灰燼に帰す
玄焚は彼以外の全ての人間が倒れている科兎山で、呆然と立ち尽くしていた。
幼馴染にして好敵手、九狼。
白裂の王子、津雲。
小動物として舞台裏から伝達役を行ってくれた『銀狐』……は、いつの間にか姿を消していた。
玄焚が『火柱』となるために、文字通り全身全霊を以って協力し、不完全ながら初代『火柱』としての命を使い果たした紅祇斗。
更に、二人。
暗躍して紅穂侵略を推し進めただろう忍びのような男。
紅穂侵略の首謀者であり、白裂をも腐敗させた張本人、累陰。
科兎山麓に墜落した紅穂最大級戦艦『紅鴉朱』。
本物の敵が何者かも分からず、争い合う紅穂兵と白裂兵。
玄焚は総てを俯瞰した。
この現状を『火柱』として纏めなければならない。
それが遂に伝説の存在となった者の責務だ。
白裂紅穂間の戦乱を終わらせた存在は、終焉を告げる言葉を紡いだ。
「紅穂及び白裂に住まう総ての者へ告ぐ。私は『火柱』玄焚、この世を照らす火燈である。」
その宣言に答える者がいた。
その者は徐に立ち上がると、掌から黒い短剣を生み出した。
「ならば、私はその火燈とやらを雲隠れさせる闇である。」
累陰は玄焚に向けて短剣の鋒を向けた。
「人刃壱躰『陰隠』」
太陽を隠す暗闇が短剣から発せられ、玄焚を包んだ。
玄焚はもがく。
なぜか、身体が上手く動かなかった。
「玄焚くん、大丈夫ですか!」
目を覚ました津雲が玄焚の様子を見て叫んだ。
すると、同時に玄焚目掛けて走り出した。
「無駄ですよ、貴方には止められません。」
累陰は嗤った。
津雲は立ちはだかる暗闇に絡め取られた。
「私の職務はこれにて全うさせていただきます。」
玄焚は累陰が行おうとしている事を本能的に感覚した。
切羽詰まり、冷や汗を流して津雲に叫んだ。
「津雲、白裂の王子よ。『火柱』として、必ず、必ず、紅穂に戻ってくる。この戦乱を完全に終わらせる。だから……。」
待っていてくれ。
玄焚のその言葉は届かなかった。
目の前が暗闇に染まり、音が、匂いが、掻き消される。
音が、津雲に届く前に『火柱』玄焚の肉体は、遥か前途遼遠の地、黒忍へと空間転移させられていた。
想いも、言葉も、伝わったか分からない。
倒れていた九狼にさえ、一言も声を掛けられなかった。
そんな悔悟の念に駆られながら、玄焚の視界が晴れた。
凍て付いた氷雪が広大な氷海を敷いている黒忍の国土に、鋼鉄の兵装を纏った黒忍軍が跋扈していた。
氷海一面に黒い鎧が埋め尽くされている。
その中に、或いは、紅一点、『火柱』玄焚がただ独り、哀しい氷の海に燃えていた。




