関わることだろうが、具体的な関係がまるで分からないのだ。

そのような前後不覚の中で、頼みの綱は九狼だけ。或いは、一人で『火柱』の秘密に迫らなくてはならないのだ。

暗中模索、完全に己の力のみで生きてはいかなくてはならない。食事は牙獣、寝床は露臥(ろが)である。

俺にとって今はもう、生きる為に、生きる必要があった。

生きて生きて、行き着く先は白裂だろう。師匠が刺されたあの時、白裂の王子が『火柱』に関するだろう『火種』を欲していたのであれば、いずれ俺は白髪を問い(ただ)さなければならないのだ。

そうと決まれば、俺は力を付けなければならない。牙獣なんて楽に倒せるくらいに。九狼を越えるくらいに。

「って、お前聴いてるのか?」

我に帰ると、目の前の長身(ちょうしん)痩躯(そうく)が俺を睨んでいた。

彼の話を聴いている途中で、ぼんやりと考え事に(ふけ)っていたみたいだ。

「すまん、これからのことを考えていてな。

……強くならないとな。」

突然、睨んでいた奴の顔が笑顔に変わった。更にはこう切り返した。

「なんなら俺が稽古をつけてやる。寝て起きたら、すぐにでも始めるからな。」

望む所だ。すぐに越えてやる。

「よし、もう寝るぞ、明日に備えろ。」

篝火(かがりび)を中心に青年が二人、横になった。それはまるで、円を描くように、綺麗な曲線だ。

鬱蒼(うっそう)と茂った林道に静かに灰色の煙が上がった。(おもむろ)に空へ伸びていく(はい)(もや)はいつしか、風に吹かれて消えていた。

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